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全ての後で


 BNSH3まで終わった後、キセト君の生活のお話です。


 あなたが私を忘れる日がきても私はあなたを愛し続ける(n9059bk/2/)

  と

 私はあなたからの愛を1つ残らず受けとめる事ができていますか?(n9059/3)

 を読んでからのほうが楽しめると思います。


 「行っちゃうのか、父さん」


 久しぶりの実家で、俺が愛する息子は俺を引きとめた。

 長いようで短かった子育ての時間や息子と娘が戯れた時間を吸ってきた家や庭も、幼いころは俺と結婚するのだと言っていた他人の妻になった娘も引きとめはしなかったのに。


 「こまめに帰ってくることになるだろう。亜里沙の墓とこの家の手入れぐらいは出来るから世話をする必要は無い」


 「そんなことじゃないんだよ。本気なのか」


 黙って息子の手を取った。俺を掴むその手を解くために。


 「大人の手になっていたんだな。当然か。もう子供もいる父親だから」


 「母さんが居たから旅には出なかった。母さんが死んだから旅に出る。そう言ったんだろう、連夜隊長に。旅ってどこにだよ。こまめに帰ってくるってなんだよ」


 「……俺は世界を探してみようと思う。異世界に渡る力を使ってみようと思う。きっと、俺が生きていける世界があるはずだから」


 「ここだって、この家だってそうだろ!」


 「この家がそうだったんじゃないんだ、龍道」


 息子の手を解く。

 こんなに力が強くなっていたのか。何十年も変わらない俺の手とは違う、誰かを守る手になっていたのか。

 その手で守るのは、俺や亡くなった母の墓じゃないだろう?


 「自分の愛した人を守れないのか、龍道。俺は守ったぞ。亜里沙を最後まで守ったぞ。俺が生きる場所は亜里沙の傍でしかないんだ」


 「なら母さんの墓の傍にでも居るべきだ!」


 「死ぬまでか? 俺が死ぬのはいつだ?」


 お前が生まれたときから大して変わらない外見を見て、

 病を患う体が衰えるどころか生き残るために丈夫になっているのを知っていて、

 全てが狂ったように他人となじまない俺を感じていて、

 それでもか。


 「……俺はっ」


 「龍道。お前には亜里沙の血が流れている。幸せになることを父は祈っている。いや、一人の男としても愛した女性の一族が幸せになることを祈っている。俺のことは放っておけ。俺はどこかにあるだろう俺が生きていける世界を探すから」


 息子の手は、強く握りこまれている。悔しそうだと、そう俺は感じた。


 「希沙のことも頼む。お前の愛おしい妹だろう?」


 「帰ってきたら、知らせてくれよ。父さん」


 「あぁ。出かける前と帰ってきてすぐ、必ず連絡する」


 微笑むことが出来るだろう、今なら。何十年とかけて俺に心を教えてくれた亜里沙のことを覚えている限り。

 息子の握られていた手が解かれる。そっと俺を包み込んで別れを告げた。悔しいことに息子のほうが年上の外見をしていて、まるで俺のほうが息子である感覚になる。


 (あぁ、父さんも年より若い外見を嫌っていたな。確かに、これは嫌だ)


 父親らしくしたいのに。


 「行ってきます、龍道」


 俺が探す理想の形を話せば怒られそうだなと思った。立場が逆転し、息子に説教される姿を思い浮かべ、言わないでおこうと思った。


 ― ― ―


 帰ってくると一番に息子と娘に連絡を入れる。そして去ったばかりの異世界のことをノートにまとめるのだ。どんな世界だった、誰がいた、どんな会話をした。

 時には言葉が通じないこともあった。人間ではなくほかの生物が支配していることもあった。それでも、俺が関わったわずかなものたちはこの世界と大差ない。


 「おかえりー、お父さん。今日は兄さんがお仕事らしいからこれないよ」


 「そうか。今回はすぐに出ようと思っている。亜里沙の墓と庭の手入れさえしたらな」


 「そうなの? 忙しいのね」


 「意外と楽しいものだ、さまざまな世界を旅するのも」


 どこへ行っても理想の世界ではないけれど、と心で付け足す。そもそもそれは無茶な理想だ。俺の理想を満たす世界など本当にあるのかどうか。


 「お父さん、ご飯食べる? 作るよ?」


 「自分の家で作りなさい。自分の分は俺が作るから」


 「ここだって私の家です」


 「それも、そうだが」


 笑う娘は妻に似てきた。

 いや、もっと昔からそっくりだった。俺と結婚すると言っていた可愛さは無くなり、父や兄以外の視線も独占する美しさを見に付けた。成長とともに経験し、今は立派な母親になっている。

 そしてその流れそのものが、俺が見てきた亜里沙と似ていた。

 強い女性だった彼女に恋をして、龍道が生まれて、周りの都合で一緒には暮らせなかった。それでも父が欠けているということを龍道に感じさせない、立派な母親をしてくれた、彼女に。


 「家の掃除もしていくつもりだ」


 「そうなの? やっぱりご飯作ってあげる。お母さん直伝のカツどんね!」


 「それは楽しみだな」


 手帳を棚にしまって娘に微笑みかけた。

 笑えていたのか、それは娘の反応が語っている。


 「父さん、母さんのご飯大好きだったもんね。嬉しいの、よくわかるよ」


 「あぁ……」


 四人家族で住んでいた家。一人で住むには広すぎる家。

 いつか、この家に自分の子孫が住むのだろう。


 「その時には流石に俺は居ないだろうな」


 「何の話?」


 「この家を自由に使えという話だ。誰かが住むだけで家は生きてくるから。この家が生きていれば、ここに人が住んでいたという過去も死なない。亜里沙との過去も死なない」


 「お父さん、お母さんのこと大好きだもんね」


 「まぁな」


 娘が笑う。あぁ、これが俺が手に入れた家族か。

 娘に料理を任せ、家を残らず掃除し、最後に残るのは。


 「お父さん、ご飯」


 「あぁ、ありがとう。自分で食べるからそろそろ帰りなさい」


 「そう? じゃ帰るね」


 「あぁ、また帰ってきたら連絡する」


 「わかったー」


 娘が帰っていく姿を見送る場所。それは、亜里沙が最期を過ごした場所であり、俺がこの家を買ってからずっと手入れし続けてきた場所。

 ベンチが一つだけある、花と木があふれる庭。


 「ここは、いつも気が重いな」


 亜里沙に握られた手。いまだ、その温かさを失わない手。まるでここに亜里沙の命があるかのようだ。

 そんな手で草木を触り続けた。そのせいかこの庭は亜里沙亡き後も、亜里沙を感じる。


 「どの世界に行ったとしても、この庭と別れなければならないと思うと、帰ってきたくなる」


 俺の理想の世界とこの庭は正反対だというのに。


 亜里沙を失った日。

 次こそ共存しなければならないような生物がいる所では、自分は生きていけないだろうと思った。

 だから会話したり、戯れたり、笑いあったりしなければならない、関係を保たねばならない生物のいない世界を理想に掲げた。

 失うことが苦痛だったのではなく、共に生きる時間が苦しかった。俺の何気ない行動が彼女を傷つけるのではないのか。俺の一言で彼女に癒しようのない痛みを与えたのではないのか。

 怖くて恐ろしかった。

 

 人は死ぬものだ。死なない俺がおかしい。

 だから誰かを失うことは痛みではない。


 共に生きる時間は、失った後ですら俺を引き裂く力を持っているから、それが、つらい。


 娘が作った料理は亜里沙の作った料理の味がした。おいしかった。

 庭は、今回は触れなかった。


 「帰ってくることを前提にしていてはおかしいのか……。でも、そうだな」


 庭に再び立てば帰ってきたいと思うのだから、


 「ここに帰ってくることはおかしくないだろう? 亜里沙」


 

 * * *



 異世界を旅した男がいた。


 だが男は決まって異世界から自分の世界へと帰っていった。


 男には待つ者がいた。


 男を待っていたのは多くの草木と、そこにためられた時間の女。



 


 異世界を旅するキセト君の、BNSH世界だけでの話。


 ちなみに「異世界」はよそ様と交流することもあります!!

 

 私の創作の違う世界へ行かせるときもあります。


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