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『しげる』

羅沙驟雨(羅沙姉弟皇帝の弟)

 闘技戦火と結婚した。一般人に扮する際は滋となのる。

哀歌茂茂

 世界規模の商業組合次期組長。驟雨と戦火とは幼馴染。二人の結婚式が、茂にとって初めての大規模の仕事。戦火に片想いしていた。

 友が笑顔で祝福してくれた。それが言い難い感情を生み出す。嬉しさも含んだ、罪悪感。


「滋!突然だと時間が取れないって言ったろ?」

「それでも時間を作ってくれるお前が好きだぜ」


 二人揃って変装(髪と目を紺色に染める)をして街を歩く。つい先日、俺は結婚した。生まれてすぐに決まった婚約者で、今隣にいる友の片想いの相手。


「茂、あれなんだ?あの旗。街中にあるな」


 好きなカフェの好きなカフェオレを飲みながら、窓の外の旗を指さす。向かいに座る茂は後ろを向いて確認しながらああと納得いったような声を出す。


「『驟雨陛下』の結婚を祝う印だよ。あの旗が掲げられてる家は旅行者や祈りの祭壇を持ってない人たちに祭壇を無料で貸してるんだ」

「へっ?……へー」


 俺を祝うものとは知らなかった。家庭にある祭壇を公開しているということらしい。皇族や皇帝が結婚したら直接祝うのは不敬になるとかいう意味のわからない伝統のせいで、あまり祝いの言葉を直接貰ってない。その代わりに民は祈るらしい。


「哀歌茂の大規模な祈りの施設は有料だから、結構利用者も多いらしいよ。哀歌茂もお祝い価格にはなってるんだけど……ね? 滋は抜け出してきていいのか? 新婚なのにさ」

「茂のところならいいってさ」

「責任重大だ」


 告げ口するなよとおどけておいた。

 戦火の名前を出さないのは身分がばれないように。しげると互いに呼び合う俺たちを隣のマダムが怪訝な顔をしている。どこにも耳はあるものだ。


「なあ、茂。良かったのか、俺たちの結婚祝ったりして」

「何言ってるんだよ。ぼくにもお見合いとかあるし、今一人の女性と話が進んでるんだ。二人にはぼくの結婚も祝福してほしいしね」

「でもお前、好きだろ?」


 やだな。こんな聞き方。

 俺、嫌な奴だ。


「いいんだ。『しげる』が彼女と結ばれることなんかない。彼女と結婚したのが君でよかった。彼女が幸せになることは間違いない。滋が必ずそうするから」


 好きカフェオレの味は甘ったるいものなのに、苦い。奥に押さえ込んでいるはずの罪悪感がムクムクと湧き上がる。


「ごめん」

「謝る必要なんかない」

「……ごめん」

「言っておく。滋が彼女を選んだんじゃない。滋が彼女を勝ち取ったんじゃない。僕が彼女を勝ち取れなかったんじゃない。彼女が『しげる』を選ばなかった。それだけなんだよ」


 目の前でオレンジジュースを飲む友。子どもぽいとさっきからかったのが遠い過去に思える。その姿に子どもっぽさはない。むしろ年下なんて思えない成熟さすらある。

 俺は本当に嫌な奴だ。俺は茂が戦火を諦めた確信が欲しい。この大人の対応をする茂の化けの皮剥がしてボロボロにして荒削りのままの諦めを手に入れたい。


(やだやだ。年上の余裕もあったものもない……)


 目の前で普段と違う色をした瞳が大人の煌めきと共に綺麗に整えられた祝福を伝えてくれている。もう哀歌茂の仕事に本格的についたプロだ。崩すのはそう簡単じゃない。


「茂はどんな所が好きだったんだ?」

「強情で苛烈で、燃え盛る炎みたいなところ」

「即答かよ」

「好きだからね」

「……言ったな」

「言っちゃった。滋がそんな目で見てくるからだよ」


 好きだったではなく、好き。今まで絶対に言わなかったくせに。結婚した後に、やっと口にした。言わなくても俺は知っていたけれど、こうやって言葉で聞くと、空気がピリッとしたような気がする。


「滋だから言ったんだ。特別だからね」

「………」

「祭壇によって帰ろうよ、哀歌茂の最高級祭壇を予約しておいたんだよ」

「マジかよ、俺がお祝いするのか?」

「祈りはお祝いじゃなくてもいいもんだよ。お願いとかどう?」

「羅沙の祭壇が奉ってるのは『皇帝陛下』だろ」


 やだよ、自分に祈るなんて。お前を剥がしたいだけなのに。

 店を出て(俺は金を持ってないので、今日は全て茂が払ってくれている)、茂が予約したという祭壇へ向かう。複合施設で色んな遊戯も可能だそうだ。


「祭壇側に立ってみる?」


 祭壇があるのは個室だった。きらびやかではあるがちいさな部屋に纏められている。城には祭壇はないので物珍しい。自分が奉られているというのも居心地が悪い。


「いや、いい」

「ちょっと祈るから待ってて」

「あのな、茂」

「なに?」


 茂が祭壇に向かって跪く。同じ女性を好きになった、かけがえのない友。

 俺は何を考えていたんだろう。ただただ、このいい人である友を潰そうとしたのだろうか。想っていても口にださず、俺よりも戦火のそばに居られる時期も支えるだけでいいよりはしなかった友を、だ。


「……長くないか?」

「驟雨や戦火には沢山いうことがあるから」

「直接言えよ」

「今は滅多に会えない滋でしょ。滋に言うことじゃない」

「なんだよ、それ」


 茂は立ち上がり、断りをいれて祭壇に入る。さっきまで祈っていた物体のデザインが気に入らないそうだ。


「しーげーるー。時間そろそろだぞ」

「次の会議で話題にしてみるよ」

「いいよ、祭壇なんて適当で」

「『驟雨陛下』の意見?」

「そうそう」

「あはは、伝えておくね。あと、『しげる』の意見聞いてくれる?」

「なんだよ、わざわざ」

「戦火はとても美しくて強い女性だけどそれだけの人じゃない。覚悟して添い遂げるんだね」

「……そうしたらお前は俺の友達のままでいてくれるか?」

「そんなことで不安がってたの? 馬鹿だなぁ、滋も驟雨も戦火も、友達でしょ。変えられないよ。それが変えられたら、今ぼくらは笑いあえてない」


 罪悪感も、醜い欲求も躱して茂が笑っている。きっと俺も笑い返している。


「でももう、滋には会えないかもね。君は羅沙驟雨。闘技戦火の夫は羅沙驟雨だけで、滋じゃないから」

「なんだよ、お忍びで遊ぶのは駄目ってことかよ」

「ぼくにも君にも仕事があるだろ。ぼくには何千という従業員がいて、君には何万と言う民がいる。遊んでられないよ。それぞれの立場を踏まえたうえで、哀歌茂茂と羅沙驟雨としてだけ」

「はー、大人になったなぁ。戦火にもおんなじこと言われそう」

「頑張ってね、旦那さん」

「はいはい、頑張りますよ」


 部屋を出て、施設の至る所にある空色の旗を煩わしく感じる。後ろを見ると商人の顔になった茂がぼそぼそ何かを言っていた。


「どうしたんだ?」

「いや、掃除もちょっと指導し直さないと……。大きな施設だからこそ細かい連携が……」

「あーもー。仕事の話はまた今度にしろよ。今日は俺の結婚祝いなんだぞ」

「わかってるわかってる。次はどこにいこうか」

「ここスケボーできるんだろ。やってみたい」

「はいはい。それなら西だね」


 初めて乗るスケボーにフラフラになりながらも楽しんだ。茂が下手くそ、と言うのがまた面白くてやったこともないことに次々に手を付けていく。

 羅沙驟雨と闘技戦火が結婚したということが、二人の『しげる』の時間の最後ということ。それぐらい、俺もわかってたんだ。


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