勇者ですけど。
ガヤガヤと賑やかな街。
至るところに高層ビルやデパートが建っている。
勿論、屋台のような店が建ち並んでいるところもある。
俺は一人、賑やかな街の真ん中を歩いていく。
そして、ふと、お米が無くなっていたことを思い出した。
しょうがない、買っていくか。
俺は米が売ってある屋台のおじさんに声を掛けた。
「お米、一キロください。」
すると、おじさんはにこやかに口を開いた。
「おやおや、こんな育ち盛りの若者がたった一キロの米でいいのかい?」
言いながら、お米を紙袋に詰めていく。
「はい。これはおじさんからのサービスだよ。」
一キロ計ったお米に更にお米を足した。
「ありがとうございます。」
俺は軽く頭だけ下げて、お金を手渡した。
紙袋を肩から下げている革っぽい生地の鞄に入れる。
量的にはそんなに多くないけど一キロって結構な重さだ。
ずしっと急に重くなった鞄を横目で見て、また、歩き出す。
しばらく歩いていくと、徐々に人気が少なくなってきた。
隅の方に目を向けると、柄の悪そうな連中が数人で集まっているのが目に入る。
俺の方を見ながら、こそこそと耳打ちをし合っている。
いわゆる、スラム街というやつだろうか。
「や、やめてくれ!」
奥の方でそんな声が聞こえる。
俺はなるべく足音を立てないように声がする方へ近づいていった。
「頼む!この通りだ。それだけは勘弁してくれ!」
俺は壁に背中を合わせ、様子を窺った。
どうやら、そこには何人かの人がいるようだ。
男が一人、地面に這いつくばって土下座している。
「お前、それもう聞き飽きたわ。他になんか言うことねぇの?」
若い声。
気になって更に注意深く観察する。
一歩だけ前に出ている若い、俺とそんなに変わらない男が立っている。
その男を囲むようにして何人かのいかつい男たちが並んでいる。
あいつが、リーダーか。
「今回は流石の俺ももう我慢できねぇ。」
「ど、どうか、それだけはやめてくれぇ!!」
土下座をしていた男がリーダーに近づき、足にまとわりつく。
それを、なんの躊躇も無く、思いきり蹴り飛ばす。
「丁度、実験台が欲しかったんだ。構わねぇ。やれ。」
口元を歪め、ニタァ、と笑う。
「... !」
辺りが不愉快な気配に支配される。
へぇ。
なるほどね。
「ひっ... や、やめ、」
ウゾウゾと動く、不気味な陰が腰を抜かしてしまった男との距離を詰めていく。
その陰から触角のようなものが俊敏な動きで男を襲う。
それとほぼ同時に俺は地面を蹴った。
パァンッと地面に弾かれる真っ黒な何か。
俺の腕には土下座をしていたあの男。
左腕だけで彼をぶら下げるように抱える。
真っ黒なそれは、まるで状況が呑み込めていないかのように不自然に動き回る。
「誰だ!?」
若い男の声が聞こえる。
「おじさん、こんなところから早く出ていきなよ。」
俺は彼らから少し離れたところまで移動し、おじさんを下ろす。
「あ、ああ。だが... 」
「俺のことは気にしないで。おじさんがいたら足手まといなだけだから。」
俺は冷たくおじさんを突き放した。
おじさんが見えなくなったのを確認した後、俺は奴の処理に向かった。
それが、俺の仕事みたいなものだしね。
俺は、不気味な物体と若い男がいる場所へ戻った。
「あぁん?なんだぁお前。」
「名乗るほどの者でもないよ。」
にっこり微笑んで、そいつらに手をかざす。
「大丈夫。一瞬で終わるから。」
ぐ、と全身に力を入れた瞬間
カッ
とまばゆい光に辺りが包まれる。
魔方陣のようなものが真っ黒な物体を包囲している。
「な、なんだぁ!?」
彼は、地面に現れた魔方陣に酷く驚いていた。
「塵と化せ。」
その一言で、低い呻き声を響かせながら不気味で、不愉快なそれは、抹消された。
後に残ったのは若い男一人。
どうやら、他の男たちはみんな、一つの魔物だったようだ。
若い男の顔には恐怖が貼り付けられていた。
「お、おお前は一体... !!」
俺は変わらず笑顔のまま答えた。
「勇者ですけど。」