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後編


 半壊した教室から出て、私とご主人はラブラブデート。しかしムードもへったくれもない地下へは、水のないプールの底から侵入した。


 トカゲもどき恐竜は、くさってもトカゲの子。人の目が気になる臆病な子ならば、人の目にかからない薄暗い場所をひたすら目指す。

 ジャンガリアンだって砂地に潜って敵から身を守るくらいだ。生体が類似するのだからと、ご主人を伴って地下深くへ連れ立ったのは良いけど、ぬめぬめ、じとじとして臭いからここは嫌い。ハムスターの私でも顔を顰めてしまう。せっかくのご主人とのデートなのに。


「スフレ」

「ん、ご主人……」

「トキノだ。呼べるね?」


 蝙蝠達がバサバサと翼を動かす。

 ご主人が私を守るように、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「あ、う、良いの?」


 コクリと頷かれるからトキノ、と呟いた。

 ご主人の誠実な反応が嬉しくて、自分からキスをねだってしまった。ジャンガリアンハムスターの時ならばいつでもキスされるのに、人化したらキスされないなんておかしいと思う。それならば、私がご主人の唇をうばってしまえと結論付けた。


 ご主人の口元へと軽く口付けると、熱の籠った瞳で囚われる。自分から舌を使ってごらんと言われて、ちゅく、と水音がしたと思ったら、頭を固定されて深いキスをおくられた。何だかとても、心地の良い夢を見てるみたい。


「私にもフルーレやレイファンみたいな強い魔力があれば、ご主人を助けられるのに」

「トキノ」

「あ……と、トキノを、助けられるのに」


 トキノが杖から火を点けた。

 ぴちょん、ぴちょんと天井から水が滴り落ちる。

 この先は下水道へと繋がっているらしい。街へ出る前に被害を食止めねばと思うが、できるだろうか。


「フルーレとレイファンが羨ましい、私には何も、力がないもの」

「スフレ?」

「くやしい、くやしいよぉ。無力なのが、こんなにくやしいなんて……」


 惰性で生きてただけのハムスターが外の世界を知ってしまった。愛する人を見つけ、守りたいとさえ思える自分に心が震える。優しくされ、愛され、頭を撫でられる度に心が弾んで鼓舞される。

 胸に溢れるこの感情を知らない方が良かったのか。考えるほど行き詰まる。ただこれだけは言える。もう、守られるだけではいやだと。

 

 ゲージの中からトキノを待つだけの日々が拷問に思えるようになるとは思わなかった。それほどにトキノを好きになってしまった。

 理解できた上で言葉にすることがこんなにも大事だなんて思わなかった。こんなにも愛を囁けて、トキノを縛り付けられる。後悔は、しないと決めた。


「トキノが寝てるときに回し車するの我慢する!」

「夜行性だから我慢しなくてもいいよ。我慢したらストレス発散できないから却下」


 トキノの睡眠を邪魔してたことに、頭を鈍器で殴られたようなショックを受ける。

 

「ほお袋の中の食べ物、トキノにもおすそ分けする!」

「さすがにそれは……自分で食べなさい。却下」


 ほお袋の中身は宝物も同然と言います。それを欲しくないなんて。一方通行の恋だったらイヤだなと感じる。対するご主人は少し口を引き攣らせてあさっての方向を見ている。もしかしたらあまり嬉しくないのかもしれない。


「トキノのお部屋の中で粗相するのを減らす!」

「そうだね、まずはそこからかな」


 くすくすとトキノが笑うからスフレも嬉しくなる。おでこにもキスされて、幸せいっぱいだ。

 

「スフレ?」

「私が死んでも、またトキノのいる場所が良いな」

「不吉なこと言うな。俺はスフレを離さないから」


 私にしかできないこと。

 トキノを何としてでも守る。

 それは自身の中で確約した何かだった。


***


「トカゲの奴を追ってここまで来たは良いが。街外れにまで来るとは」

「おびき出すの無理?」

「学校そのものから距離がありすぎる」


 大きな池がある。

 トキノがダムだと言った。

 

 トンネルの中から外を見ると、トカゲもどき恐竜はダムの決壊を壊そうとしていた。岸壁を崩されたら、装置を壊されたりでもしたら――水流が一気に加速して周辺の街へとなだれ込む。

 

 長い梯子を昇り、地上に出てトキノが魔術を放った。意識をこちら側に向けた事で岸壁からトカゲが離れた。


「トキノ……」 


 こくりと頷き、トキノが杖を縦にして集中する。

 語源を呟き、杖をトカゲに向けて一撃の炎を解き放つ。トカゲの額に命中し、痛みに呻いてダムの中へと沈みゆく。

 一度は反応が無かったものの、水底から飛びあがってきた。トキノを喰わんとする刹那、頭上に何かがぶつかった。左頬に朱色の模様の付いた鷹のフルーレだ。彼女が急降下して攻撃を加えている。


「フルーレ! レイファン!」


 クルォオォ! と、二羽が鋭い爪と嘴で応戦しているではないか。すると、右肩に軽い痛みが走る。つい、と見ると白猫のしゃいみだった。


「しゃいみ! 来てくれたんだ!」

「煩い、しゃいみじゃなくてシャイムだ。あいつらが煩いから仕方なく来たんだ」


 ぷい、と白猫がそっぽを向ける。

 可愛いとこあるじゃんと、不覚にも思ってしまった。


「おい、あそこに陣を張るから、お前の魔力も借りるぞ」

「え!」

「俺の魔力で陣を張ればさすがに魔力が枯渇する。そのあとの供給は俺が続けるから、陣だけはお前が……」


 ギャッ!と しゃいみが右肩から落ちた。

 血走った目のトカゲもどき恐竜が水攻撃の魔法をぶつけてきた。こちらに意識を向けられると魔力も何も練成できない。


「お前の相手はこっちだ!」

「トキノ!」


 空から雷が落ちてきて、ダム内広範囲に渡って広がっていく。さすがにこの威力には参ったのか、トカゲもどき恐竜は痛さに喚いていた。


「はやく、陣を張れ!」

「むりだよ、わかんない……」

「あいつが足止め喰ってる今しかないんだぞ!」

「魔法陣覚えてない! できっこないよ」


 一度しか見た事がない陣を作ることなど出来ない。もし失敗したらと思うと、情けなくて涙が出てくる。

 

「スフレ、俺の記憶を使え」

「は……」

 

 遠くで声が聴こえるはずなのに、こんなにもトキノを近く感じる。


「絆が強い主従通しならできるかもしれない。俺に、集中して」


 瞼を閉じて、トキノの事を思い浮かべる。

 トキノがしっかりと記憶してくれていた。私のことを、一秒でも見逃すまいと。魔法陣も鮮明に見える。これならいける。



***



 魔力を纏ったまま、スフレは水の上に立った。

 その肩の上には白猫のしゃいみ。

 スフレは自身に魔力を纏わせ、水の上をひた走った。

 曲線が描かれて複雑な文字まで描かれれる。

 小さなスフレにしかできない、逃げ回る魔術を生かして作り上げたものだ。それゆえに気付きにくさも持ち合わせている。

 それが功を奏したのか、トカゲもどき恐竜はスフレに気付かずに魔法陣の中央に座することになる。

 上空から猛禽類のレイファンが気付いた。


「フルーレ! 下を見ろ」

「水上の魔法陣? スフレやるじゃない! そろそろこの場から離れるわよ、レイファン!」

「ああ!」


 二羽の猛禽類がトカゲもどき恐竜から離れたのを確認してから、しゃいみは意識を集中した。沸き上がる魔力を魔法陣に供給し、魔法柱が立って光の奔流が途切れるまで続けられる。

 中からトカゲの最後の雄たけびが聴こえた。光が収まったかと思うと、だんだんと景色が鮮明になる。


「やっ、やったの?」


 光溢れる魔法陣から、小さなトカゲがおどおどと出てきた。この子を確保して、トレノの元まで駆けて行く。


「トレノ、トレノ~~~!!」


 トカゲを持ったまま抱きついたから、ぐえっと呻き声が聴こえた。潰してはいないと思う。


「怖かった、怖かったよ~~」

「よしよし」

「でも、トレノの記憶が、私を鮮明に覚えてくれていたから」

「うん」

「私はそれを見ながら、進むことができたんだもん! トレノがいないと、できなかった!」

「俺を信じてもらえなければ出来なかった。スフレじゃないと、できなかったことだ」


 止まらぬ涙を掬われた。

 それでも震えが止まらない。

 フルーレとレイファンがトカゲもどき恐竜に攻撃して足止めしてくれなければ。白猫のしゃいみを連れてきてくれなかったら。トレノがスフレの人化するときの魔法陣を記憶してくれていなければ――誰か一人でも欠けていれば成功しなかった。


「帰ろう、みんなのいる学校へ」

「うん、うん!」


 白猫のしゃいみも連れて、五人は戻った。

 一躍有名となったトレノとスフレ、しゃいみ、フルーレとレイファンはまんざらでもない。


「しゃいみ……」

「何だ」

「ご主人の元へは戻らないの?」


 声を掛けようか掛けまいか迷っている元飼い主のエスリードに、しゃいみは溜息を零した。


「俺が尻を蹴って奴の根性をたたき直す。これが奴と俺との今の距離だな」

「それってつまり?」

「戻るよ。ただ、主従の関係には戻らないがね。俺のが魔力は高いから」


 ツンデレ猫になれば良いのにと、スフレは声にすることを止めた。それはレイファンとのケンカの時に知ったことだ。

 レイファンがしゃいみの主をバカにした良い方をすると、さらに激昂していたのだ。形は違えど、彼もちゃんと飼い主のエスリードの事を想っている。目に見えないツンデレな愛のカタチもあるんだなと、スフレはより勉強になった。





前編後編でまとめられた…かな(*^_^*) 

次話が出来るか分からないので丁度良いやと完結です

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