表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

 その他多勢としてのハムスターで私は生まれた。

 背中は灰色の真ん中に縦に黒色が走る毛皮模様。

 特に際立って美しいとかは母や兄妹達に言われたこともないので、愛想を振りまくこともしなかった。

 人間に対して一時の寵愛を得られてもそれが続くとは限らない……おしゃべり好きなオウムや毒舌ウサギが世間の厳しさを喋っていたから私達ハムスター達も偏見で決め込んでいた。色んな憶測が飛び交って怖さだけが惹きたっていた。


 生まれてから死ぬまで、ペットショップで過ごすだろうと安穏としているときに、一人の青年がやってくる。メスの動物達は色めきだち、オス達は少し不快感をあらわにした。どちらにしても、可愛がってもらえればあるじの性別など関係ない。


 相手の方も気にかかることもないだろうとタカを括っていたら、ひょいっと掬いあげられた。誰かの手の平の上に乗せられ、人間達に自分が丸見え状態だったので逃げようとする。上から見ると、兄妹達が不安気で、他の子たちは羨ましそうにこちらを見つめていた。いつもならみんな、超熟睡してるのに――


「いかがしますか」

「この子にする」


 自分をお気に召すとは何があったのだろう。

 モリモリとほお袋に突っ込んで、もっとくれ状態をアピールしたのが悪かったのか。だってこの人、たくさんヒマワリくれるんだもの。普通の反応だよねと兄妹達に窺うと生ぬるい目で見られた。


「ゲージと食べ物、他のはサービスでお安くしますが」

「そうだな、家へ届けてくれ」

「お買い上げありがとうございます」 


 切りくずとお家、お水入れと共に、かごの中で揺れ動く。

 ご主人が極力揺らさないように、胸の当たりでかごを固定してくれている。気を付けてくれているのやも。それはそれで嬉しいかもしれない。



***



「力を加減して触らないとダメだな。ほら、食べろ」


 ヒマワリの種でご機嫌取ろうったってそうは……食べ物で釣ってもダメなんですからね。でもこれ美味しいわ。モリモリ食べて、お家の中で出してみた。保存食が増えて嬉しい。スッキリした面持ちでご主人を見ると、何やら唸っていた。


「名前どうしようか……ひまわり、ぽてち」


 変な名前付けようとするから噛んでやる。

 ご主人の手の皮膚はすごくごつくて皮も固いんだから、傷付けることも難しい。


「お前は小さいけどいやに存在感あるし……カンヅメ、スフレ、クッシー、」


 何でも良いわけじゃないけど、覚えやすくて可愛い名前にしてください。ていうか、全部私が興味深く周りをうろちょろしてた物体のことですよね。カンヅメはまんまだし、モジれてない。ご主人のセンスを疑ってしまう……ジャム子なんて言おうもんなら手の平の上で粗相してやろうか。それならばスフレでいい。


「おいこら、スプレーを倒すな……そっか、スフレが良いのか」


 そうそう、スフレにしてください。


「スフレ、おいで」


 はい、ご主人。



***



「スフレ、ただいま」


 ご主人が学校から帰ってくるころを見計らって起きてました。

 今の私はゲージの扉の前で行儀よく仁王立ち。ふふん、ご主人の足音ならば、玄関の扉を開けたと同時にピンとくる。


「やっぱり起きてた。スフレは夜行性じゃないのか」


 番犬ならぬ、番ハムです。

 ご主人がいないときはたまに寝て、たまに起きます。実に優雅な生活を送らせてもらっています。


「これ、学校からのプリント」


 ご主人、私は文字が読めません。

 

「ペットを人化する授業だって」


 ふぁっ?


「スフレ、君を学校に連れてくよ」


 私が人間になれるのですか。



***



「マリエット、お前の猛禽類を俺のスフレに近づけるなよ」 

「ふふ、大丈夫。私が注意すれば食べないから! あー、スフレちゃん可愛いね」


 プリティーガールの手の平の上で私は震える。

 その子の肩の上に乗っかってるフクロウと鷹が、大きなお目めで私をガン見してくる。


「ヘビにトカゲにいぬネコちゃんはみ~んな、可愛いスフレちゃんを狙ってるのよ! 

 あたしのフルーレとレイファンが目を光らせてくれてるんだから、彼らは手を出せないでいるの。おわかり?」


 ちょいちょいと、頭の上を撫でられる。

 この子も力加減をしてくれる。

 潰されるくらいの重力で撫でまわさたりしないから、彼女にも私の可愛さを精一杯アピールしておいた。


「くわ~~、かわい! トキノってばよくこんな小さな子を飼い慣らしたわね。私の手の平の上でまったりくつろいでるじゃない! 普通のハムスターは、意味も無く逃げ惑うわよ」

「スフレだからな。俺の言葉もなんとなく分かってると思う」

「いいな、いいなぁ。スフレちゃん私にちょうだ「ダメだ」」


 二人の攻防を眺めてるときに、周りからヨダレの滴る音がした。

 ネコちゃんだけじゃない、ワンちゃんも。ヘビちゃんは舌をチロチロ出してる。やべ、怖い。


「フルーレ、レイファン、スフレちゃんを第一に守るのよ。オッケ?」


 クルォォと、二つの鳴き声を上げて周囲を牽制した。

 二羽の鳥はふんと視線を外している。プライドが高いだけの鳥はこれだからイヤだ……頼むからちゃんと使命を全うするんだぞ。


「あっ、先生が来たわ!」

「諸君、ペットは連れて来たかな」


 生徒達の声が重なる。

 私はみんなの声に驚いて、ご主人の胸元に縋りついた。


「今日の授業はペットを人間にする高等魔術だ。呪文と所作をしっかり頭の中に入れ込むように」


 何だこの妙な音。

 私はハゲ頭に尻を向けて、これまた毛繕いした。


「力の強い魔術師は魔法陣無しでも人化できるので、諸君らも早く魔力を上げるように。では、メーソンくん、ペットを」

「はい」


 黒いニワトリを魔法陣の中に置くが、ニワトリが駈け出した。 

 人化失敗である。


「次、エスリードくん」

「はい」

 

 白ネコちゃんだ。

 見た目可愛いから女の子かも。

 じっと眺めてると目が合った。全然視線を外してくれない。どうしたのだろう――と、いつの間にやら呪文を言い終えたエスリードくんが、杖を振りかざしていた。


「おや」

「シャイミー! おまえオスだったのか!」


 主と同じくらいの背格好、角ばった肩に釣り上がったかのような眉毛と鋭い目元。誰もがこいつはオスだと結論付けた。白くてカチリとした上下の服も、あるじ達よりかは高貴さが見える。


「いまごろ気付いたのか。バカあるじ」

 

 はぁ、と溜息を零してエスリードくんに首輪をほおり投げた。

 

「これいらない」

「ばっ! 魔力抑制装置だろ! 大人しくしろ!」


 なぬ、そんな凄いのがあるのか。

 もしやこのひと、そうとうのお金持ちとやらでは。


「いらない。これで好きな時に人化できる」

「シャイミー!」

「あー、うるさい」


 魔法陣から出たシャイミーが、主人を押しのけて椅子に座る。

 長い足を組んで佇む姿は物語から出てくる王子さまのようだと、プリティーガールから教えてもらった。


「……人化を解くには主人の方が上じゃないと無理だからな。もしくは従う意思がないと」

「そんな! シャイミーは高い金で買ったのに!」


 嘆いても王子様はそっぽを向いている。

 よほど自分の主人が嫌いなのか。

 また、視線がぶつかったけど私から逸らしてしまった。ネコは怖い。


「次、マリエット」

「は~い! お行儀よくしてね。フルーレ、レイファン」


 二羽の猛禽類を中央に置いて意識を集中させる。

 プリティーガールが呪文を言い終わり、杖を振るうと光が溢れる。頭を垂れた状態の女子が一人、男子が一人いた。


「フルーレってば美人ね! 私が見込んだだけあるわ!」

「あるじのお言葉、まことに嬉しいです」


 黒色の和服を着たフルーレが、ぽっと頬を染め上げる。


「レイファンは切れ長な目元の王子っぽいわね! そう思わない、フルーレ!」

「私には判断いたしかねません」

「必要無い。判断基準はあるじにある」

 

 二人の間で火花が散る。

 周りの生徒がざわめくなか、三人は魔法陣から離れてあーだこーだと揉めていた。


***



 いつになく不安だ。

 どうやったらこの不安を取り除けるだろう。

 私の前にはヘビ、犬、が人化に成功したのだ。私だって人間とやらになってみたい。


「大丈夫だから。さ、スフレ」


 魔法陣の中に入れられて、御主人が呪文を唱える。

 緊張気味で発せられた言葉はみごとに魔力を伴い、仕上げとなる杖を振りかざした。繊細に練られた魔力が体を包み、骨から肉まで新たに形成されていく。


「……」

「スフレ……?」


 ご主人がいる方向へと顔を向けた。

 ご主人があっけに取られている。

 何か、言葉を発して欲しい。


「ご主人、わたし、ちゃんと人間になってる?」

「あ、あぁ、なってる! か、かわ、かわい「かわいい~~~!」」


 ご主人を押しのけたプリティーガールが、私の頬に頬ずりかました。後ろに控えているフルーレとレイファンが苛々して、彼女の服を引っ張っている。主を一人占めされたら誰だってイヤだと思う。プリティーガールからゆっくり離れて笑うと、彼女の顔が赤くなっていた。


「ご、ご主人……」


 マリエット達の後ろに突っ伏している、ご主人の反応を窺う。

 勢いよく起き上がったかと思えば、次の瞬間には胸に抱き込まれた。



「スフレ、だよな」

「はい、ご主人……」


 甘い空間のようだ。

 ご主人と一緒ならネコの国でも生きていけそう。あ、例えですからね。

 

 私の頭や頬を撫でる主を見て、ハゲ頭の先生がゴホンと咳払いした。最後の生徒が残っているのだ、トカゲを魔法陣の中へ置くと成功したかのように見えたが失敗らしい。命令は聞かない、暴れまわる。教室中の机と椅子が散らかり、生徒達はもとよりペット達も主と共に一か所に固まっていた。


「ご主人~~」

「大丈夫、大丈夫だから、スフレは守る」


 恐竜並の大きなトカゲ――主よりも強く魔力が高いので暴走してしまった。そんな時の対処法まで授業の一環として学ばなければならないらしい。ハゲ頭の先生は頑張れとみんなを励ましていた。

 

 今度はご主人達が魔術解除しなくてはならない。 

 個々としての魔力が下回るなら、みんなの魔力を一つにして大きくしろとたたみかけられる。


 私達ペットは少しだけ待つことにした。

 生徒達が呪文を掲げても効き目がない。これは一体……


「「あるじ、ご命令を!」」


 猛禽類の二人がプリティーガールの命令を待つ。

 だけどまだ是の声はもらえなくて歯ぎしりしていた。


「ご主人~~!」

「スフレ、帰ったらひまわりやるから」


 食べ物で釣られる私だと思われてる。

 フルーレとレイファンの二人から冷ややかな目で見られた。食い意地が張ってる奴めと思われたに違いない。


「不甲斐ない」

「しゃいみ」

「ぐっ……その名で呼ぶな。シャイムだ」

「あなたは、ご主人が危険な目に遭ってるのはイヤじゃないの?」

 

 白猫の主なんて、何度も尻尾ではたかれてるではないか。それなのにあれを見て正気でいられるなんて、ペットの私達からすれば信じられない。


「奴らの魔力を束にしても無理だろ」

「なぜあなたに分かるのかしら」


 マリエットのペット、フルーレが捕食するような目付きでシャイムを睨みつける。レイファンも先ほどとは比べ物にならないほどの冷気を纏っていた。


「何でかな……俺のと比べて見る?」


 背中に怖気が走るような魔力が彼からほとばしった。

 教室の気温はさらに寒くなり、人間でもある主達の体温も奪う。

 気温の変化に驚いたトカゲもどき恐竜はさらに暴れてしまった。このままではいけない。


「しゃいみ! 魔力を抑えてよ」

「シャイムだと何度言ったら分かる!」

   

 顎を掴まれて睨みつけられた。

 こんなに怖い瞳で睨まれたの初めて。兄妹や主にだって怒られたことないのに。泣きそうになったら目元を舐められた。びっくりして手を叩き落としたら静かに睨んでくる。白銀色の瞳が怖い。ネコ怖い。


「シャイミーでもどっちでもいいわ。あんたがあるじ達を助けてよ」

「断る。あんなのも抑えられなくて何が魔術だ、人間だ」

「その人間に売り買いされたんだろ。お互いさまだと思うがね」

「何だと!」


 シャイミーとレイファンが取っ組み合いのケンカを始めてしまった。私はおろおろと動き、フルーレはさらに苛立つ。教室の中はみんなの悲鳴で満たされつつあった。


「……魔法陣の中へ誘い出せ。魔力の供給は俺がする」


 レイファンとの攻防の末、しゃいみがやっと折れてくれた。そのかわりに、魔法陣へ誘いださねばならない。今は教室の壁を突き破って出て行ってしまった。探さなくてはならない。フルーレとレイファンはプリティーガールの声を待った。


「フルーレ、レイファン、トカゲを探して!」

「「あるじの御心のままに!」」


 勢いよく教室を出て行った勇敢な二人に、頑張れと声援を送る。

 その隙に私はご主人にべったり甘えた。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ