休日デート
不知火亜里沙 と 不知火キセト の休日デートのお話
* * * * *
「明日休みにしてください! 休み休み休みぃ!!」
「ああああああ!! 亜里沙ちゃんうつさーい! 十代の若さ発揮しなくていいよ! おじさんは三徹明けの書類作業で苛々マックスだよ!」
「休み下さい休み!」
「三徹って聞いたあとでも言う!? 駄目です。てか理由は?」
「キセトが有給取るって! デートしたいデートデート!」
「よし、この不知火鈴一様が書類デートしてあげるから」
「……今の言葉、そのままキセトに伝えていいですか」
「いやぁぁ!!」
* * * * *
「ってわけで、有給貰いました。デートしませんか」
「………」
たたき起こされたキセトは、彼には似合わない感情丸出しの表情。なにを言っているんだ、とその表情が語っていた。
「それは、朝の五時に俺の私室に乗り込んでまで言うことですか。それより女子として朝の五時から男子の部屋に乗り込むってどうなんですか」
「時間がもったいないじゃん!」
だが亜里沙も負けておらず、せっかく乗り込んだからにはデートまでこじつけたいところだ。
「あのな、俺が有給をもらったのは玲に診断をしてもらうためだ。外に出かける時間はない」
「えーーー!!」
「……診断は十時からだから、それまでだったら」
「そんなの何にも出来ないじゃん! お店閉まってるし!」
「なら諦めろ」
亜里沙がたたき起こしたというのに、キセトは再び布団にもぐってしまった。亜里沙に構うことなく寝息をたて始めている。
「せっかくお休み取ったのに……」
キセトからの反応はない。
「鈴一部隊長にデート誘われたの断ったのに……」
キセトからの反応はない。
「お休みにすることなんて何にもないし……」
キセトからの反応はない。
「ねー、ほんとに寝てる?」
キセトからの反応はない。
「もー! 知らない! 馬鹿。バーカ」
少し意地になった亜里沙は、キセトと同じ布団にもぐりこむ。幸いなことにキセトは亜里沙に背中を見せて横になっていたので、顔の近さを自覚することはなかった。ただ、その緊張感を自覚しなかったため、五時という時間にふさわしい睡魔が亜里沙を襲う。数分もしないうちに亜里沙も寝息をたて始めた。
亜里沙が規則正しい寝息をたてて十数分後、キセトは静かに起き上がり布団の外へ出る。
「いや、おかしいだろ。いくらなんでも俺の布団に入るなよ。というか朝から俺の部屋に来るって、来るって!? あー駄目だ。異常値出す。心拍数がまず狂ってる。正確な数値が出せない。玲に相談すべきか」
「デートしてあげたらいいじゃーん」
「れ、玲!?」
「おはよー、キセト。朝から元気だねー。いいよ、健康診断。明日の朝の聴診をちょっと細かくしよう。だから今日はデートでもなんでも行ってあげたら? 仕事以外でお出かけも大切だよ」
「………」
「え? なんて? 声が小さすぎ」
「恥ずかしい……」
「それは知らないねー。十代の若者らしくお外の食べ物屋さんのお茶一杯で四時間でも五時間でも話しておいでー」
「………」
「とりあえず、健康診断はなし。デートしてもしなくても。揃って休日なんて滅多にないんだよ?」
「十時過ぎたら、亜里沙も起こす。それまでは休む」
「ふふっ。お好きにどうぞ。ぼくは医療機関に戻るね。じゃ、元気で」
いつの間にか部屋にいた玲は言うだけ言ってあっさりと出て行った。
さすがに亜里沙が寝ている布団で寝なおすつもりにはなれず、キセトはもう一式布団を引っ張り出して畳みの上に敷く。時間を確認して目を閉じた。
「寝てるし」
亜里沙が起きると、薄暗かった部屋は日光でかなり明るくなっていた。
時計を見ると後数分で十時になる。だというのに健康診断を言い訳にデートを断った男は布団の中でまだ寝息をたてていた。
「おー……」
声をかけて起こそうと思ったが、時計が十時を示した瞬間キセトは体を起こした。起きていて時計を凝視していたかと思う正確さだ。
「おはよう。健康診断はなくなったから行こうか、デート」
様々な疑問があったが、起きて一番のキセトの台詞にそんなものは頭から抜け落ちた。亜里沙が詰め寄ると、キセトは優しく微笑んで「嘘じゃないぞ」と言ってくれる。
「嘘じゃないのね。やった! うれしい!! あ、き、着替えてくる!」
「ちょっと待った」
「ん?」
キセトが亜里沙の腕を掴んで引き寄せる。されるがままにしておこうと思った亜里沙だが、引き寄せられた後の顔の近さに思わず赤面した。恥ずかしくてうつむいてしまう。
「ど、どうしたの?」
「なんでもない。おはよう」
「あ、うん。おはよう」
「着替えるんだよな? じゃ、半に正門前集合にしよう」
キセトはすぐに亜里沙を放して、なぜ抱きしめたのかなど一切説明しなかった。むしろ当然のように振舞っていて気にしている亜里沙のほうがおかしいかと思うほどだ。
それに亜里沙にすれば突然キセトがデートをしようなどと言い出したのが不思議でもある。キセトは仕事優先の男なので、今日は諦めるつもりだったというのに。
「まっ、いっか。デートはデートだもん!」
と、前向きな彼女はわからないことは気にしないことにしたのだが。
* * * * *
「この服かわいいー!」
「こっちのほうが似合うよ」
「えー、ちょっと私にはカワイイ系はちょっと……」
「そうなのか? 俺は似合うと思う」
「んー、じゃ考えてみようかなー。それっていくら?」
「買うなら俺が買うから値段は気にしなくていい」
「え、えぇ!? 悪いよ、それは。自分の服だし」
「俺が選んだ服を気に入って着てくれるならそれで十分だ」
十代のカップルにしては金に困っていない二人は、服屋に来ていたのだが。
寒い北の森では男より女のおしゃれが困るのだ。ショートパンツやミニスカート等でおしゃれもしたいが、タイツをはいても寒いものは寒い。よって、どうしても亜里沙の服選びが中心となる。
「これとかは?」
「寒くないか? 後露出が多すぎる」
「えー、これぐらいは普通だよー」
「それならこっちがいい」
「んー、おばさんぽくない? 適度な露出は若者には必要なんだよ?」
「そういうものか。でもやっぱりそれは駄目だ。せめてこっちに」
「んむー。それならまだいいかなー。でもやっぱりキセトってカワイイ系薦めるよね? そういうのが好みなの?」
「え、かわいいもののほうが女子はいいんじゃないのか?」
「私は無地とかでも好きだけどー」
「んー、わからん」
亜里沙がいいと言った服は全部キープしているキセトだが、まさか全部買うつもりなのだろうか。そうだとしたら亜里沙も困る。買ってもらう身でそこまで量は図々しいだろうし、休日自体少ないというのにそれほどの私服を持っていても着る機会がない。
「今着るか?」
「あ、うん。その赤のコートだけタグ切ってもらってほしいかなー」
「わかった」
それだけ言うとキセトはそのままレジへ向かう。先ほどからそれを気にしていた亜里沙は流石に呼び止めた。
「ぜ、全部はいらないよ!?」
「休み以外にも着てくれよ。せっかくかわいい服、二人で選んだんだから」
「あ、あ、えっと。う、うん」
思ってもいない言葉を返されて亜里沙は頷くしかない。呆然としている間に精算も済ませてしまって、結局亜里沙は合計でいくら分の服を買ってもらったのかもわからなかった。
「ほら、コート。着るんだろう?」
「うん。仕事のコート着てきちゃったし。身分証ぶら下げて歩き回るみたいなもんだから、着替えたかったんだ。急いでていつものクセでいつものコート取っちゃった」
「まぁ買ったコートも赤っていうか赤黒というか」
「いいの! これは赤なの!」
「そうかそうか。んー、首元が寂しいよな。アクセサリー見に行こう」
「え? まだ何か買うつもり?」
「他にお金使うところないからな」
そういって、キセトは亜里沙の手を引いて次の店に向かっていく。
亜里沙としては休日にデートをして。キセトに買ってもらったものに身を包んでいるだけで十分なのだが。それだけで十分幸せなのだが。
それでもやはり、手を握られる等の何気ない接触が更なる幸せなのだ。
「楽しかったー」
「送ろう、といいたいところなんだが。どうせ帰るところは一緒だからな。送るもなにも同じ帰り道だし」
「あははー、女子寮入る?」
「遠慮しておく」
「だよねー! さて、今日はありがとう。はい、これ。私の支配力の具現化ー!」
「言葉選び……、いや、なんでもない。……ペンダント?」
「うん、私が買ってもらった服についてた装飾なんだけど、私そう言うの嫌いで取っちゃうの。んで、アクセサリー屋さんでペンダントにしてもらった。一応、ワンセット物じゃん? おそろいじゃないけど、なんていうの? 一つ物も分けて持つというか、買ってもらった服についてるものだけど」
「いや、嬉しいよ。ペンダントなら仕事中でもつけられる」
「へへー。アクセサリー屋さんでペアのもの買うのはなんか照れくさくてさー。私もキセトに買ってもらったペンダント、仕事の時もつけるね!」
「あと男子寮に来るときは私服は無しな。あの色気のない男女共同制服を着てくるように」
「はーいっと。じゃ、女子寮はあっちだから。また明日ー、仕事でね」
「あぁ、また明日」
あっさりと別れを告げるキセトが、亜里沙が見えなくなるまで見送ってくれるのを亜里沙は知っている。そのため、亜里沙は出来るだけ早足で歩いて、キセトが見えるギリギリで振り返って手を振り、早々と寮に入ることにしている。
あとは、
「ばいばーい」
キセトの耳のよさを知っているので、返事は聞こえなくとも別れを告げておくのだ。
滅多にない二人の休日が重なる日だが、そのほとんどはこのようにして普通にデートを楽しむことが多かった。時にはキセトの私室で話すだけのデートもした。雨の日にわざと出かけてずぶぬれになったこともあった。
なんだかんだと二人で青春を楽しんでいたのである。