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キセトの大切なもののお話


 おそらく、これだけを読んでもよくわからんかもしれません。

 作者の自己満足品と鳴りました。



 重い空気が部屋全体にのしかかる。

 全員が同じことを考えていながらも、全員が口にすることをためらっていた。英断を下してきたこの会議の長とて、今回ばかりはその場の一部となって黙り込むしかない。


 ――『不知火キセト』という道具扱いしていた物に『愛情』もしくは『恋愛』などという感情があった――


 それが問題だった。

 道具という立場に収まっていた兵器は人の形をしているというだけだったはずだ。人と同じ言語を理解し使用しているというだけだったはずだ。

 そこから感情というものを排除した当人である長も少なからず混乱していた。今まで感情があったとしても明らかにしなかったというのに、たった一人の少女の登場で崩された。キセト自身ですら困惑する強い恋心を発生させたのだ。


 「遠ざけておけば……」


 「遠ざけたとしても一人現れたのならば二人目も現れよう。イタチごっこでもしたいのならばそうすればいい」


 珍しく長が苛立ったように言った。問題は突然表れた少女ではないのだ。キセトにそのような感情があるということが問題なのだ。


 「あるものは、使うしかあるまい」


 苛立った口調のままで長は独白した。

 キセトが物でも兵器でもなく、生物のように恋していることが腹立たしいかのように。


 * * *


 「亜里沙。俺は巻き込みたくない。傷つけたくない。早まる必要なんてない。俺のお前への気持ちは一生保障する。変わらないと誓う。だから、だから許して欲しい」


 「なにを? 他の女をはらませること!? それが上の命令だから! そんなの、そんなのいいわけだわ! 巻き込んでよ、傷つけてよ、早まりましょう! 私は貴方に巻き込まれて傷つけられて、貴方と早まるならそれでいいのに!」


 少年は何も言い返せない。ただ悔しそうに口を閉ざして少女から視線を逸らした。

 少年は少女が不安がっているのを感じていた。少年が誓う一生など少女が信じていないことも分かっていた。それでも今の本心を訴えるしかないし、少女を少年の運命とやらに巻き込みたくないことも本心だ。


 「許してくれ」


 「嫌よ」


 「頼む」


 「私の言葉を聞かない人の言葉を聞く必要なんてないと思うの」


 「…亜里沙」


 「嫌っ! あのね! 貴方が不快な思いをするとか、そんな思いやりで言ってるわけじゃないのよ? 私が嫌なの!」


 少女と少年は主張し合う。

 結果としては、少年は信じてみることにした。自分の運命は愛するものを傷つけるものではないといことを。

 少年と少女には子供が出来た。


 * * *


 若い母親は、生まれたばかりの赤子と戯れる父親を見て笑っていた。

 嬉しそうでもあり辛そうでもあり楽しそうであり悲しそうでもある若い父親は、若い母親を見て純粋な嬉しさで満たされた笑みを浮かべる。


 「体は大丈夫か? 痛むところはないか? 欲しいものはないか? やりたいことはないか?」


 「あのね、キセト。私が心配ならそのかわいい子を返して頂戴。抱きしめていると安心するのよ」


 「むぅ……」


 若い父親はそっと赤子を若い母親に返した。首が据わっていなくて、想像よりは重い赤子を抱きしめて笑う。若い母親の笑顔を見て若い父親も笑った。


 数日後、若い母親は死んだ。赤子は若い父親の手が届かぬところへ言ってしまった。

 若い父親が初めて掴んだ「大切なもの」は、水のように手のひらから落ちていった。少しだけ留まって、希望を持たせるだけ持たせて、消えていった。


 若い父親は兵器へ舞い戻り、若い母親は生まれたばかりの赤子と父親の元を去った。

 想いだけは誰にも邪魔されない形にするために。

 若い父親は愛する心を知り、それを捨てることは無い。その「大切さ」を知った後で、捨てるなど不可能だった。



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