お兄さんなんです、この二人
『Black Night have Silver Hope』より
峰本連夜
焔火キセト が登場します。
Twitterにて「一人っ子のキャラが少ない!あてられた人のリクエストに全力で応える!」と言ったことから、見事数分であてられた方のリクエスト「連夜君とキー君のお話」
見知らぬ友人同士、そして新しい名前に馴染まない者同士、会話などないに等しい。呼びかけることすら「キセト」と「連夜」では馴れ馴れしいような気がするし、かといって新しく考えた「焔火」と「峰本」など、呼ばれた当人ですら慣れておらずムズムズする。
そんなこんなで、オレと焔火キセトはありもしない荷物を整理するという名目上で黙って時間を過ごしていた。一日どころか一時間もあれば手持無沙汰になるに決まっている。着るもの一つで国を飛び出してきた、二人揃っての大馬鹿者への罰に思えた。
「それで、羅沙に住む事に納得しているのか?」
一応友人という関係であるキセトが、二人分の飲み物を持ってそう訊ねてきた。一つはオレの前に置き、一つは自らの席の前に置く。オレと向き合う位置に座ると、「答えは?」とばかりにこちらを見てくる。
「納得……?」
「『十分に理解して得心すること』だ」
「いや、言葉の意味はわかってるからな!?」
「ちなみに得心とは『心から納得すること』という説明がされる」
「無限ループじゃん!?」
「答えを聞きたい」
んーとなんとも取れない(はず)の声だけ返して、表情の読み取りにくいほぼ他人の友人しかいない、これから家となる場所を見回す。故郷と比べるととても暖かくて、一人(この万年無愛想の無感情な友人は居るが)気ままに過ごせる。自由奔放にできる、今まで望んでいた場所だ。
「これから次第だけど今は結構好きな場所だし、納得? 得心? はしてる。というかここで過ごしていくのに悪い気持はない」
「……そうか」
「なんだよ、なんか気になるのか?」
このよくわからない友人の表情は読みにくい。今も気まずい合間を埋めるだけの質問にも思えたし、何かを気にして尋ねたようにも思える。オレの答えにも興味が内容にでも、深く考えているようにも。
「気になる……? 俺がお前の事を?」
「違うのかよ」
「……気にすべきなら気にかけるようにする。よくわからない。友達が居た経験がないからな」
「やーい、ひとりぼっちー」
「その通りだ」
「うわ、からかいづらい」
今まで友達が居なかったらしい友人の入れてくれたコーヒーは中々おいしい。だが暖かい飲み物と言えばお茶じゃないのか。
「心残りがあるとしたら、妹の事かなー。残してきたから怒ってるだろうし」
「妹がいるのか?」
この声は結構わかりやすい。意外そうな顔もセットでいい感じだ。うんうん、いつもそうならいいのに。
「いる。四つ年下の妹。オレにそっくりでかわいい」
「お前に似ていてかわいい?」
「おい、おーい。そこで今までで一番と言えるほど表情変えるなよ。冗談だ」
「いや、俺の感性は信用できない。お前に似ている四歳年下の女の子はかわいいのかもしれない」
「冗談だから忘れろ!! オレに似てる似てないは関係なくかわいい女の子なんだよ!!」
そうか、とまた無関心に戻る声。妹の話を広げるべきか、このまま黙るべきか。間を繋ぐためまたコーヒーを一口飲む。ミルクは入れてあるようだが、甘い味はない。まだ生活用品を揃えていないせいだろう。生活力のない男二人で買い出しになど行くものじゃない。砂糖を買い忘れたようだ。ちなみに、風呂上りようのバスタオルも買い忘れていた。目の前の友人は自然乾燥でいいのではないかなどと提案してきたので、オレが走って買いに行った。
明日も買い物か。砂糖と、何を買えばいいのか。どうせ買い忘れたものがあれば日々気づいていくだろう。砂糖を買ってないのに塩はあるのだろうか。塩って生活必需品なのだろうか。いや、醤油のほうが好みなんだけど。
「俺にも弟がいる」
「えっ? 砂糖と塩は兄弟じゃないぞ?」
「すまないが、れ……、峰本……の脳内で何が起こったのか説明してほしい」
「砂糖と塩はいいや。ふーん、きせとにも弟がいるのか」
相手の名前を呼んだ時、情けない事に声が裏返った。慣れない他人との距離に戸惑っているのは相手もオレも一緒というわけだ。相手が名前を呼ぼうとしたのでこちらも名前を呼んでみたのだが、お陰様で互いに顔を見ることもできないほど気まずい。何話してたっけ、なんで砂糖と塩は兄弟になったんだっけ? いやいや、それはオレの勘違いで、オレには妹がいてキ、セト……には弟がいるという話で。
「へ、へー、何歳離れてるんだ?」
「えっ、あ……えっと、四つ」
「そうなのかー、四つかー」
この友人の四つ下の弟。ん? 四つ下?
「ってことはお前の弟とオレの妹同い年!?」
「そうなるな」
落ち着いた声に、思わず上げた腰を下ろす。うん。そんな騒ぐことでもないんだけど、そんな真顔で返さなくてもよくないですか。もっとこう、さ? 気持ち揃えてもらってもいいですかね。
「……コーヒー、嫌いだったのか?」
「嫌いじゃないぞ。なんで?」
というか妹と弟の話題は終了したのか?
「いや、あまり減っていないから」
「味が濃いからガブガブ飲む物じゃないと思ってる」
減ってないって会話してただろうが!
「濃い? 薄めたコーヒーを好むのか?」
「いや、そうじゃないって。緑茶とかほうじ茶とかが好きってだけ。お茶に比べたらコーヒーってこう……濃いじゃん」
「あぁ、お茶のほうが好みだったのか。それはすまないことをした」
謝られた! これは関係が悪化する! これ以上悪化するところない気がするけどなんかどっかが悪化すると思う!
「人に準備してもらって嫌だとか好みじゃないとか言わないぞ、オレは」
「意外だな」
「お前の中のオレは非常識過ぎないか!?」
こ、こいつ! この友人(仮)! 真面目そうで静かそうだけど突っ込みどころが多すぎる。なんか静かな奴だと困るんだが! こっちが大声で突っ込むとなんか悪いことしているように見える。突っ込みづらい。
「どんな子なんだ? レンヤの妹は」
「その話題、続いてるんだな。どんな、か。んー、口が悪い。主にオレのせいだけど。んで、こう、言ってほしいことを言ってほしい時に言ってくれるし、オレを責めるときもあれば自分が悪いって言う時もあるし、甘える時もあればオレが甘えるのを許してくれる時もある」
「それは妹なのか? どちらかというと母親がそういう存在なのではないのか」
「知らね。母親なんか居た記憶ないから。お前は?」
「……そうだな、俺にもわからない。俺も母が居た記憶などないから」
「なら無理に他の存在にしなくていいじゃん。オレにとっての妹ちゃんはそういう存在ってこと」
「そうか……」
「お前の弟は?」
「一緒に過ごせたのは本当に短い期間だけだったから……、実物とは違うイメージを持っているかもしれない。兄さん兄さんと俺に話しかけてくれる。引きこもりがちだった俺に一日何があった何を見た何をしたと話をしてくれて……。俺が家で料理を作っておくと、毎回おいしいおいしいと食べてくれたんだ」
「へー、お前料理できるんだ」
「一通りはできるはずだ」
「なら明日からの料理担当はキセトだな」
おっ、今自然に名前呼べたんじゃないのか。
そう思ってキセトの顔を見ると、あーあ、顔真っ赤だ。折角自然に会話になってたのに。
「そ、そうだな! れれ、れん、ヤは何が得意なんだ!?」
かわいそうなぐらい噛んでるし。
「掃除とか?」
「なら風呂掃除を頼む。しばらくはシャワーで済ませるとして、ずっと湯船が埃まみれのままでは困るときがくるだろうから」
「待って待って!? しばらくはシャワーの予定なのか!? 絶対嫌だ! オレは湯船しか認めてないぞ!?」
「……掃除が得意、というよりきれい好きなのではないのか、それ」
「今から掃除して今日も湯船だ! 絶対そうする! コーヒーありがとうな!」
その後、オレが湯船を掃除している間にキセトが夕食を準備してくれていた。見たこともない料理だったので羅沙の料理だったのかもしれない。トロトロとした白いスープにジャガイモやニンジン、何かの肉が大き目に切られて入れられていた。牛乳の味がするスープだった。おいしいな、というとキセトは嬉しそうにしていたので、得意料理なのかもしれない。キセトは「弟もおいしいと言ってくれたんだ」と一緒に入った風呂で教えてくれた。
「んじゃ、これからも作ってくれよ、牛乳スープ」
「シチューという料理だ。毎日同じものは飽きるだろうから、また今度な」
その短い会話が、オレとキセトが初めて自然に会話を成立させ、そのことを意識せずに過ごした会話かもしれない。