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その4:ポルターガイスト現象

開店と同時に、いつものメンバーであるマックスやハンターが姿を現す。アルマの仕事をしている姿でレインの帰宅を察知しては、なにやら含み笑いを浮かべつつ早めに店を後にした。

 開店から閉店までをほとんどオートエーガンで過ごすクネスまでも、早々と店を後にしていく。

「レインさんって、怖い人なの?」

 シェラがふと浮かんだ疑問をニオへとぶつける。ニオは大きく首を振った。

「いやいや、全然怖くないよ。いまはね」

「いまはって……」

「昔は結構やんちゃだったらしいよ。まあそれがきっかけでお母さんと出会ったみたいだけど」

「へぇ……聞きたいな、その話」

 興味津々でニオに寄り添うシェラ。ニオは横目でアルマのようすを伺った。

 レインはまだ帰宅していないが、アルマは仕事に一生懸命で二人をかまっている暇などなさそうだ。

「うーんとね……」

 耳元でひそひそとニオが語り始めると、シェラはだまってニオの話に耳を傾けた。

「なんでもお母さんは有名な不良娘だったらしいの。でも美人だったからもててたらしくてね。いろいろ言い寄ってくる男はいたらしいけど、交際の条件としていつも同じ条件を出してたらしいよ」

「同じ条件?」

「わたしに飲みくらべで勝てたら、交際してあげるってね」

「ハハハ……アルマさんらしいかも」

 苦笑いを発するシェラに、一瞬だけアルマが反応を示す。だが、仕事が忙しいのか、すぐに興味を失ったようだ。

「それで、レインさんがアルマさんに勝ったってわけだ」

「うーん、それがねぇ……」

 首を傾げながら、ニオが物思いにふけった。すこし考え込んでから、ゆっくりと口を開く。

「なんでもお母さんが、お父さんに一目ぼれしたらしいんだよね」

「へっ?」

「お父さんは別にお母さんのことを好きでも嫌いでもなかったらしいだけど、周りに勝負を挑むように仕向けられて、お母さんはわざと負けたって話なの。まああくまで噂なんだけどね」

「でもアルマさんなら、やりそうな気もするわね……」

「でしょ?」

 ぶえっくしょん!

 突然アルマの口から、大きなくしゃみが放たれる。二人は顔を見合わせながら、クスクスとアルマから顔を隠しながら笑った。

「じゃあ、なんでみんな足早に帰っちゃうの?」

「ああ、それはね……」

 シェラの素朴な疑問にニオが答えようとすると、豪快に店の入り口の扉が開いた。備え付けられた鈴が、いつもより激しくお客さんの入店を知らせる。

「レイン!」

「アルマ!」

 入ってきたお客さんの顔を見るなり、アルマはカウンターを飛び越えていた。レインが近づいていくと、アルマが勢いよく抱きついていく。

「あわわわ……」

 両手を顔の前にやり、シェラが頬を真っ赤に染める。ニオも少しうつむき加減になりつつ、わずかに頬を染めた。

「あてられるから、みんな帰っていくのよ」

「……納得」

 指と指の間からこっそりと二人の抱擁を観察しつつ、シェラが相槌を打つ。

しばらく抱き合っていた二人が離れ、レインの視線がニオたちへと注がれた。

レインはグレー色の作業着のような服を着ていたが、暑いのか胸元が大きく開いている。金色の短髪は固めているのか剛毛なのか、重力に逆らい天井へとむいている。

二重まぶたが二、三度まばたきを繰り返すと、潤った瞳が光を放ち始める。アルマでなくともレインに惹かれる人は多かっただろう。

「アルマ、酒は飲んでないだろうな?」

 抱擁からはなれたレインが尋ねると、アルマの親指が天井へと向いた。

「当然だろ、なあニオ?」

 平然と言ってのけたアルマに、ニオは慣れているのか肯定も否定もせずににっこりと微笑むだけだ。ただ隣にいるシェラの笑顔は、あからさまにひきつっている。

「お帰り、お父さん」

「ただいまニオ。いい子にしてたか?」

「うん、もちろん」

 ニオはつかつかとレインに歩み寄るとゆっくりと腕を腰へと回した。だが、アルマのときのような熱い抱擁ではなく、親子の信頼を確かめ合うような軽いものだ。

「こちらの方は?」

 体をスッと放し、シェラに手をやる。すると背後からレインの肩に手が置かれた。

「シェラっていって、ウエイトレスとして雇ってるんだ」

 アルマがシェラを紹介すると、

「は、初めまして。シェラフィールです。ニオとアルマさんにはお世話になってます」

「レインです。こんなお客さんの少ない店でウエイトレスなど、暇ではないですか?」

 紳士的な口調で、シェラの手を握る。シェラはまるで茹蛸のように頬を染めつつ、

「は、はひ、今日はいつもと違ってアルマさんが……」

 バギャ!

 どこから飛んできたのか、巨大な鍋がシェラの頭へと直撃していた。

「い、いたい……」

「だ、大丈夫ですか?」

 うずくまったシェラの横で、床に落ちた鍋がグワングワンとうめき声を上げる。レインは鍋を持ち上げると、不思議そうにアルマの顔を見やる。

「どっから飛んできたんだ、この鍋は」

「さ、さあ……時折ポルターガイスト現象が起こるのよね」

「そんな店、だれも寄り付かないだろ……」

 レインのもっともな意見に、アルマが息を詰まらせる。第三者の目から見ていたニオは、アルマが鍋をシェラに投げつけるのを見逃していなかった。

「うぅ……」

 うめき声を上げつつ頭を抑え、シェラがゆっくりと立ち上がる。寄り添うニオとレインに連れられて、調理場へと下がっていった。

「大丈夫? シェラ」

「うん、なんとか……」

 氷水で冷やしたタオルを、こぶができてしまった額へとあてる。傷口にしみたのか一瞬だけ顔をしかめた。

「ポルターガイスト現象か……大丈夫なのか、この店は」

 心配そうに腕を組んでうめくレイン。ニオはケラケラと笑いながら、シェラの背中をバンと叩いた。

「大丈夫大丈夫! シェラはこう見えても結構丈夫だし、ポルターガイストなんてめったに起こらないし!」

「それならいいんだが……シェラさんも気をつけてくださいね?」

「は、はい……」

 シェラの視界の隅に、ちらりと人影が映る。どうやらアルマが仕事をしながら、またなにか失言しないか見張っているらしい。

「それはそうとニオ。学校はどうした?」

「うん、今日は創立記念日で休みなんだ」

「帰ってくるたびに創立記念日のような気がするんだが……」

「そんなの気のせいよ、お父さん」

 ポンポンとレインの肩を叩き、ニオはにっこりと微笑んだ。横でシェラが不思議そうに、二人の会話へと入り込む。

「あれ? ニオって学校いってな……」

 バギャッ!

「っあ!」

 視界の隅から飛んできたまな板が、再びシェラを襲う。鍋が直撃した患部と同じ場所にぶつけられた痛みに、シェラは声にならない悲鳴を上げていた。

 床に落ちたまな板がゴトンという音を最後に、辺りは静寂に包まれていく。痛みをこらえながらシェラが顔を上げると、アルマの手には包丁が握られていた。

『余計なことをしゃべるなよ……』

 獲物をじっと見つめる鷹のような目から伝わる、アルマの無言の圧力。シェラは身震いしながら命の危険すら感じていた。

無言のまま何度も頷くと、アルマはフッとシェラの視界から消えていった。どうやら仕事へと戻ったらしい。

「本当に大丈夫なのかニオ。今度はまな板が飛んできたぞ? 仕事のついでに高名な霊媒師でも探してきてやろうか?」

 シェラの様態を伺いながら、心配そうにレインがニオに告げる。ニオは頭を掻きながら、愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 


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