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晶哉、女は苦手

晶哉がメインのお話

 篠塚晶哉と名乗った。これからよろしく、などと言われて握手を求められたが全員分断った。もちろん、おれを憎んでいる時津静葉や在駆先輩はそんなもの、求めさえしなかったが。


「……よし」


 与えられた個室に少ない私物を運び終えて、ベッドに横たわる。地味にまとめられた真新しい部屋は、どことなく故郷の自分の部屋に似ていた。

 似ていない。これは自分の好みのものを置いたという共通点に感傷的になっただけだ。故郷は和風の造りをした家だったし、扉ではなく障子や襖でしかなかった。それは壁というよりただの仕切りで、隣の部屋にいた姉の声が。


「やめよ」


 音声で強制的に区切る。やめて正解だ、正解。わざわざ遠く離れた地にやってきてまで「あの姉」のことを思い出す必要もない。そもそも「あの姉」のせいでおれは……。


「失礼します」

「……誰だよ」


 赤い髪をポニーテルにまとめて笑う、少女。女。


「貴族様が何の御用ですかね」

「まあ、ナイトギルドでは貴族云々は関係ありません。わたくしは料理担当ですから、お食事の好みを知りたいと思いましたの」

「料理……担当」

「はい」


 近寄ってきた貴族のお嬢様。ベッドの上でわずかに引くおれ。

 時津静葉のような、わかりやすい逆上タイプならいい。ただ、笑って人を殴ってくるようなタイプの女だ、この貴族は。そして女ってのは大体そういうやつだ。


「それより近づくな」

「貴族はお嫌いですか?」

「別に。人が苦手なだけだ」

「キセトさんとは随分仲がよろしいようですけれど……」

「友達だからな」

「お友達! それは大切なことですわ!」


近づくなと言っているのになぜこの女は詰め寄ってくるんだ。なぜ本来の目的である食べ物の好き嫌いよりも友達だという言葉に食いつくんだ!?


「嫌いなものはない。大抵のものは口に入ればそれでいい!」

「どうして怒っているのですか?」

「……怒鳴るように言ったのが気に食わないなら冷静に言うように努める。食べ物の好き嫌いはない。口に入り、咀嚼できるものならよりよい」

「それは砂も該当しますわね」

「食べ物で頼む!」


 わかりましたわ、と上品な礼を残して赤毛は部屋を出ていった。もう、なんといえばいいんだ。苦手なタイプだ。砂を材料に含めている者が料理の担当なのだろうか。明日から自分で買ってきたもの以外は口にしないでおこう。それかキセトに進言してなんとか担当を変えてもらおう。誰がいいだろうか。在駆先輩は駄目だ。あの人はお菓子の袋に辛子や七味を大量に入れてシェイクしだす人間だ。任せると赤一色の食事になってしまう。キセトは材料の買い出しさえ人に任せて、あとは前もって何を作るかさえ聞かなければいい。美味しいものが出てくることに違いはないのだから。


「もしかしてもしかしなくても、料理ダメ人間ばっかりか……?」


 キセトをそこに入れるかは別問題として、料理ができない者ばかりであの貴族が一番ましだなんてことないよな? 大丈夫だよな?

 今日の夕飯のものを買ってこよう、とベッドから抜け出す。慣れない洋風の扉を開いて廊下に出た。


「………」

「こんにちは」


 はい、戻ろう。お部屋に戻って安全安心の空間にしてしまおう! 部屋は板でも打ち付けて誰にも入れないようにしよう!


「嫌ですね。そこまで嫌がらないでください。わたし、こう見えてもこのギルドの医療番長なんですよ」

「医師といえ、医師と。医療番長とはなんだ」

「ねぇ、チクられたのちにわたしの実験台になるのと、自主的にわたしの実験台になるのと、どっちがいいですか?」

「あんまり大人をからかうな。おれは外に出てくる」

「キセトさんと同じ病気ですよね。キセトさんの為に実験台になってください」

「………」

「っていう名目で協力するのでもいいんですよ」

「クソガキ」


 無視して階段へ向かった。そもそもなんでキセトと同じ病気だと見破られているんだ。診察どころか一度も体に触れさせていないし、服から出ている部分しか俺の肌も見たことないような小娘が。いくつかは知らないがまだ20歳にもなってないガキにあんないいようをされて。


(別に腹を立てるほどではないが、いい気分じゃないよな。在駆先輩とかどうやってこのギルドの奴らと付き合ってるんだ。在駆先輩、自分が思ってる以上に子どもなのに、怒鳴ったりしてないのか?)


「呼びました?」

「呼んでない、うせろ」

「貴方が階段を降りてきたんでしょう? ぼくは階段を上がっていただけですよ」

「ここの食事が信用できないから買い出しに行くところなんでね。つっかかってこないでくれるか」

「いやですね、つっかかってません。ぼくが進む道を貴方が塞いでるだけじゃないですか」

「………」

「……なにか?」

「いや? 別に」


 やっぱり、在駆先輩は子どもじゃないか。なんだ、子ども同士仲良しこよしか。まあ、在駆先輩は旧知でもあるのでわからなくはないんだ。なんだかんだと言ってこんなふうに突っかかるのはおれに対してだけだと。子どもっぽい一面もあるが、表立った対応は歳相当な人だ。たぶん。だから在駆先輩は一応、苦手人間リストには入れてない。


(そんなリスト、心の中に作ってるおれもまだまだ子どもか……?)


「どこへいかれるのです?」

「……えっと、確か」

「松本瑠莉花なのです、ショー様ぁ~。りっちゃん、もしくはるりちゃんと呼ぶのですよ」

「そうそう、松本妹な」

「もー、別にいいのですけれど」


 そしてこいつもそんなリストに載っている。というよりこのギルドの女は全員乗っている。女が嫌いになりそうなぐらい、このギルドの女は合わない。


「どこへいくのです?」

「敬語」

「どこへいかれるのです?」

「どこってことはねーけど、食料の調達だよ」

「きゃー、戦火様の料理を信用してないのですね! キー様にチクっちゃお~」

「なんでキセトなんだ。おい、ちょっと待て! 本気で言いに行くな!」

「あはーん、キー様に弱いってのは本当だったのですね! それが確認できただけで十分なのです~。お好きに買い物でも外食でもど・う・ぞ」


 ご機嫌に手を振って上階へ消える松本(妹)。なんだというんだ、なんなんだ。


「晶哉、どうしたんだ?」

「キセトか……。このギルドの女どもはどうなってるんだ?」

「どう、とは?」

「いや、お前に聞いても意味ないよな。お前に答えられることなら苦労なんかしないからな。女どもで苦労してるのなら、おれはお前の味方だからな、キセト」

「よくわからない」

「それでいいよ……」

「まぁ、麻結さんよりは交流しやすい女性だと思うぞ」

「姉上の名前を出さないでくれよ。あの女より交流しにくい女がいてたまるかよ」

「在駆が言っていたが、晶哉は麻結さんの影響で女性に苦手意識が芽生えてないか?」

「否定できないから考えたくないところ」

「こ、これも在駆が言っていたが、麻結さんが親族でありながら女性恐怖症になっていないんだから、ましなほうだろうと」

「………」


 ぐりぐりと古傷を友人にえぐられて、おれは出かける元気もうせて部屋に戻った。ベッドは柔らかく、とても優しい。


「もうやだ、部屋出たくない……」


 虚しい独り言が隣の部屋に届かないこの建物に感謝だ。障子や襖では、隣にいる悪魔のような姉が独り言にも突撃してきたから。


「女が苦手だと、認めたくないんだよ……、こっちは......」


 しかもそれが「あの姉」のせいだとは、更に思いたくないことなのに。

 このギルドではそれが否応なしに思い出されて、小さな子どものようにうずくまっていたい気分になってしまうのだ。


「ああ、キセトが居なければこんなところ、出てってやるのに……」


 キセトがいるからなあー、と呟いて。本気ではそんなこと思っていないのだが、砂が入っていると嫌だと言って夕食は食べずに、その日はそのまま眠った。


晶哉の姉は人として生きていけないタイプの性格破綻者です。

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