ホワイトデー
連夜がホワイトデーのお返しのお菓子作りをキセトに手伝わせる話。
「改めて聞くが、お前は努力をしたんだな?」
「した!」
「その結果がこれなんだな?」
キセトの目の前に置かれた物体――連夜の説明を真に受けるというのであればチョコレート――は蛍光オレンジで蠢いている。これが食べ物だと信じたくない、とここだけはキセトは自身の感情というものを認めた。
連夜はこれをチョコレートだと言い張り、さらにはおいしいと主張する。待て待て、まず食べられるのか。自力で皿からはいずり出ているそれが。
「味は中々いいと思うんだけど、駄目なんだ」
「そうだな、見た目で駄目だな」
「ラッピングしてもほどけるんだよ!?」
「そいういうことじゃないだろ!」
連夜は蠢かないチョコ作りの為にキセトに助力を求めているらしい。お返しは「瑠砺花に亜里沙の誕生日プレゼントを手伝うように連夜からいう」事らしい。
「言っておくが、亜里沙の誕生日プレゼント買ったからな」
「今年は、だろ? 来年は?」
「まだ……」
「いつも半年前から悩んでるじゃん。結構いい条件だと思うけど」
連夜はそう言って頭を下げるふりをして自作のチョコレートをつまんで食べた。バキバキバキと嫌な音が鳴るが、連夜は気にしていない。本当においしいのかもしれない。
キセトが嫌な予感ついでにキッチンを除くと、そこには戦闘の痕がある。おいおい、どうやったら溶かして固めるだけのチョコレートにここまで汚せるんだ。
「まずやってみろ。湯銭だ」
「知ってるからな。こうやってお湯の上にボウルだろ? あとはそのボウルの中に砕いたチョコレートを入れてゆっくり混ぜながら……」
「……間違ってはいないんだけどな」
連夜が手で砕いた時点で、いや正確さを求めるならば連夜が持った時点で、チョコレートが変色している。お前の手からは何か有害物質が出ているのではないだろうか。
とりあえず連夜の手からチョコレートを没収して、変色していないところだけ包丁で切ってボウルの中へ入れた。連夜が不思議そうにチョコを見ている。「こんな色だったっけ?」とのことだが、こんな色だ。
「次は溶けたチョコレートを型に流し込む」
「過程は合っているぞ」
おいおい、ボウルを持っていてチョコレートには直接触れてないだろ? なんでボウルを通過してチョコレートが変色しているんだ。連夜の手から出ている有害物質、手ごわいな。
「連夜」
「なに? あとは固まるまで放置だけど」
「色がおかしい。型に入れた時にチョコレートが鳴き声をあげている。おかしい。そうだろう?」
「瑠砺花からもらったチョコってこんな感じだったと思うぜ」
「………」
「嘘つきました」
素直に嘘と認めたので責めないでおくとしても、だ。
この、どうとも工夫できない課程しかないチョコレート作りでここまで激変されてしまってはどうしようもないのではないだろうか。だいたい、努力ってどのような努力をしたのだろう。
「連夜。連夜がした努力とはどういったものなんだ?」
「チョコレートが逃げようとして壁中に飛び散るから、逃げられないように潰しながら混ぜたりとか」
聞きたくなかった。
「後はー、そうそう、湯銭のお湯がすぐ冷めるからボウルを直接熱したりとか」
「それは失敗の一つなんだが、努力に数えるんだな」
「ま、ボウルは溶けて消えたけど、チョコレートの量は増えたぜ!」
「それは増えていない……」
連夜が差し出したサンプルを口にいれなかった過去の自分を褒めておこう。金属は食べたくない。
「連夜、いいことを教えてやる」
「おっ! なになに?」
「市販のチョコレートを買ってこい。確かに手作りというとプラスアルファの価値が発生する。しかし、プラスアルファなどものともしない金銭による価値を発揮すべきだと思う。下手な負の価値をつけるぐらいなら高いチョコレートを買ってやるほうがいいだろう」
「ま、そうだな。よし、チョコレートにせずとも食事に誘うとかでもいいか。よし、そうするわ。その時に亜里沙ちゃんの誕生日の件、伝えとく」
「よろしく頼む」
「じゃ、チョコはお前にやるよ。いい案出してくれたお礼だ」
「いや、いらない」
「じゃ周りに配れば? お前色んなところに行ってるんだろ? いつもお世話になってるんだから、たまにはこういうの渡してもいいじゃん」
そういって無理やり押し付けられた物体(俺はこれをチョコとは認めたくない)を持った俺を残して、連夜だけが上機嫌でその場を去っていった。
俺はその物体を机の上に置いて(しいて言うなら逃げてくれることを祈って)、キッチンの掃除にとりかかった。