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不知火軍は今日も平和です。

不知火軍のある日

 禁酒禁煙の鉄則がある不知火軍の兵舎のロビー。そんな場所で昼間から酒を片手に書類を飲む男は限られている。「強さが絶対」の不知火では強さが階級と直結しているのだ。よって、黒獅子代理の次に強いその男を取り締まれる者などいない。取り締まり係も居るには居るが、隊長格が野放しにされている中で言うことを聞かない一般兵も多い。

 今日こそはと取り締まり係が生きこんでロビーを占拠するその男に近づいた。


 「鈴一隊長! 今日という今日はそのお酒、没収させて頂きますから! あと煙草もですよ!」


 係の者がそう声をかけただけで、ロビーにいた外野が拍手を送る。よく言った、散ってこいとばかりだ。


 「んじゃ、決闘でもするか?」


 「それで勝てたらおれが戦闘特化部隊の部隊長になってますって何回言わせるんですか! 規則ですよ!」


 「んー、偉くなるとルールは変えられるものなんだぜ?」


 「そういうなら、我々取り締まり係の提案を聞いて同じことが言えますか!? 準備!」


 取り締まり係がぞろぞろと出てきて鈴一の前に簡易黒板やらめくりが用意されているボードやらが準備される。鈴一に声をかけた取り締まり係が黒板を勢い良く叩いて叫んだ。


 「では提案させて頂きます! 題して『実は偉くなっても規則を変える力はないんじゃないのかという下っ端の素朴な疑問』です!」


 「長い」


 「鈴一部隊長はナンバー2と呼ばれるほどまでに出世しているわけですよね!? ならなぜ禁酒禁煙の鉄則をなくしてくださらないのか、という素朴な飲酒解禁日の下っ端談話から始まりました!」


 「解禁日にお前ら何話してるんだよ! ほっとけよ! 東さんが禁酒禁煙賛成派なんだよ!」


 不知火軍の事実上のトップ、空席の黒獅子の代理として頂点に君臨する東の名が出て、係の者は更に力強く声を張った。


 「そして次に出た話題がこれ! はい、めくり!」


 掛け声に合わせて違う者がボードをめくる。そこには「黒獅子の制服ださくね?」と書かれていた。こいつらこれで酒が入っていないのか、と鈴一は痛くなったような気がする頭を抑えて唸る。


 「どうして不知火軍の制服は洋服なのに、黒獅子だけ和服に戻っちゃったんですかね!? 黒獅子にはなりたいですけど正直あの制服はどうかと思います!」


 「それを黒獅子になったことないおれに言うのはどうかと思うけどな! 酒の話はどうなった!?」


 「真剣に考えてください。東さんが引退なさると次の黒獅子は鈴一部隊長ですよ。考えてください。あの服どう思います?」


 「……ないよな」


 「ないですよね!」


 「あのな、洋司クン。ダサいとか云々じゃないんだぞ、あの制服は。象徴として決まっているわけでな?」


 「鈴一部隊長もださいって思ってるなら黒獅子になったときに変えてくださいよ! 後々のために!」


 そうだそうだと周りから野次が飛んできて、今野次飛ばした奴は後で東さんに報告してやろう、などと考えながら鈴一は次の言葉を探す。一つ一つのパーツは決して悪く無いのだし、あのデザインに決まったときはイケていたはずだ、と。

 いや、たしか戦場に来ていくコートはある時期の黒獅子が勝手に着たはずだな? 公式のマントは別にあるはずだ。

 そう考えるとやはり黒獅子まで偉くなると服装を勝手に変える権限がある気がする。鈴一や今の不知火軍人たちが知る黒獅子が東・キセトと並んで服装に無頓着だっただけだと。


 「お前ら、そこまで言うならどうしたいって案があるんだろうな。忘れてるかもしれないけど禁酒禁煙の方も」


 「あります! まず禁酒禁煙なんてやめましょう! あの鉄則は無意味です。酒の飲まれない体を作ればいい話ですし!」


 「いや、酒に強い弱いは体質だから無茶はするべきじゃないぞ」


 「黒獅子の制服は細かく考えてますので、続いて提案させて頂きますね」


 「考えてるのかよ! お前ら解禁日を無駄にしすぎだろ」


 禁酒禁煙の鉄則があるといえど、軍などいい大人の集団だ。いざという時には公式の場でそれなりに飲む機会もある。そんなときに、だ。「不知火軍人は酒に弱い」などと言われないように時々は解禁日を設けて酒に慣れさせているのだが。こいつら解禁日を設けている理由を理解していないなぁ、と鈴一は一人零す。目の前には新しいボードが準備されている。

 うん、お前ら一度凝りだすと細部も作り込まないと気がすまないタイプだな。


 「ではっ! デュルルルルルルルルデデン! あの手袋の意味とは!」


 「手袋って革製のあれか。滑りにくいらしいぞ、刀が」


 それより効果音は準備できなかったのか。つめが甘いぞ洋司。


 「我々が言いたいのは手首までなぜ伸ばせないのかって話ですよ! あれ手の甲の途中ぐらいまでですよね!?」


 「フィンガーグローブ! お前らオシャレのオの字もわかってない!」


 「戦いの邪魔です!」


 「確かに東さんはよく雪が入るって戦場に捨ててくるけど!」


 「黒獅子まで捨ててるんじゃないですか!? そもそもあれっ結構洋風のものですよね。コートとはあってるんですけど中の和服と何もあってませんよね!」


 「和洋折衷って言葉知ってるか、お前ら」


 確かに和風のものが多い不知火なのだが。一般人は和服が多いし、不知火軍人の制服は洋服だし、はっきり別れているように見せかけて黒獅子だけ和洋折衷なのは、歴代の黒獅子が好き勝手服を変えているせいなのだろう。洋司を始め、この場で鈴一に提案している一般兵は知らないようだが。


 「とりあえず捨ててくるぐらいなら素手で戦いましょうよ」


 「お前らも手袋するだろ。北の森の戦場で手袋なしとか、普通なら指先から寒さで壊死していくぞ」


 「おれたちと同じ手袋でいいじゃないですか! 暖かいのにぴったりフィットで動きの邪魔をしない! 最高品を使わせてもらってありがとうございます!」


 「一般兵と同じじゃ、黒獅子に箔ってもんがつかないだろ」


 「それに前の黒獅子は素手でした」


 「キセちゃんとお前ら一緒にするな! キセちゃんはコートのした裸だったんだぞ!」


 「えっ……変態……。若いのに……」


 「パンツは履いてた! おれが悪かった! 上半身だけな!」


 ちなみに洋司もキセトよりかは十歳以上年上だ。キセトや在駆、晶哉、亜里沙は不知火軍の中では例外の若者たちだった。


 「ともかく、あの手袋は変えていただきましょうよ」


 「東さんに言っとく……」


 「あー、言いましたね! 言いましたよね! 他にも黒獅子に伝えて頂きたい事があります!」


 「うるせぇー! なんだよ、もうなんでも言えよ!」


 酒の勢いで作られたボード、可哀想に。使われないで片付けられていく。洋司、もうちょっと打ち合わせしてから来いよ…。鈴一が話を聞いているうちにとばかりに次の準備がされていく。鈴一は「急がないでいいから……」と謎の優しさを見せるはめになってしまった。

 ほろ酔い気分で楽しく書類整理をしていたというのに、もはやぱっちりと意識が冴えてきてしまった鈴一である。勿論酒は片手にキープしているが、口をつける気にはなれない。


 「デュルルルルルルルルデ、デン! 首元寒い!」


 「マフラーでも巻いとけ!! 東さんだってストールとかマフラーとかいつだってしてるだろ!」


 まぁ東さんがそうしているのは首にある傷跡を隠すためなのだが、本人が口外するなというのでこんなところで漏らしたりはしない。

 うんうん、と一人頷く鈴一に、周囲はドン引きだったが。


 「急に切れる四十代こわ……」


 「てめぇ、洋司! あとで罰則な」


 「えぇ、こんな事で罰則受けるぐらいなら、鈴一部隊長がまた酒飲んでたって黒獅子にチクる方がマシですわ」


 「東さんにチクったらお前の血を全部酒に入れ替えてやるぞ」


 「この前、それ実際やろうとしましたよね。部下がビビってましたよ」


 「輸血用ぐらいの血しか抜いてないのに騒ぐなって話だよな」


 「……話を戻します。黒獅子の制服。どう見ても首元寒いですよね? 後から加えることはできますけど、ここは極寒の地北の森ですよ? 最初から何か装備品を決めて貰っておいてもいいのではないでしょうか。手袋よりも先に!」


 「でも下手なもの装備するとそれこそ戦いに邪魔だろ。だから決めとかないで自分に合った暖房器具をつければいいんじゃないのか? お前らの制服だって決まった防寒具はないが、各自が勝手に必要な分はつけてるだろ」


 「マジレスきた」


 「洋司には絶対罰則」


 罰則と聞いた洋司の顔が一瞬引きつったが、なんの意地か直ぐにへらへらとした顔になって鈴一の傍に寄る。ここだけの話とばかりに小声になって鈴一に話しかけてくる。


 「それは置いといて、この話題からはなんで黒獅子……東さんは常に首を隠すのかという話題に流れたかったわけです」


 「黙秘だな」


 「ちぇー、鈴一部隊長が喋らない事弦石部隊長が喋るはずないじゃないですかー!」


 鈴一の双子の弟、弦石の名前をこういうふうに出されていい気分ではない。口の堅さではどっちも同じぐらいだろうと言いたい。確かに弦石は禁酒禁煙の鉄則を破っていないしナンパもしないし堅物といえるほどに真面目だが、口の堅さは双子揃っていると言いたい。


 「洋司の罰則重めにする。今決めた」


 「え、生まれつきですか、生まれた後ですか?」


 「もーくひ」


 「取り締まり係として没収した酒を月に一割鈴一隊長に流すと言ってもですか」


 「東さんにバレたら殺されるので黙秘」


 「だめだー、この双子。黒獅子の忠実な部下だー」


 「とうぜーん。おれと弦石は東さんに育てられたんだぞ」


 不知火軍では誰もが知っている事で逃げる。

 いやいや、秘密を知れていいなぁだって? 強く育ててもらって出世コースいいなぁだって? あの鬼に育てられてみろ、そんな事言えなくなる。


 「じゃ、話は戻って」


 「まだ制服の話するのかー……。飽きたぞ」


 「なら酒一本開けましょう。それで最後まで聞いてくださいよ」


 洋司が部下に持ってこさせた酒瓶を開ける。手で便の蓋を開けられるあたり、こいつも軍人なんだなぁと鈴一はしみじみ思った。受け取ろうとした酒瓶が横から、見覚えのある手に奪われるまでは。


 「あ、東さん……」


 「黒獅子……」


 「ダサいのなんの、言いたい放題だな。あと、なに当然のように酒を飲んでるんだ」


 あ、鬼。


 それが洋司と鈴一が最後に発した言葉だった。

 ちなみに、取り締まり係総出でプレゼンしていたはずなのに、東の接近を感じ取った部下たちは逃げていた。

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