その6:夫婦の会話
ようやく調味料の準備が整ったレインは、流しで手を洗って準備を始めた。その横でアルマは息を切らせて、テーブルへと突っ伏している。
「どうしたんだ、アルマ」
「いや……なんでもない、料理頑張って」
「ああ、まかせとけって」
職場でも料理を作っているのか、レインの手際はかなりいいほうだった――といっても、本職であるニオやアルマには到底かなわないが……。
「ニオは元気そうだな」
玉ねぎを包丁で切りながら、レインがアルマに問いかける。アルマは突っ伏したまま、その問いに答えた。
「当たり前だろ? わたしと……レインの娘なんだ」
「そうだな」
「そっちこそ、仕事の調子はどうなんだ?」
ピタッと、レインの手が止まる。怪訝そうに眺めるアルマを確認してから、レインの手は再び動き出した。
「順調さ。なにもかも」
「相変わらず、嘘は下手だね……」
「どうして?」
「目が笑ってない」
一度咳払いしてから、うっすらと笑ってみせるレイン。それでもアルマは首を振った。
「なあ、もうここに住めばいいじゃないか。オートエーガンの収入は、昔に比べて二倍にも三倍にもなってる。わざわざ単身赴任をする必要なんて……」
「帰ってくると、いつもその話になるな」
涙目になった瞳を拭いつつ訴えかけたアルマに、今度はレインが首を振る番だった。
「そりゃ、おれはこの街が嫌いってわけじゃない。だけど一つの場所に居座るなんて、性に合わないんだ。アルマもそれは承知の上だろ」
「そうだけど。でもそろそろいいんじゃない? ニオだってきっと……」
「悪いな……」
アルマの言葉を遮って告げると、レインは黙々と料理へと打ち込みだしていた。
「……バカ野郎」
アルマもそれ以上は嘆願せずに、うなだれてしまった。レインの料理の音に混じって、柱時計の音が普段よりも大きく聞こえてくる。
「これでよしと。じゃあニオを呼んでくるから」
テーブルの上に出来上がったのは、カツ丼と味噌汁、そしてきゅうりとわかめの酢の物だった。
「勝手にしろよ」
ふくれっつらでそっぽを向くアルマの頭を、優しいしぐさで撫でる。拭いそびれた涙が、アルマの瞳から一粒だけこぼれていった。