地球の干物
「いねぇなぁ」
部屋の端から聞こえる溜息まじりの落ち込んだ青年の声。
わいわい、がやがやとした喧騒の広い空間、空間の大半を占める床から伸びた真四角のテーブルに前後に備え付けられた長椅子、陶器の植木鉢に植えられたプラスチック製の偽物の観葉植物。
テーブルを挟む椅子に座る人々に空間の天井に備え付けられたチューリップを模した明るい電球の照明、入り口兼出口の一つしかない扉。
テーブルと椅子の左側、椅子から上はガラス張りにされている為に外の様子が見える。
そんな広い部屋の中、机と机の間の通路を縫ってオレンジ色の短いスカートの制服に身を包んだウエイトレス達が忙しなく歩き回っている。
俗に言う、『ファミリーレストラン』の店内である。
「2535年、8月12日、該当の賞金首128名、か」
店内の部屋隅の席からまたため息混じりの落胆した声が聞こえる。
長めのもみ上げの茶髪のざんばら頭に血色のよさそうな健康的な肌の色。
太めの眉にどこかやる気のなさそうだが顔立ち。
まさにの中肉中背といった体格に首に巻かれた真っ赤なマフラー、水色のチェックの長袖のシャツに虫食いのある汚いジーンズ、そしてサンダルといったいでたちの二十代前半ほどの年齢に見受けられる男が、長いすの奥のほうへ座って小さな黒い、二つ折りの携帯電話を頬杖をついて眺めている。
「いるじゃないか、128人も」
その、赤いマフラーの男の隣からあっさりとした声が聞こえる。
白髪の長髪に淵無しの眼鏡、細長い切れ目に整った顔立ち、そこに張り付いた余裕の笑み、どこか知的な雰囲気のする顔立ちである。
少しだけ薄めの肌の色に長身細身といった体格に皮の茶色いジャケットをきっちりと着た真っ黒いスーツの上から着ている。
傍らには木製の長い銃身に真っ黒な鉄の銃口の細長いライフルが、席に座るように立てかけられている。
酷い近眼であるが、獲物を狙えば百発百中『近視のサン』である。
彼は元医者であり、壊滅的な視力ゆえ、医者時代に葬り去った患者の数は数知れず。
しかも、究極といっても良いほどの面倒くさがりであるがゆえか、事あるごとに患者を『安楽死』させようとするのだ。
酷いときなど『擦り傷』程度の患者を安楽死させようとしたほどだ。
そんな彼であるが、何故か銃で狙い撃った相手に対してその銃弾を外した試しがない。
巷では『運』だの『超能力』だの囁かれているが真相は定かではない。
「この中で『飯のタネ』になるのが居ないんだよ……」
赤いマフラーの男が携帯電話を見ながらサンへ軽く目をやり、言う。
「『公園の公衆トイレを詰まらせ、そのまま逃走した男、懸賞金1500円』、『行列のできる店へ予告状を送り、その行列へ割り込みする男、懸賞金850円』、『高級車のエンブレムを引きちぎって集める男、懸賞金1200円』、大体こんな感じのが128人って所だ」
つまらなそうに、赤いマフラーの男が淡々と賞金首とその罪状を述べていく。
時は2535年、増加しすぎた犯罪に対応しきれなくなった警察機関をフォローすべく、政府が『犯罪者の賞金首制度』を発案。
それと共に『賞金首』と呼ばれる者たちがどこからともなく沸いて出た。
「俺の爺さんから聞いた話じゃあよう、大昔は何億だの何千万だの懸賞金が公表されて賞金稼ぎで豪邸建てた奴も居たそうだがな」
赤いマフラーの男が椅子の背もたれに、どか、と大きく倒れこむように座り込み、天井を仰ぎつつ呟く。
「それ、もう百年も前の話じゃない……」
二人の席の対面から少し呆れたような女の声が聞こえた。
さらりとした長めの吸い込まれそうな真っ黒な髪に、額の少し上に付けられた端にピンク色の大きな薔薇の装飾のついたカチューシャをつけている。
大きな釣りあがった目に薄く赤い瞳、小さな鼻に真っ赤な口紅の付けられた小さな唇。
ワインの様な赤い色の長いスカートに短い袖、いたる所にレースの付いた、胸元の大きく開いたドレスを着ている。
平均的な身長にスタイルの良い体つきのためかドレスの上半身がぴっちりと体に張り付くようなつくりであるためか、それが際立っている。
十代後半ほどに見受けられる見た目である。
元、良家の娘であるが、何の因果か今はこの二人と組み、賞金稼ぎをしている、鞭の使い手でありツンデレである『ツンデレのレイニィ』である。
彼女自身、鞭を振るえばまるで自らの体の一部のように自由自在に操れるほどの使い手であるが、何故か鞭とは関係のない二つ名で呼ばれている。
「でも、本当にこれからどうするのよ、こんな賞金首の質じゃ野垂れ死に確定じゃない、あ、別にあんた達が心配なんじゃなくて、私が死にたくないだけなんだからっ」
と、レイニィが早口で言う。
「……マジで賞金首の質は低下してるよな、何か誰かどーんとでかい悪事でも働いてくれりゃあなあ」
赤いマフラーの男が再び頬杖をつきながら疲れたように言う。
『賞金首制度』の考案されたばかりの頃はそれこそ『切り刻むのが大好きすぎて30人近く斬り殺した挙句斬るものが無くなり自分自身を斬った女』や『20年前に絶滅寸前まで追い込まれた人食い蛾を保護、養殖して数を増やし、都会のド真ん中へと解き放ったカルト教団』だのの凶悪犯罪者がひしめいていた。
そして、凶悪であればあるほどにやはり賞金は高いのだ。
「ちょっと、縁起でも無いこといわないでよね、あ、社会の治安を心配しているんじゃなくて、そういう凶悪犯のせいで人が死んだりしたら私の気分が悪くなるのが嫌ってだけなんだからっ」
赤いマフラーの男の発言に対し注意するように目を少し吊り上げて言うレイニィ。
「でもまあ、犯罪者が居なければ俺たち賞金稼ぎも生活できないわけでして……」
サンが眼鏡をくいと上げながら言う。
「誰か、お偉いさん方が賞金稼ぎの生活を保護してくれる政策でもやってくんねぇかねぇ」
「全くありえない話ね」
赤マフラーの愚痴っぽい呟きにレイニィが即座に切り返す。
2535年のこの時代、正に『金』がものを言う時代である。
衣住食に限らず、住む場所や職業、資格に役職に参政権に並び順でさえ『金』で何とでもなってしまう世の中だ。
地球の温暖化は激化し、砂漠化に荒野化の進んだ地球、金持ちは清潔で快適なドームに包まれた都心へ住み、残された貧乏人はそれ以外の暑苦しい荒野や砂漠で暮らしている。
もちろん都心には金がなければ暮らせない上に金がなければチャンスすら巡ってこない。
まさに地球も人の心もからっからに干からびた干物のような世の中である。
「まあ、政策なんてのは金持ちさん達の保身のためにあるもんだしなぁ」
またまた溜息をつきながら言う、赤マフラーの男。
「お待たせいたしました、こちら『マロンパフェ』と『和風御膳』になります」
突然、席に響く可愛らしい声。
長い亜麻色の髪の小柄なウェイトレスが『マロンパフェ』の盛られたガラスの器の乗ったトレイを片手に、そして、もう片方にごちゃごちゃと沢山の皿の並んだ『和風御膳』の乗ったお盆持って彼らの席の前で言ったのだ。
「あ、和風御膳の方は俺です」
手を上げて言う、赤マフラーの男。
「マロンパフェは、私ね、あ、別に甘い物が好きってわけじゃないんだからっ」
口早く言うレイニィ。
そして、手早く、それぞれの前に並べられるそれぞれの料理。
「以上でよろしいでしょうか ?」
「あ、まだ僕の『皿うどん』が来ていないんだが……」
「申し訳ございません、すぐお持ちいたしますので」
サンとウエイトレスがそんなやり取りをした後、さっさと奥へと去っていくウエイトレス。
「しかし、賞金額の問題もあるが、僕たちの腕を生かせない相手がいないというのもあれだよな」
そして、話を戻し、ため息をつきつつも言うサン。
「『下着ドロ』やら『万引き犯』やらクラスの相手ばかりで張り合いがないのよね」
銀の細いスプーンでマロンパフェをつつきながらサンの言葉に受け答えするレイニィ。
「ごっそうさん」
「相変わらず食うのが早いなぁ」
明らかにレイニィのマロンパフェよりも容量のある和風御膳をあっという間に平らげた赤いマフラーの男、そしてそれに対する感想を述べるサン。
この和風御膳を物凄い速さで平らげた男、銃の早撃ち勝負では負け知らず、食べる早さも負け知らずの『早食いのスタア』である。
出生不明の経歴不明、過去が謎に包まれた賞金稼ぎである。
「あんた、ちゃんと噛んでるの ?あ、別に体に悪いとか喉に詰まるのを心配してるんじゃないんだからねっ」
「俺の早食いに早撃ちは専売特許で本能だ、勝手に出てしまう」
おそらく心配しているのであろう、レイニィの言葉に爪楊枝を咥えながら答えるスタア。
「お待たせいたしました」
と、先ほどのウエイトレスがサンの注文した皿うどんを運んで来る。
「ああ、どうも」
そして、それに対し短く返事を返すサン。
「では、ごゆっくりどうぞ」
手早く皿うどんと伝票を置くと再び奥へと引っ込むように、再び忙しそうに行ってしまうウエイトレス。
「で、これからどうするかって話なんだが」
皿うどんが置かれるのを眺めていたスタアが話を切り出す。
「どうするもこうするも、その賞金首を片っ端から捕まえていくしかないだろうよそれか、またスタアが飲食店の早食いで稼いでくるか」
「やっぱいつものパターンで落ち着く訳か」
皿うどんをナイフとフォークで器用に上品に食べながら答えるサンに再び黒い二つ折りの携帯電話を見ながら言うスタア。
「『賞金稼ぎ人口低下』、ねぇ……」
スタアが画面に映し出された文字を無感情な声色で読み上げる。
「こんな、不安定すぎる毎日じゃ、社会復帰者も増えるわけだ」
「『天啓のジェン』に『潤滑油のキンメ』も最近引退したそうだ、ジェンは食品会社の販売でキンメは電化製品の組立工場に勤めたらしい」
「別に淋しくなんかないんだからっ」
各々《おのおの》に食事をしたり携帯を眺めたりしながら言う三人。
よもや、いくら腕が立とうとも、賞金首の質の低下のせいで生活することすら困難な賞金稼ぎ、彼らはこのまま消え行く存在になってしまうのであろうか。
「賞金稼ぎの氷河期って奴だよなぁ」」
スタアが肩を落として疲れたような顔で言う。
『賞金稼ぎの敵は腕の立つ犯罪者よりも平和』と、誰が言ったのかわからないがそんな言葉が最近生まれたほどだ。
元々、業種的にも存在するのかしないのかすら微妙な無職に近い『フリーター』のような存在な上に賞金首を殺してしまえば報酬額は激減、今いるクラスの相手は殺してしまえばこちらが法的に不利になる上に自分が死んでしまえばそこまでな色々とリスクのありすぎる『賞金稼ぎ』。
「じゃ、そろそろ行くか」
皿うどんを食べ終えたサンが一息ついて言う。
「ああ、今日を生き延びるためにまた一仕事と行きますか」
スタアが伸びをした後に席から立ち上がり言う。
とにかく今は今日を生き伸びる分を稼ぎ、凌ぎ切るしかしかないのだ。
いつか、とてつもなく強く凶悪な賞金首が
現れ、自分たち『賞金稼ぎ』が必要になるその日まで。
「突っ込むわよ !」
レイニィが叫び、三人は席の近くの窓ガラスへ飛び込んだ。
食事の代金を払えない『賞金稼ぎ』達はファミリーレストランの窓ガラスを突き破り、干物のような地球へと再び飛び出した。




