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その2:いつもと違う朝

「おっ、おはようシェラ。今日もかわいいな」

 見え透いたお世辞をつぶやきながら、せっせと開店の支度をしているのはニオの母親であるアルマだった。いつも手に持っている酒瓶はなく、代わりに握られた包丁は魚の下ごしらえを難なくこなしている。

 頭には三角巾を巻き、エプロンを着けたアルマの姿――普段なら絶対に見られない光景だ。

「おはようシェラ……」

 別の方角からニオの声が聞こえ、シェラがそちらへと目をやる。ニオは逆に普段見ることのないエプロンのない格好だ。テーブルの上にあごを乗せ、口にくわえたストローを上下に動かしていた。

「ニオ、具合でも悪いの?」

「いや、体はいたって健康だよ」

「じゃあ、なんで……」

 その続きはいわなくとも、ニオには理解できていた。返答の代わりに一通の手紙をシェラへと渡す。

 その手紙の差出人のところには、レイン=グロスという名前が書かれていた。

「レインってだれなの?」

「お父さん」

「ええっ! ニオってお父さんいたの!?」

 ズルッと、ニオのあごがテーブルから滑り落ちる。

「あのねぇ、わたしだって木の股から生まれたわけじゃないのよ?」

「あ、いや、その、そういう意味じゃなくてね。いままで見たことなかったから、もう亡くなってるのかなぁって、想像してたんだけど……」

「勝手に殺すなよ……」

 ボソッとつぶやいたアルマに、シェラがペコリと頭を下げる。アルマは鼻を鳴らして、作業へと集中していった。

「ちゃんと生きてるよ。いわゆる単身赴任ってやつ? 配送業を仕事にしてるから、いろんな街を駆け回ってるんだ」

「へぇ……」

 感心しながら、シェラがアルマのほうをむく。いつもニオの姿がある場所にアルマがいるというのは、正直なところ信じられない光景だった。普段は酒を飲みながら横槍を入れて、笑っているだけのアルマが、ニオ以上に手際よく開店準備を進めているのだ。

「アルマさんって、ちゃんと仕事できるんだ……」

「ん? なんか言ったかしら、シェラ」

 にっこりと微笑むアルマのこめかみに、うっすらと青筋が浮かんでいる。慌ててシェラは両手を振って否定すると、アルマはすぐさま自分の仕事へと戻っていった。

「で、そのお父さんがなんだって?」

「帰ってくるの。マスカーレイドに配送の仕事が入って、なおかつその担当がお父さんになったときにだけ、ここへ顔をみせるってわけ」

「ふーん、それとアルマさんが働くことと、いったいなんの関係が?」

 疑問を抱きながら、ニオの横にシェラが腰掛ける。ニオはストローを捨ててから、棚の一角を指差した。

 本来ならそこにはアルマご用達のお酒が並んでいるはずだった。だが、いつのまにやら調味料のラベルのビンへと切り替わっている。

「アルマさんのお酒、どうしたの?」

「あれ全部そうだよ」

「えっ? だって……」

「ラベルだけ張り替えてるの。見た瞬間にお酒だってばれないようにね」

 シェラは確認のため、醤油とかかれたビンの蓋を開けた。中からはツーンとした、アルコールの匂いが漂ってくる。

「おいシェラ、その酒は高いんだから飲むんじゃないぞ!」

 アルマに一喝されて、慌ててシェラはビンを元の棚へともどした。言ってることは間違いなくアルマだが、はきはきと動き回る姿というのは妙に落ち着かない。

「どうしてこんなことするわけ? 急に働き出したりさ」

 コップに一杯の水道水を入れて、座っていた椅子へと戻りながら尋ねる。ニオも手持ちぶさたで落ち着かないのか、新しいストローを新たに咥えていた。


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