その5:高級酢
その日のオートエーガンは普段よりも二時間早く閉店になった。後片付けを手伝うニオとシェラをよそに、アルマとレインは二人イチャイチャしながら見つめあっている。
「アルマさんって、本当にレインさんのことが好きなんだね」
「そりゃまあ、条件として禁酒をあげられても、結婚したぐらいだからねぇ」
クスクスと互いに笑いながら、片付けはちゃくちゃくと進んでいった。使った食器を全部洗って食器棚へと戻し、調理に使ったフライパンやなべを洗った後に火にかけて水気を飛ばす。
「お母さん、終わったよ」
「おっ、ありがとう。なかなか手際がよくなってきたね」
「へへへ、まあね」
ニオの横で口を開きそうになったシェラに、すかさずアルマがにらみつける。どうやらシェラがまた余計なことを言いそうだということを察知したらしい。
「それじゃあ、今日はおれが夕食を作ってやるか」
「えっ、本当に?」
「ああ、最近ちょっと料理の勉強を始めたんだ。大したものはまだ作れないけどね」
そういってレインは腕をまくり、冷蔵庫のものを物色し始めた。豚肉や玉ねぎなどの材料を取り出し、次に調味料を物色し始める。
「えっと醤油は……」
言いながら手につかんだのは、カモフラージュのために醤油のラベルが貼られているお酒だった。
「うおっと! ちょっと待ったぁ!」
アルマが慌ててレインの腕から醤油――というよりお酒を奪い、棚へと戻す。
「なんだなんだ、どうしたんだよ」
「こ、これは、醤油じゃない――じゃなくて……」
「??」
あっけにとられているレインを横目に、アルマは流しの下にある本物の醤油を取り出した。
「ほら、醤油はここだから」
「じゃあ、この醤油は?」
「そ、それは、その……こ、高級醤油よ!」
我ながらうまい言い訳だと確信したのか、自身ありげにうんうんと頷く。
「その醤油は普通の醤油と比べて五倍もの値段のする高級品なの。だからビンもどことなく丈夫そうでしょ?」
「まあ、確かにな……でもどうせ料理を使うんだったら、高級品を使ったほうが……」
「だめだめ! それはお客様のための醤油なの! わたしたちは安物の醤油で十分!」
「そうか? それならいいが……あとはみりんだな。みりんは……っと、ここか」
高級醤油の隣にあったビンをつかみ、持っていこうとするレインを、再びアルマがとめた。
「こ、これは高級みりんなの! 安物のみりんでいいって!」
「そうか? それなら酢はと……」
「うあああああ! それは高級酢!」
アルマの絶叫がその後も響き渡っていくのを、声を抑えつつニオが笑っている。
「わたしたち、ウォルガレンの滝まで散歩してくるね。いこっ、シェラ」
「ああ、出来上がったら呼びにいく。父さんの料理を楽しみにしてるんだぞ」
「うん!」
現場の状況におろおろしているシェラの手をつかむと、ニオは外へと引っ張っていった。