あなたが私を忘れる日がきても私はあなたを愛し続ける
このSSにはBNSH本編のバトルフェスティバル編を既読前提で進みます
焔火キセト
愛塚亜里沙
が登場します
なお、本編の終末とは全く違う、パラレル世界のお話としてとらえてください。
亜里沙は手が好きだ。
キセトの冷たい手。そして自分の暖かい手。握られる手と手。まるで繋がっているかのように熱が流れる二つの手。
黙って手を握る。その行為が好きだ。
「亜里沙。亜里沙?………おはよう」
キセトの手の冷たさは何十年も変わらなかった。いや、それだけではなく、キセトは外見も中身も殆ど変わらないままだ。まるで人間の皮膚を張り付かせた人形を好きになったように。
対して、亜里沙の手は変わった。体温は低くなることが多くなったし、しわも増えた。若い時のようなみずみずしさはなく、年取ったしわくちゃの手がある。
変わらない手と変わった手をつないで、変わらない流れを感じる。
この流れが変わらないのなら、キセトと亜里沙の関係も変わらないと思えた。
だが、それは真実ではない。
亜里沙がキセトの声に応えて目を開けるのは後何回だろうか。
何度、目を覚ました時にキセトの笑顔を見ることができるのだろうか。
亜里沙は年老いた。
「冷たいわね」
声も変わった。
キセトは変わらない声や変わらない手で亜里沙に接してくれる。冷たい?と聞いてくる声は本当に変わらない。
「おはよう、キセト」
挨拶をして、握る手にありったけの力を込める。だが、年老いてもう力など無に等しい。
それでもキセトは亜里沙の力を感じたようでにっこり笑っていた。
亜里沙は日々の殆どを庭での睡眠に費やすようになった。
キセトは常に横にいた。亜里沙の手を握っていた。亜里沙に身を寄せていた。
亜里沙が食事をするときには隣で手作りの軽食を食べていた。亜里沙が花を愛でている時には亜里沙の代わりにその花を触りに行っていた。雨が降っても庭にいたがる亜里沙のために、ぬれないように最新の注意を払ってくれた。肌寒い日には上着をありったけ用意してくれていた。暑い日にはうちわでひたすら扇いでいてくれていた。
キセトの劇的な人生に比べて、その生活は余りにも退屈だったはずなのに。
それでもキセトは亜里沙のためだけに一緒にいてくれた。青春を過ごした姿のままで、亜里沙のためだけにゆったりとした時間を共有する。
そんなキセトから愛情を感じないはずがない。亜里沙は愛されていると断言できる。
年老いて、様々なことが曖昧になった。わからないことも増えていった。それでも、キセトから感じる愛だけは徐々に強くなっていった。
「あのね、あなた。私ね…、たくさん、お話したいのよ」
「うん。ゆっくりでいいよ。どうしたの?」
「あのね、あのね…。私は、キセトより、先にいってしまうわ。あなたは、私と過ごした何倍もの時間を、また、違う人と過ごすの…」
「どうだろう。でも、亜里沙を追いかけるには、亜里沙と一緒にいた何倍もの時間がかかるだろうね」
「そうね…、そうね。だから、だからね」
ぎゅっと、握り締める力を強くする。
どうか、私のこの愛がキセトに伝わりますように。どうか、どうか、私の熱よ、私の愛と一緒に彼に流れて。
私が想像できないほどの時間を過ごす彼に。時間の中で私の色が薄れていくだろう彼に、どうか、一滴でも多く流れて。私の愛。お願い、一秒でも長く、彼を暖めるために。
私が逝ってしまった後でも、彼にこの愛が残りますように。
私がいない時を過ごす彼が寂しくないように。
私がいない時を過ごす彼が辛くないように。
どうか、私の愛よ、流れて。
「亜里沙?あぁ、お休み。また、また起こすね」
手を握る力が消えても、しばらくは彼の手は暖かいままで。
それが彼の心を何千年も、何万年も暖め続けたのはまた違うお話にて。