丘の上のバースデー
友人の誕生日に百合を書けと要望があったので挑戦してみました。
短いですが、よろしくお願いいたします。
街から少し離れた場所に、街全体を見渡せる丘がある。そこの丘に生えた木に背中を預けて、心地よい風を浴びながら眠る若い女性がいた。
彼女の名は倖という。周囲の人間曰く、クールだが男勝りな口調もあってか同性から人気がある。風の噂ではファンクラブという奇っ怪な集団が生まれたとも聞く。あまり感情を出さない彼女ではあるが、たった一人だけ特別な人がいた。
「倖?もしもーし」
木の上から元気よく別の女性の声がする。返事がないことに不審を思ったのか、木から降りてきた。
職場の先輩である雨宮だ。苗字に反して晴れ女であり、運動が好きな人である。休みの日だと今日みたいに、倖を引きずってでもこの丘に連れてきていた。ファンクラブの連中からは嫉妬の視線が雨宮に向けられているが、本人は全く気づいていない。
ちらりと倖は目を開けて雨宮を見る。上着は姉のお下がりらしく、少し大きめの運動着でズボンは短いスパッツを履いていた。スパッツがギリギリ見えないのは雨宮の姉の策略に違いない。
雨宮の足は健康的で、つい視線がそっちに向かってしまう。怒られる前に視線を上に向けると困ったような表情が見えた。雨宮が困った顔をする時は必ず何かしてくる時だと倖は知っていた。
慌てて起き上がろうとするが間に合わず、雨宮が倖に襲いかかる。
「いい匂いするねー。新しい香水?」
「ちょ、雨宮先輩。いきなり抱きつくなよ」
「寝てたさっちゃんが悪いんだよー?ぎゅーっ」
「だから、その呼び方やめてくれ雨宮先輩!あと苦しい!絞まってる!絞まってる!」
「ありゃ、ごめんごめん!」
倖が顔を真っ赤にして深呼吸する。顔が赤いのは物理的に苦しかったのか、雨宮の胸が当たっていたからか、それとも顔が近かったからだろうか。答えは倖のみが知る。
笑いながら謝ってた雨宮が、何か思い出したように我に返って愛用のバックの元に向かい、中身を漁り始めた。何か忘れ物でもしたのだろうか?熱くなった顔を誤魔化すように、ボトルの水を飲みながら観察する。
目的の物を見つけ、大事そうに取り出した。見るとそれは、小さなビニール袋の中に保冷剤がいくつか入っている。
「あはははは。つめたーい」
「そんなに保冷剤あれば冷たいでしょ。なんですか、それ」
「さっちゃんにあげる!誕生日プレゼント!」
「ビニール袋と保冷剤が?」
「ちっがーう!人が頑張って作ったのに!」
「はいはい。今見ますよー」
中には一つだけだが、何かが入ったガラスの容器があった。取り出してみるが、いい具合に冷えている。横から見ると、黄色い物質の上に茶色い液体のようなものがかかっており、二つの層に分かれていた。
「……もしかしてプリン?」
「もしかしなくてもプリンだよ?」
「まじかー。ありがとうございます、雨宮先輩。まさか好物を覚えてくれてたなんて」
「あはは。ほら、遠慮しないでお食べ」
笑顔で促されるのはいいが、肝心のスプーンがない。素手で食えというのか。雨宮に問おうと視線を移すと、彼女の利き手にスプーンらしきものが。
「あ、スプーン忘れてたのかと。ありがとうございます」
「プリン貸して?」
「えっ。はい」
「素直でよろしい。はい、あーん」
倖は思考停止してしまった。雨宮は先程より嬉しそうに見えるのは気のせいではないだろう。更に追撃とばかりに、雨宮が一言。
「誰だって好きな人に、一度はあーんって。したくなるもんだよ」
再び茹で蛸の様に顔を真っ赤にした倖は、特別な人が同じ想いを持っていると気付く。
本当に、本当に小さな声で、倖は「自分もしたいです」と返すので精一杯なのでした。