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僕の『パパ』

 西野英霊とその家族のお話

 「英霊、ちょっと」


 ナイトギルド隊長、峰本連夜は、非道に軽いノリで英霊を呼び出した。

 英霊が連夜に呼ばれたその日は、英霊と龍道の小学校卒業の日で、英霊の気分もかなり浮ついていた日だった。そんな日の、四月からの新たな日々を想い、そして四月までの長い長い約一ヶ月の休みに、なにをして時間を潰そうかなどと親友の龍道と話していたときだった。


 「お前のマスター登録のことなんだけど」


 だから、あまりにも現実の、明日でも昨日でもない、今日の問題に、英霊は恐怖すら感じてしまった。向き合いたくないとすら僅かな時間に思った。


 「『父さん』では駄目なのですか?」


 英霊が連夜に敬語を使うのも、『パパ』を『父さん』と呼ぶのも英霊の口に馴染んでいないことだった。

 だからこそ、この話題には最適かもしれない。英霊はこの話題が現実のことだと、それこそ現実の自分と、現実のこの問題は馴染んでいない。

 西野英霊は奴隷である。本人は昔から知っていたものの、奴隷という存在を理解したのはここ一年ほどの話だった。『パパ』と呼んでいた男が英霊のマスターで、そして『パパ』は英霊に自由を許してくれていたのだ。自分が奴隷である云々など、英霊は自覚などない。


 「キセトじゃ、マスターの役目を全うできないだろ。キセト以外で新しいマスターを決めるのが奴隷としての行き方。マスター登録を無視して、本当に人間"西野英霊"になっちまうのが人間の生き方。どっちでもいいぜ? ナイトギルドに籍もあるんだし」


 「僕は……」


 「まっ、中学校に入るまでに決めればいいさ。この機会に本当の親とか探してみればいいんじゃねーの? キセトも、もうお前の『パパ』をする余裕はねぇし」


 「………」


 「情報屋使うなら冷夏嬢を頼れよ。そゆことで、楽しい春休みを、英霊」


 笑って、連夜は英霊を追い出した。現実を見せるだけ見せておいて、投げつけておいて、英霊の反論は見ず、投げさせすらせず、追い出してしまった。

 こうして、西野英霊の長い春休みが、暗い闇と共にやってきたのである。



 まず、現在の英霊の保護者である焔火亜里沙に相談した。英霊はどうすべきか。奴隷であるべきか、人間であるべきか。

 一般的には悩むことなく人間であることを選ぶのだろう。"元"奴隷である松本瑠砺花がそうしたように。しかし、英霊は迷っていた。英霊は人間になりたいとは思わなかったのだ。

 まず西野英霊という少年にとって、奴隷でなかった期間など無いからだ。生まれて今の今まで何とかなってきたという実績がある。誰かの保護なしで生きれない幼児期ですら生き残ってきた。奴隷であるからといってどこかで不利になるとは思わない。

 人間になるという変化が、逆に英霊の今までを壊してしまう気がして怖い。英霊は今のままでいい。奴隷として差別されるかもしれないが、ナイトギルドという場所があるかぎり、なんとかなるだろうと思う。

 英霊は正直に亜里沙にそう言った。人間になろうとは思わないだと。亜里沙は、


 「マスターにする人によって、奴隷のままでも生活は変わると思うわ、英霊君。だから、今までの生活のままでいてもいいって言ってくれるマスターを選ぶしかないわね。奴隷であることで英霊君の日常が侵されたとき、すぐに奴隷身分を解消してくれるマスターであると、さらにいいわね」と、結論を出してくれた。

 

 英霊は『パパ』の姿を思い浮かべ否定し、亜里沙の姿を思い浮かべて否定した。彼は親友である龍道の父親で、彼女は母親だ。決して英霊の父と母にはならない。

 英霊は、自分の両親が欲しいと、ほんの少しだけそう思った。


 次の日、龍道の誘いを断って、英霊はフィーバーギルド隊長、夏樹冷夏の下を訪れた。自分の両親について知るならここしかない。それに連夜が冷夏を頼れと言ったのだ。ナイトギルド隊員として隊長のアドバイスは素直に受けようと思う。

 連夜の紹介だと言うと、冷夏は出世払いでいいと言ってくれた。なけなしの給料を握ってきた英霊に、安心して仕事を託してもらうのも私の仕事だよ、と冷夏は笑う。英霊が元々所属していた奴隷商店と識別番号を聞くと、それだけでいいよと、英霊に帰るように促した。

 一週間後に結果報告しよう、という言葉だけが英霊の支えとなった。英霊ができることはなくなった。


 一週間すら長かった。英霊には永遠のように感じた。時計の長針はもう一ヶ月は止まったままなんじゃないかと思うほど、英霊はこの結果が待ち遠しいと思っていたのだ。

 それが両親を求めた結果なのか、他の何を求めていた結果なのか、英霊にもわからないけれど。

 七日目の朝、英霊は龍道が目覚めるより早くギルドを出て、夏樹に会いに行った。何かがどうにかなると錯覚していたのかもしれない。


 「おや、早いね。でもいいところにきた。君の血筋について報告できるよ」


 まぁ、座りなさいと夏樹は微笑んでいた。優しい顔だったが、その優しさが気持ち悪い。

 なんで今、この人は今笑っているんだろう。今、その優しい顔を僕に向ける理由はなんなんだろう。優しくされるようなことしてない。なら、この優しさは、何かの"誤魔化し"だ。


 「何が、わかったんですか?」


 夏樹の言葉を頭の中で繰り返す。いいところにきた……僕の血筋……報告……。


 「君の血筋、血統、一族。どんな言い方がいいんだろうね。そうだね……、君の家族について、、かな」


 家族。『パパ』ではない、血の繋がった、名を共有する一族。


 「まず、君を奴隷として売った女性が母親で間違いない。お金に困っていたようだね。七年前、皮肉にも君が焔火君に買われた年に亡くなっている。病死だったそうだ」


 「そうですか」


 冷めた返事だと英霊自身も思った。

 『パパ』が死んだと聞かされた六年前のほうが、死を理解していないなりに悲しんだだろうに。英霊にとって、見知らぬ誰かが七年も前に死んでいただけ。それが母親かどうかなど、想像していた以上にどうでもよかった。

 母が欲しかったわけではない。やはり、英霊が欲しいのは――


 「それだけでは終わらない。その女性は羅沙将敬の弟である羅沙将吉の孫とにあたる人だった。英霊君は将吉様を知っているかな?」


 「……いいえ」


 「焔火龍道の曽祖父の弟君だよ。それが、君の曽祖父にあたる」


 西野英霊の曽祖父が羅沙帝国皇帝の弟。英霊も、羅沙皇族の血を引いている。キセトや、龍道と同じ血を。


 「これも焔火君の悪運の強さというべきかな。たった一人奴隷身分から買い上げた少年が、羅沙皇族の血を引く少年だとはね」


 「もう、いいです。ありがとうございました。あっ、最後に一つだけ」


 「なんだい?」


 「僕の、本当のお父さんはわかりましたか?」


 夏樹は黙ってしまった。英霊は真っ直ぐ夏樹を見ている。何かの答えを求めるというより、漠然と神にでも祈っているようだ。

 だから夏樹は英霊が求めるだろう情報を渡してやることにした。


 「……いや、わからなかったよ」


 それが正しかったかどうかなど、英霊の安堵しきった顔を見たらわかる。英霊は、本当の父親など求めていないのだ。そんなもの、闇でもなんでもいいから消えてしまえばいいと思っていたのだろう。


 「ありがとうございました。出世払い、待っててください」


 そういって、たった十二歳の少年は夏樹を後にする。親友と遊びにでも行くのだろうか。


 「焔火龍道と西野英霊はうまくいくのかな、焔火君。君が引き合わせたんだろう。責任持てよ」


 夏樹の独白は、数週間後の出来事を的確に見抜いていたのだろう。


 四月の入学式。帝都でも有名な新学校に入学した英霊と龍道には、ある結果が待っていた。

 クラス分けというどこの学校でもあるだろう行事。新学校らしく成績順のクラス分け。大親友の龍道と英霊のクラスは、


 「えっ」


 「あれ?」


 一番上と、一番下。決定的過ぎる差が出た。


 「英霊と俺ってあんまり差ないよな?」


 「………」


 「むしろ、俺って英霊に勉強負けてるよな? 体育なら勝つ自信あるけどさ」


 「………」


 龍道の戸惑う声と、英霊に届く周知の真実。


 ――羅沙皇族の―――だろ、あの一組の――

 ――隣にいるのは――の、ほら奴隷の―――


 こんな声、聞きたくなかったと英霊は思った。

 英霊は奴隷だから、どんな成績だろうと末席なのだ。


 「龍道、いいよ。ふさわしくないんだ、奴隷身分の僕は龍道の隣はふさわしくない。それだけだよ。これから友達だってたくさん出来るだろうから、ほっといて」


 「えっ? ちょっとまてよ英霊!」


 「バイバイ、一組の焔火君」


 英霊としても納得なんていかなかった。なぜなのだろうと思った。英霊は誰もマスターに選ばず、人間として生きていこうと決めたばかりだったのに。


 「うまくいかないなぁ。『パパ』ならどうするんだろう。『パパ』だったらおかしいって言ってくれるのかな」


 一人きりの昼食を英霊は食べた。輝かしい成績を、入学してすぐに残している龍道の噂を聞きながら、末席で惨めな生活を送っていた。


 「なにを悩んでいるんだ、英霊」


 「!?」


 幻聴だと思った。いるはずない。だって『パパ』は――


 「英霊。実力に合わない環境は、劣化させるだけだぞ。嫌なら学校に縛られる必要もない」


 「『パパ』っ!?」


 周りの声が聞こえない。声が聞こえずとも外野の視線が語っているけれど、今の英霊には『父』が目の前にいるそれだけでいい。


 「行こうか、英霊」


 「…っ……!」


 また『パパ』が英霊を導いてくれる。喜んで、英霊はその手を取るのだ。決して龍道には勝てないかもしれない。他のなにで勝っても、勝っていることを認めてはもらえないのかもしれない。

 それでも、この『パパ』の手が無害であることだけは、英霊が一番知っている。この手は龍道でもなく、今は英霊に差し伸べられている。それだけで、英霊は、それだけで。


 「龍道に負けないよ、僕。龍道と競える相手であれるようにする! 龍道が間違わないように、僕と龍道で正しい道を歩めるように!」


 「ありがとう、英霊。うれしいよ」


 その言葉が、音だけの意味のないことだとも知っている。それでも。それだけで。その言葉だけで。


 「僕も、嬉しいんだよ、『パパ』」


 また貴方の、この手に救われて。貴方の手で救われる存在であることが、嬉しいんだよ。


 

 

 英霊と龍道は親友です。

 これからもずっとそうです。


 英霊は龍道に嫉妬してます。ちょっと失敗しても殆どのことで成功して、そして成功の全てを認めてもらえるから。

 英霊は皇族であることを隠し、奴隷であることだけ広めて、あえて下であることにこだわるようになります。龍道を引き立てるためです。龍道の失敗を肩代わりしてなお、真っ直ぐ生きていく強い子になります。



 

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