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哀歌茂茂ってどんな人?

龍道(と英霊)と茂

BNSH1とBNSH2の間のお話と、BNSH本編終了後のお話

哀歌茂茂がただの個人であるのは、彼の友人たちの前だけなのではないかと作者は思います。


 父が属していたという場所で働くことになった。なんかよくわかんないうちに世界情勢は進み、わけわからないうちに父は帰らぬ人となり、母はどこへ行ってしまったかもわからない人になった。

 ナイトギルドでの仕事はほぼほぼないも同然で、いくら何でも6歳の子どもに単独で仕事をさせられないという理由だった。俺と同い年のギルド隊員である西野英霊と一緒に「お手伝い」をするのが関の山というところである。


 今日の「お手伝い」は同じナイトギルドの先輩で哀歌茂商業組合のトップ(になることが決まっているだけで本人曰く普通の人らしい)の茂兄ちゃんの手伝いだった。ナイトギルドとしての仕事ではなく、家業のほうのね、と茂兄ちゃんは言っていたけど。


「ほえー……、おっきな倉庫」

「ここには注文書しかないんだけどね。だから上の方とかは結構空っぽだよ。二人にはすべての書類を確認してもらって、キャンセルって印が押してある書類だけ机の上に積んでいってほしいんだ。あぁ、順番は注文書が発行された日付順にしておいて。右の棚から見ていけば日付順になってるはずだからね」

「どうしてキャンセルの注文書も同じところにしまってあるんですか?」

「んー、今は停戦状態に戻ったけど数か月前まで戦争状態にあったわけでしょ? しかも突然の宣戦布告だったから食料や武器の貯蓄にも不安があった。大量に注文が発生したんだけどね。商品売り渡す前に速攻停戦になったからキャンセルが続出して……、正直どの注文がキャンセルなのかどうなのか確定もしないものも多くて、とりあえず注文があった日付でここに放り込んでおいたわけ」


説明しながら茂兄ちゃんが一つのボックスを取り出す。とりあえず放り込んだにしては中の書類は揃えられていたし、キャンセルかどうかはわかりやすいように印が押されている。


「で、先日まで日付もキャンセルも商品受け渡し済みも料金未払いも混ぜ混ぜで保存されてたものをとりあずは日付で分けたんだよ。従業員たちで。今日は君たちにキャンセルって押された書類だけを取り出してもらって、混乱時に間違ってキャンセル処理してないか確認して別の場所に移す作業をしてもらいたいの。確認はこっちの従業員でするから、キャンセルの書類をどんどん出していってね」

「はーい」


 よくわからないけれど、まぁすることは簡単だ。本当は茂兄ちゃんの仕事らしいので、英霊と俺が茂兄ちゃんからお小遣いを貰うということで引き受けた。正式にお給料を出すには、これまた俺たちの年齢のせいで面倒なことになるらしい。俺たちにこの簡単な仕事を任せ、茂兄ちゃんは別の所に視察へ行くとかなんとか。ただ働きだとか隊長は言ってたけど、茂兄ちゃんは未来の為に必要な経験だと言っていた。真面目な人なんだなぁと思う。

 

「哀歌茂さん。この最初の箱に付箋が貼ってある書類はどうしたらいいんですか? キャンセルの印は押されてないですけど、付箋にはキャンセルって書かれてますよ」

「ああ、付箋とか手書きでキャンセルって書かれてる書類を見つけたら、机の所でキャンセル確認してる従業員に直接渡してくれるかな。これは……うん、昨日キャンセル連絡きたやつだよ。商品ももう取り寄せたからキャンセル料がかかるって連絡しないといけないやつかな」

「茂兄ちゃん、全部覚えてるの?」

「全部じゃないよ。これは偶然」

 

 よろしくね、と俺たちには優しい笑みを見せて背を向けて歩いて行ってしまう。部屋を出るときに机の所にいる従業員さんたちに何か一言二言告げて、茂兄ちゃんは部屋を出ていった。


「もしかして英霊と二人で今日中に全部……?」

「そんなわけないでしょ。今日は五時までって決まってるんだもん。馬鹿なこと言ってないで書類を確認して行こう」

「手の届かないところ、どうしよう」

「梯子があるからそれでやればいいんじゃないかな。二人いるんだし支える方と箱を取る方ですればいいでしょ」

「なんか、英霊慣れてる?」

「哀歌茂さんのお手伝いは初めてじゃないし」


 なんてことはないって態度だけど、そういう態度でいられる英霊はやっぱりすごいと思うんだよな、俺。

 俺と英霊は同い年でも、ナイトギルドの隊員としては英霊の方が1年ぐらい先輩だ。仕事も大体英霊に教えてもらっている。逆の立場だったらって考えると、俺ならもっと偉そうに知っていることを聞かれてもいないのに話しだすと思うんだよな。なのに英霊はそんなことがない。俺が質問したら当然のように教えてくれるしわからないってことはすぐに確認してくれて俺に伝えてくれる。すっごくできた奴だなぁって思う。同い年だって思いたくないぐらいには。

 そういえば茂兄ちゃんもナイトギルドに入ったのはここ数カ月って言ってたような。やっぱりずっと年上だからなのかな、英霊より仕事慣れしてるように見える。今回は茂兄ちゃんの家業だから茂兄ちゃんが指示する側でもおかしくないけど、ナイトギルドの仕事だったら英霊が茂兄ちゃんに指示してるのかな? なんか想像しにくいけど。

 てか茂兄ちゃんだって仕事できる人だし、やっぱりそこは年齢順なのかな?

 俺は一つ目の箱をチェックしながらそんなことを考えていた。茂兄ちゃんってどんな人なんだろう、とか。机のところに居る従業員さんたちは年下の茂兄ちゃんに指示されてどう思っているんだろう、とか。頭の中がそんなことばっかりになってきて、単純すぎる作業から意識が逸れていってしまう。

 

「なぁ、茂兄ちゃんってどんな人?」


 俺の質問に英霊は首を傾げただけだった。俺と英霊の手が書類を捲る音が暫く続く。箱一つ分ほどの書類を確認してから、突然英霊が言った。


「恵まれた人じゃないかな」


 俺は突然視界がぼやけた気がした。でかでかと押されている大きなキャンセル印があるかどうかすら、視界から情報として入ってこなくなった。書類を捲る手も当然止まる。英霊が自分の横に重ねた書類を整えると、箱を棚に戻して机の方に行ってしまった。箱を見ると、整理の為に記されている日付がちょうどいい区切りの箱だった。日付ごとにためてキャンセルの注文書を机のところまで運んでいるらしい。


「おかえり」

「さっきから一枚も進んでない。やり切る必要はないけどさぼっていいわけじゃないんだよ」

「んー、おなかも減ったし休憩にしない? 一時間休んでいいんだろ」

「わかったけど、龍道のその箱は終わらせてからにしようよ。中途半端になるし」


 そういって英霊は俺が抱きかかえるようにしている箱から残りの書類を取り出して確認し始める。俺も取り出していた書類を再び捲り始めた。少しずつ慣れてきて確認するだけの作業は速くなった。午後は午前の倍は確認できるだろう。それでも進んだ箱は二人で4,5個で、一つの棚に嫌になるほど箱は入っている。そしてそんな棚がたくさんある。絶対この倉庫全部なんて一日で終わる量じゃない。


「お昼何食べよー。終わらないもの考えても仕方がないじゃん」

「そういえば食堂で好きな物頼んでいいって哀歌茂さん言ってたよ。食堂に行こ」

「食堂あんの? ここ」

「うん。外の人も使えるようになってるから子どもだけでも目立ったりしないと思うよ」


 英霊が机の所にいる従業員さんに休憩いただきますね、と言うのを聞き届けてから部屋を出る。俺は食堂がどこにあるのか知らないので英霊の背中を追いかけるしかない。


「なんで哀歌茂さんについて突然聞いて来たの?」


 英霊は突然話を切り出した。俺はまだ英霊の「恵まれた人」という返事に納得していないんだけど、話を先に進められてしまったのでぶり返せない。


「んー、なんとなくいい人でしっかりした人そうだなとは思うんだけどさ。ただのいい人ならナイトギルドにいないんじゃないかって。ナイトギルドに居る人にしては普通過ぎというか……」


 本人ですら普通だと言っていた。ナイトギルドは普通の人が居るにはちょっと、なんていうか、うん、浮くというか。


「いい人だと思うよ。とってもいい人。でもいい人だから普通だっていうのは違うと思う。哀歌茂さんはとってもいい人だけど、普通じゃないよ」

「はー? なんでそんなこと言えるんだよ」

「普通の人だったら、哀歌茂なんて堂々名乗れない。龍道、わかってる? さっきの倉庫もこの廊下も、これから行く食堂も、哀歌茂印がついている世の中の物、ぜーんぶ哀歌茂さんが支配してるんだよ。そんなの、普通じゃないよ」

「えー……」

「普通じゃないけど、いい人だからね。支配者には向いてると僕は思う。パパや龍道や峰本さんとはまた違う上層部って感じの人」

「んー……。でも、俺にとっては同じナイトギルドのお兄ちゃんって感じなんだけどな」

「それでいいんじゃないかな。無理に僕に同意しなくてもいいんだよ」


 やっぱり英霊は俺よりずっとずっと大人な気がする。ませてるっていうより「大人」って感じ。

 こんなふうに「大人」な英霊だったら、茂兄ちゃんに指示しててもおかしくないのかも。んー、でもなぁ。やっぱり悔しいというか、同い年の英霊がそうしてるのって素直に頷きたくないっていうか。

 つまり、俺は英霊の言う事なんてこれっぽっちも理解できてなかったってことだ。


 かつて、自らがまだ妹より幼かった頃に受けた「お手伝い」を思い出しながら、俺はあの倉庫で「お手伝い」をしていた。今度は焔火龍道の名前で給料が出るので「お手伝い」ではないんだけど。ちゃんとした仕事だ。


「流石、哀歌茂さん。容赦ないよね」

「哀歌茂商業の従業員じゃない俺たちに書類の仕分けどころか注文書の確認までさせるんだもんな」


 かつての仕事の相棒、西野英霊もぐんと大人になっていて、実は身長を抜かれてしまった。同い年なのに。かなりショックを受けた。中身は結構据え置きだ。もともと大人っぽかったので違和感はない。子どもだったころよりうまく「年下」というカードを使って世渡りしていると思う。強かになった、と隊長はよく言うけど、同い年の俺からすればすごい(でも真似はしたくない)ものだ。

 今回は机の所に従業員さんはいない。かつては従業員がしていた仕事も俺たちの仕事として依頼されている。茂兄ちゃん曰く、「技術やシステムが発達したから随分楽になったはずだよ」とのことだ。笑顔でそういっていたけど仕事の中身は全然笑えないんだけどな。


「午前は僕が打ち込みしたんだから、午後からは龍道が打ち込みね」

「えっとこのデータに数字打ち込むんだっけ」

「キャンセルがこのファイル、キャンセル料未払いがあったら即哀歌茂さんに連絡、ね? 数字打ち込んで一致するデータがなかったら間違って処理されてるから、それも哀歌茂さんに連絡」

「あーもー、わかった、わかったよ」


 昔よりキャンセルされているものは少ない。それも当然であの時は戦争がどうこうってことだったから異常な数だったんだろう。英霊がキャンセルの印がある書類を持ってくるのと、俺が書類のチェックを済ませるのに必要な時間は大体同じぐらいだ。時々茂兄ちゃんに電話することにはなるんだけど。


「あぁ茂兄ちゃん? 注文番号473850099なんだけど。こっちのデータになくて。キャンセル印が押されてる手書きの注文書だけどさ」

『あー……、うん。それ別に分けといてくれる? 受付で手動受理したやつなんだよね。そっちに混ざってたんだ。依頼主が幼くてね、お母さんを名乗る人からキャンセルされたんだよ。なのに依頼主はキャンセル知らずに料金払ってるし、返金を受け付けないし、母親はごねるし……。まっ、こちらの仕事だから置いておいて。誰かに取りに行かせるよ』


 疲れを隠さない声は愚痴を聞いてくれる相手を探していたのか、必要ないことも話す。茂兄ちゃんにしては珍しいな、と俺は何気なく電話を切らずにいた。


「龍ー、これもついでに聞いてー。印じゃなくて手書きでキャンセルってメモがあるやつ」

「おいーす。えっと、茂兄ちゃんもう一個聞いていい? 注文番号……ってこれ去年のんじゃん。473728565だけど。去年のデータなんて貰ってないから照合もできないよ」

『それは処理終わってるから大丈夫。ただ紙データがそんなところで混ざってるのは問題だな。なんでそれだけ……。まぁ去年の所に注文番号順に入れておいてくれる? あぁ分類はキャンセルじゃなくて取引終了で。できれば手書きのキャンセルっていう文字消しておいて』

「やっぱり茂兄ちゃんってすごいよな。偶然なんかじゃないじゃん。全部覚えてるの?」

『やだなあ、龍道君ほどじゃないよ。ぼくは君ほど記憶力があるわけじゃないし、必死に小細工して仕事しやすいようにシステム変えたりして、君たちに年上ぶりたいだけだよ』

「でもどれ聞いても注文番号で依頼主の情報とか出てくるじゃん。すごいなって」

『あのね龍道君。これでもぼくは哀歌茂組合の組長なの。全部覚えてなくても、全部覚えているように見せる小細工はしないとね。龍道君みたいに本当に10覚えてなんで対応できる人っていないんだよ。ぼくはね、質問されるだろう3だけとか8とか辺りが質問されるだろうなって目星をつけて、そこに関連させて4,5,7,9と覚えていくの。今度暇なときにでもコツを教えてあげる』

「えー、茂兄ちゃんに暇なときとかあんのかよー?」

『作ろうと思えば作れるよ。時間は有限だけど虚無ではないからね。そう、例えば50099の依頼主はね、お父さんに会いたいって言って船のチケットを取ろうとした。だけど母親はキャンセルした。母親に秘密にしてでも料金を払ってきた。家庭の問題にぼくたち哀歌茂は踏み込めない。さて、ぼくはどうしたでしょう?』

「えーと、料金は払ったんだから黙ってチケットを送った?」

『半分正解。料金は支払い済みだとして父親に逆向きの船のチケットを送った。その娘さんとお父さんは月に一度、二人分の船のチケットを哀歌茂から買ってくれるお客になった』

「ふーん」

『有限の時間を割く価値のある問題だった。こっちも定期的に注文してくれるお客さんを手に入れたし、お客さんからの満足度の高い仕事を勝ち得た。ぼくが君に時間を割くのもそういうこと。君に投資することはぼくの時間を割く価値があると思うよ』

「なんか期待されすぎて怖い」

『ぼくは普通の男だから、君みたいな才能とか君みたいな素敵な人材を手放したくないの。それじゃ、続きをお願いね。また何かあったら電話して』


 生返事すらする間もなく切られた電話を元の場所に置いて、返答を待っている英霊に茂兄ちゃんの指示を伝える。英霊は小さく頷いて、去年の注文書を去年の日付の箱に戻すべく立ち去って行った。

 随分昔のことを思い出して俺はため息をつく。昔の俺曰く、いい人でできた人。昔も今も本人曰く、普通の人。昔の英霊曰く、恵まれた人。じゃ、今の俺は茂兄ちゃんをどんな人かと思っているのだろう。


「バケモノだよな……。父さんたちとは全く違い意味で」


 目の前に広がる巨大な倉庫。昔はこの倉庫の一つの棚の中にある一つの箱のチェックですら多いと思った。今、この倉庫一つを丸まる任されて責任重大だと思った。

 でも茂兄ちゃんが背負う責任ってのはこんなものじゃない。昔は分家と呼ばれていた今の支店と呼ばれているものも含め、世界の物流の半分以上は哀歌茂の手中である。茂兄ちゃんはトップとしてそれを支え、操り、滞らせることなく流していく。それがとんでもないことだと理解したのは高校とかで物流の授業をしたときだったか。

 いつも身近にいて、家族でもないけど兄ちゃんと呼んでいる大人しいあの人がそんな大それたことをしていたなんて。知っていたけど実感がなかったというのか、とりあえず驚いたんだ。

 こうやってその一部にちょっとでも関わると、毎度新鮮な驚きが蘇ってくる。その驚きを誉め言葉にできればいいんだけど、まだ俺に残る子どもっぽいところが「バケモノ」なんて罵りにしてしまうんだろう。


「ちょっと龍道、手が止まってる。終わらせなくてもいいって言ってもらってるけど、さぼって言い訳じゃないんだよ」

「昔もそうやって英霊は俺を叱ったよなー」

「昔? 14年も前のこと言ってるの?」

「ついでに質問していい? 茂兄ちゃんってどんな人だと思う?」

「恵まれた人だよ」


 14年も前になるのか、と俺は思った。14年も経つのに英霊の答えは変わっていないみたいで、こいつの早熟さを示しているみたいだ。


「昔聞けなかったけど、それってどういう意味なんだよ」

「一人で背負いきれないってわかってるもの、背負わされるのがわかってたら誰だって逃げたいよね。でも大体の人ってそういう運命だとかそういう宿命だとか、そういうものから逃げることなんてできない。でも哀歌茂さんはナイトギルドっていう一時避難場所に居ることが許された。だから、恵まれた人」

「えっ、英霊さん。もしかして6歳の時点でそこまで考えついてた?」

「こんなにハッキリ言語化できなかったとは思うよ。それに今、昔になかった印象を加えるとしたら……、『凄い人』かな」

「なんでまた?」


 昔から大人めいていた英霊がそんな簡単なことに気が付いていなかったとは思えない。茂兄ちゃんは昔からすごかったと思うんだけど。


「だって、結局哀歌茂さんはちゃんと哀歌茂商業組合のトップに立った。どんな経歴を持っていようが、どんな形になろうが、そこに立って哀歌茂を成り立たせた。その結果を生み出したし、今も維持してる。だから凄いなって」

「茂兄ちゃんは昔からすごかったぞ。茂兄ちゃんがそれを成しとげる事なんて昔からわかってたことじゃん」

「そうだね。僕は気づけなかったけど龍道は気づいてたんだ」


 そうやって自分ができていなかったことを簡単に認めて、俺がそれをできていたともいう。やっぱり英霊も凄い奴だなと俺は思う。英霊は早足で箱を机のところまで持ってくると、作業しながら雑談を続けた。


「僕は哀歌茂さんを見下してたのかもしれない。どうせこの人は逃げてきている人だって」

「なんで逃げてるなんて思ったんだよ」

「ナイトギルドにいるってそういうことでしょ。普通じゃないことが嫌で逃げてきてる。それがナイトギルドにいるってことだと思ってたの」

「えー……と?」


 ナイトギルドに居ることが普通じゃない? でも茂兄ちゃんはかなり普通に近い人だし。ナイトギルドに居るから普通じゃないって考え方はおかしいと思う。いや、確かに変な人ばっかり集まるけどさ。隊長からしておかしい人だしそれも仕方がないんじゃないの? だいたい副隊長を務めていた父さんも普通じゃないし。

 あれ? てか、今そこに属している俺や英霊はどうなるんだ? これって俺も普通じゃないって言われてる?


「今はそう思ってないから安心してよ、龍道」

「やっぱりお前、俺をからかってるだろ」

「そうじゃないけどさー……。龍道と僕だと育った環境が違いすぎてどうにもこうにも、ね? 僕もうまくまだ言葉にできないから、言えるようになったら言うよ。だから今は――

「仕事?」

「わかってるじゃない。ほら、データ打ち込みお願いね」

「はいはい」


 一枚、注文書をこちらに渡されてその注文番号を打ち込む。ヒットしたデータと注文書の詳細をチェックしていって問題なしの山のてっぺんにその注文書を飛ばした。ピッタリの所にひらりと落ちたのを確認して、流石俺、と自分を褒める。そんな自分を冷静に観察して子どもっぽいなと思う自分もいて。そんなやる気を出すのに邪魔になる冷静な自分はため息と共におさらばだ。わざわざ自分でやる気を削る必要なんてない。


「結局、茂兄ちゃんってどんな人なのか、14年も付き合いがあってわかんないのか……」


 もしかしてそれが哀歌茂茂と言う人なのかもしれない。だってあの人は商人だ。あの人にとって商人がどういう存在かわからないけれど、もしかしたら「客」に求められた「者」になれるのかもしれない。英霊が求めた「哀歌茂さん」と俺が求めた「茂兄ちゃん」は全くの別物だろうし、それぞれの顔になりきれる人なのかもしれない。


「もしかして、茂兄ちゃんって滅茶苦茶怖いんじゃ……」


 人によって自分像を変えて「接客」しているのに、茂兄ちゃんが人間関係で問題を起こすのって見たことがない。つまり望まれた「哀歌茂茂」に一貫した「自分」を織り込んでいるはずなんだ。一貫性があるから矛盾した「哀歌茂茂」像を両立させて……、


「やばい、まって、怖くなってきた。あの人、本当にすごすぎない?」

「龍道! 手を動かして!」

「英霊! 茂兄ちゃんってもしかしなくてもかなりやばい人なんじゃ……」

「人の心が読めるとしても、僕はあの人の心だけは覗きたくないと思うぐらいにはやばいよ。でもそれをここで言う? 気づかないふりが一番いいんだから、黙って仕事して」

「は、はい……」


 そうだ、考えたところで茂兄ちゃんの在り方だし俺が文句言える事でもないし。

 そうだ、そう。哀歌茂茂は「普通じゃないいい人」が一番平和な結論なんだ。過去の俺の答えが一番よかったんだ。もうそこで思考停止しとこう、俺。この先は二十歳そこらの若造が踏み込んでいいもんじゃないんだ。


 今日の仕事報告は英霊に任せよう、とそれだけ誓って、俺は無心にデータ照合に没頭した。今だけは茂兄ちゃんに会いたくないなと思ったんだ。茂兄ちゃんが時間を作ってくれると言ってたことも忘れて。


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