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SF4冠チャレンジ

モテたいおっさん、親友も元カノも自作自演~恋愛VRゲームで一番人気になった美少女の俺が、俺の嘘を全部ばらすまで~

作者: LackRock
掲載日:2026/10/27

挿絵(By みてみん)


 俺は、俺の元カノに嫉妬していた。


 銀色の長い髪。紫の瞳。

 白いドレスの裾をつまんで、美少女が照れたように笑う。


 美人で、気が利いて、男を見る目だけが少し悪い。

 別れてからも俺を褒め、今の恋人とも仲良くしてくれる。よくできた女性だ。


 実在すれば、の話だが。


 名前はリリィ。

 中身は俺だ。


《周年祭の主役は、リリィさんに決まりました!》


 街の人気投票。その一位が、目の前の掲示板に大きく出ていた。

 男の俺、レオンには十一票。

 リリィには四百八十三票。


 同じ人間だぞ。


「おめでとう!」

「レオンさんも喜ぶね」


 友達に囲まれ、俺はリリィの声で答えた。


「……ええ。きっと」


 ため息をつくと、まだ彼のことが好きなの、と心配された。


 違う。

 男の俺のほうを、気にしてくれ。


◆


 三年前、三十八歳の俺は、恋愛交流型VRゲーム《エバーラヴ・アイランズ》を始めた。


 家電修理の受付で働き、帰って飯を食い、動画を見て寝る。

 仕事では何十人とも話すのに、休日は一言も喋らず終える。


 最後に女性と二人で食事をしたのは、保険の見直しを勧められたときだった。

 笑顔を少し誤解した俺は、契約内容だけ詳しくなって帰ってきた。


 モテたかった。

 俺が顔を見せたら喜んで、帰ると言ったら寂しがってくれる人が欲しかった。


〈もう一つの人生で、あなたらしい出会いを〉


 公式サイトの言葉に頷き、四時間かけて、俺らしくない俺を作った。


 金髪。青い目。身長百八十五センチ。

 名前はレオン。二十七歳。建築会社を経営している。

 作れるのは袋麺くらいだが、趣味には料理と書いた。行ったこともない海外旅行まで書き足した。パスポートは持っていない。


 ボイスチェンジャーで、低く落ち着いた声も付けた。


「よろしく」


 鏡の中の男が言う。

 いける、と思った。


 降り立った島には、男前しかいなかった。


 寝ている男も、魚を焼いている男も、俺より格好いい。

 魚の焼き方が格好いいって、なんなんだ。

 合コン施設には七回通い、七回とも一人で帰った。


 七回目の帰りの船で、顔見知りの男と隣り合った。


「またですね」

「……またですね」


 初めて、会話が続いた。


 そのうち、海に潜るようになった。このゲームでは真珠や薔薇を集めて指輪を作ったり、家を飾ったりできるので、俺は真珠集めを始めた。潜っている間は、話題を探さずに済んだ。


 二週間かけて、真珠の採れる場所を地図に書き込んだ。

 潮によって場所が変わる。その順番が分かると、調べるほうが面白くなった。


 地図を掲示板に載せると、礼が届いた。


《指輪の材料、集まりました!》


 ゲンと知り合ったのも、その頃だ。

 港で船を造っている、無精髭の大男だった。


 地面の材料を拾いかけて、注意された。


「落ちてるんじゃねえ。置いてあんだ」

「すみません」

「迷路の薔薇は拾っていいぞ。人の家の前は、一回聞いてからにしろ」


 謝ると、余った真珠をくれた。


「地図の礼だ」


 俺はそれで指輪を作った。

 渡す相手はいなかった。


 ある日、俺の地図を見ながら迷っている女性がいた。


「そこ、左です」

「左に行ってるんですけど……」

「どこで引っかかりました?」


 一緒に地図を開くと、岸壁の出っ張りを島と間違えていた。

 俺の描き方が悪かった。直して案内すると、今度はたどり着けた。


「採れた!」


 真珠を掲げた彼女を見て、俺も笑った。

 夕方まで何人かを案内し、帰る頃には五人の女性に囲まれていた。


 分かりやすい。助かる。またお願いします。


 嬉しかった。

 ただ、男として好きだとは、誰にも言われなかった。


◆


 そこで、親友を作った。


 名前はガイ。日に焼けた快活な男で、レオンとは古い仕事仲間だ。

 中身は、もちろん俺。


 一つのアカウントで複数のアバターを作れた。ほかの人に見える名前も、プロフィールも別々だった。


 ガイで掲示板に書いた。


《レオンの地図、知ってる? 仕事も忙しいのに、初心者のために何度も泳いで調べてんだよ》


 レオンに切り替えて返す。


《余計なことを書くなよ》


 またガイに戻る。


《そういうところだぞ》


 翌日、女性から「優しいんですね」と言われた。

 俺はにやけた顔を隠して、うつむいた。


 次に作ったのが、元カノのリリィだった。


 仕事のすれ違いで別れたが、今もレオンを大切に思っている。

 銀髪の美少女アバターに、女性の声を付けた。


「初めまして、リリィです」


 録音して聴き直した。

 こんな人に優しくされたら、俺なら好きになる。


 三人分の声を保存し、アバターに合わせて切り替えた。


《彼、不器用だけど、困っている人を放っておけないんです》


 元恋人からの推薦は効いた。


「レオンさんって、今は彼女いないんですか?」


 その夜、俺は袋麺の前で立ち上がった。

 座り直す頃には、麺が伸びていた。


 リリィで女性の相談に乗り、頃合いを見てレオンを勧める。

 そのつもりが、なかなか俺の話にならなかった。


「私の彼、返事がいつも遅いんです」

「お仕事中では?」

「分かってます。でも、私ばっかり楽しみにしてるのかなって」


 俺も、返事が来るまで何度も通知を開く。


「もう一回送ろうか、迷いません?」

「迷います。でも、しつこいって思われそうで」

「それで、送らないまま何度も通知を見るんですよね。私もです」

「リリィさんでも?」


 頷くと、彼女は初めて笑った。


「ちょっと、安心しました」


 しばらく話してから、彼女は立ち上がった。


「また、聞いてもらっていいですか」


 結局、レオンの名前を出せないまま、また話す約束をした。


 レオンでサロンを開き、リリィで人を誘ううちに、来た人同士が仲良くなって結婚する二人も出た。予算が足りないと言うので、サロンを式場として貸した。


 そんなことを続けているうちに、リリィは常連の男から告白された。


「リリィさん、好きです」

「……お気持ちは嬉しいですが」


 次の週には、別の男にも告白された。


「ごめんなさい。まだ、忘れられない人がいて」

「レオンさん?」


 頷くと、男は深く息を吐いた。


「あいつ、幸せ者だな」


 そうでもない。今、男に告白されて困っている。


「応援するよ。つらくなったら、俺にも話して」


 断った相手に、自分との復縁を応援されていた。


 恋愛には、こんなに断る仕事が発生するのか。


 男の俺を売り込む時間が、女の俺に惚れた男を断る時間に食われていた。


◆


 二年目、サロンの利用者から贈られた《祝福》が貯まり、共同開発用の島を借りた。


 ゲンは喜んだ。


「これで船をでかくできるな」


 みんなが店や家を建て、ゲンが港を造った。

 俺は夜中に作り方を調べ、通路や案内板を整えた。


「社長って、こんなことまでやんのか」

「現場を知らないとな」


 本当の現場は、受付のカウンターだった。


 街を《ローゼンクローネ》と名付けた。

 薔薇の王冠、という意味だ。


 時計塔が建ち、ほかの島から船が来る。

 広場へ行くと、「おかえり」と声をかけてもらえた。


 開港式では、親友のガイにも挨拶をしてもらうことにした。

 同時に二人は動かせないので、その日だけ、隣の島の司会者、アヤに頼んだ。

 サロンの結婚式も手伝ってくれた人だ。

 ふだんは自分の島にいて、催しのときだけ顔を出す。


「俺の作った役で、余興をしてほしいんだ」


 ガイのアバターを複製し、声の設定と台本を渡した。

 赤い髪を揺らし、アヤは笑った。


「自分を褒める台詞、こんなに書いたんですか」

「……せっかくだから」


 舞台裏は内緒で、と頼むと、快く引き受けてくれた。


 当日、ガイの姿をしたアヤは、俺の肩を叩いた。


「あいつ、リリィと別れたあとも、彼女の悪口を一度も言わないんだ」

「よせよ、そんな話」

「そういうところだぞ」


 客席に笑いが起きた。

 俺は二人の写真を掲示板に飾り、〈親友と、最初の港で〉と題を付けた。


 ゲンとは、作業のあとによく夜食を食べた。

 ゲームを出ても通話をつなぎ、それぞれの台所に立った。


「今日は何だ」

「餃子。冷凍の」

「俺も。嫁さん寝てるから、音立てると怒られる」


 顔は映さず、仕事で受けた理不尽な電話や、スーパーの安売りの話をした。

 向こうでも、餃子を焼く音がした。

 冷凍餃子は、羽根つきのやつに限る。俺のほうがきれいに焼けたと言い張っていたら、ゲンに「見せてみろ」と言われ、皿の写真を送った。

 つい長電話になった。


 それでも俺は、翌日にはガイになって聞いていた。


「レオン、迷惑かけてない? 張り切りすぎるとこ、あるだろ」

「本人が聞きゃいいじゃねえか」


 俺は笑って、話を変えた。


◆


 ミナは、街の楽団でバイオリンを弾いていた。

 栗色の髪に、大きな帽子。


「演奏、どうでした?」

「素晴らしかった。後半の盛り上がりが特に」

「ずっと静かな曲でしたけど」


 俺は、祝福の集計画面を閉じた。


「……すみません」

「次はちゃんと聴いてください」


 次の演奏会では、本当に聴いた。

 一人で潜っていた海を思い出したと伝えると、ミナは笑った。


「同じ景色を考えてました」


 一緒に椅子を片付けた。

 角で彼女の椅子が引っかかったので、通路を広げる印を付けた。


「今日はもう、仕事終わりでいいのに」


 その言葉が、少し嬉しかった。


 ミナは現実の楽器店で、修理の受付もしていた。


「電話に出ただけで、直し方まで分かると思われるんです」

「分かります。技術の人に聞く時間もくれないんですよね」

「レオンさんの会社でも?」

「……窓口があるから」


 仕事の愚痴なら、話題に困らなかった。


 次の週、ミナから連絡が来た。


《今日、少し会えますか。演奏はないんですけど、話したくて》


 返事を書いては消し、結局「俺も話したいです」と送った。

 それから、催しのない日にも二人で会うようになった。


 交際は、俺から申し込んだ。


「私で、いいんですか」

「俺のほうこそ」


 海で集めた真珠で、揃いの指輪を作った。

 カップル登録をすると、ゲンが二人乗りの小舟をくれた。


 小舟に初めて乗った日は、俺が片側ばかり強く漕いで、その場をぐるぐる回ってしまった。


 ミナが声を上げて笑った。


「私が漕ぎますね。レオンさんは案内して」


 それから会うたび、二人でまだ行ったことのない入り江を探した。


「いつか、あの島の楽団とも合わせてみたいんです」


 対岸の灯りを見ながら、ミナが言った。


「楽団の外の人と合わせるの、苦手なんですけど」


「そのときは、聴きに行くよ」


 後日、リリィに切り替えて交際を祝った。


《あなたが幸せになってくれて、嬉しい》


 その夜、レオンにはミナからのおやすみが、リリィにはお礼が届いた。

 俺は両方に返事をした。

 リリィのほうでは、調子に乗ってこんなことまで言った。


《彼、記念日は絶対に忘れないんです》


 交際から三週間ほど経った頃、ミナから連絡が来た。


《もうすぐ一か月ですね》


 俺は慌てて、カップル登録の日付を調べた。


《もちろん、覚えてるよ》


 送ってから、予定表に〈交際一か月〉と書き込んだ。

 忘れるわけにはいかない。元カノが保証している。


 だが、付き合うほどに、嘘が邪魔になった。

 旅行の思い出は話せない。手料理の写真も見せられない。

 現実で会おうと言われると、仕事を理由に断った。


 そんなミナの相談を、リリィが聞いた。


「私、急ぎすぎてるんでしょうか」

「今は忙しいみたい。もう少し待ってあげてもいいと思います」


 俺はレオンに戻り、仕事が落ち着いたら会おうと言った。

 ミナは安心して、リリィに礼を送った。


 何を言えば喜んでくれるか、先に知ることができた。

 俺はようやく、いい恋人になれた気がした。


◆


 ゲームを始めて三年。

 周年祭の主役を決める人気投票が始まった。


 俺はレオンで、掲示板に書いた。


《普段、街のために頑張っている人へ、一票をお願いします》


 住民のために夜中に直した通路のことを、誰かが思い出してくれればいい。


《リリィさんに入れてきました!》

《相談に乗ってもらったので、私も》


 そっちか。


 ガイでも書いた。


《レオンも、見えないところで頑張ってるんだぜ》


《リリィさんも、いつもそう言ってますよね。別れても応援できるの、素敵です》


 俺を褒めたせいで、リリィの評判が上がった。

 もう何も書かないほうがよかった。


 開票の結果、リリィが一位を取り、周年祭で〈薔薇の女王〉を務めることになった。


 十二の島から船が集まる、大きな祭りだった。

 司会のアヤが、一位のリリィを紹介する映像を作ると言った。


《一緒に遊んだ写真や、思い出の映像を送ってください!》


 祭りの掲示板に募集が出ると、次々に投稿が付いた。

 結婚式の写真。初心者だった頃の相談。夜中まで話した思い出。


 覚えのある話ばかりだった。俺のサロンで撮った写真にも、リリィへのお礼が付いていた。


 アヤから、レオンとミナの二人で、リリィへのお祝いメッセージを収録したいと頼まれた。

 俺はすぐに引き受けた。ミナと二人で映れば、レオンのことも紹介してもらえる。


「私もリリィさんに入れました」


 ミナは言った。


「困ったとき、いつも話を聞いてくれたから」


 俺は笑って、頷いた。


 リリィでは女王の衣装合わせに、紹介映像の収録。

 レオンでは祭りの会議もある。

 ミナと会う約束を、二度、先延ばしにした。


 その夜、リリィに電話が来た。


「二人で会ってるのに、通知が来るたび、私との話が途中で終わっちゃうんです」


 俺は白いドレスの袖を握った。

 この前のデートでも、祭りの通知ばかり見ていた。


「昨日も、呼ばれたからって帰っちゃって。そのあと、時計塔の裏で泣いてました。人に見られたくなくて」


 鼻をすする音がした。


「忙しいのは分かってるんです。でも、もう少し一緒にいたいって……嫌われたくなくて、うまく言えなくて」


 俺は黙って聞いた。


「彼には言わないでください。私が、自分で話したいので」

「分かりました」


 翌日、俺はレオンで彼女を誘った。

 通知を切り、話を最後まで聞くと、ミナは嬉しそうに笑った。


 俺は祭りで、ゲーム内の結婚を申し込むことにした。

 レオンが指輪を差し出し、録画のリリィが祝福する。

 空には、各島から集めた七千発の花火を上げる。


 ミナを喜ばせたかった。大勢に祝ってもらえれば、きっと安心してくれる。

 広場のどの画面からも二人が見えるように、立つ場所まで調べた。


 ゲンに小箱を作ってもらった。


「二人で話はしてんだろうな」

「大丈夫だよ」


 現実で会う日も、決めていなかった。


◆


 祭りの三日前、お祝いメッセージの打ち合わせで、ミナと会った。


「今日は、忙しくないんですか」

「うん。通知も切ったし」


 入り江のベンチに並んで座り、撮影する場所を相談した。


「時計塔の前はどうですか。街も映るし」

「あそこ、平気?」

「え?」

「この前、泣いてたって言ってたから」


 ミナが、俺を見た。


「……どうして知ってるんですか」


 言ってから、気づいた。

 それを聞いたとき、俺はリリィだった。


「それ、リリィさんにしか話してません」


「リリィが、心配して教えてくれたんだ」

「言わないでって、お願いしたんです」

「君のためを思って――」

「私が、自分で話したかったんです」


 その日は、一人で帰りたいと言われた。

 俺は引き止められず、入り江に残った。


 リリィに切り替えると、もう連絡が来ていた。


《約束してくれましたよね。何を話したのか、三人で会って確かめたいです》


 予定を確かめる、とだけ返した。三人で会う約束など、できるはずがなかった。


 翌日、アヤから連絡が来た。ミナが、二人での撮影を延期してほしいと頼んだという。


 紹介映像の掲示板で、俺たちの撮影予定が〈未定〉に変わった。


《二人のお祝いメッセージ、なくなったの?》

《レオンさんの都合かな。忙しくても、撮影の時間くらい取れないの?》


 俺はガイで返信欄を開いた。

 ここにいる人たちからも、レオンを信じると言ってもらえれば。

 ミナも考え直してくれる。三人で会う話も、なくなるかもしれない。


《レオンは撮影に合わせて時間を空けてたよ。ミナさんとも話そうとしてる。事情も知らずに、あいつが悪いみたいに言わないでほしい。昔から知ってる俺が保証する》


 励ます返事が付いた。

 当人同士に任せろ、という声もあった。


 そこへ、一人が開港式の映像を貼った。


《リリィさんの思い出映像を探してたら、出てきました。このときも、ガイさんはレオンさんを褒めてましたよね》


 画面の中で、ガイの姿をしたアヤが、俺の書いた台詞で俺を褒めていた。


《ガイさんが保証するなら、信じます》


 そんな返事が、いくつも付いた。


 アヤから連絡が来た。


《掲示板のガイもレオンさんですよね? あの映像、私が本当に見ていた話みたいになってますけど》


《事情があるんです。今だけ、話を合わせてもらえませんか。舞台裏は内緒という約束でしたよね》


《余興だから引き受けたんです。私も楽しかったのに。演じていたのが私だってことは、説明させてください》


 アヤが掲示板に、俺の送った台本と依頼文を載せた。


《開港式のガイは、私が演じました。レオンさんの作った役を演じる、余興の依頼でした。発言は台本どおりで、レオンさんとリリィさんの交際を見ていたわけではありません》


《普段のガイさんも、レオンさんってこと?》

《リリィさんは、このこと知ってるんですか》


 画面を閉じた。

 開くと、返事が増えていた。


 レオンへ切り替え、返信欄を開いた。

 どちらの名前でも、もう何も書けなかった。

 台本は内緒のはずだっただろ、とアヤに送りかけて、やめた。


◆


 その夜、ミナにサロンへ呼ばれた。


《リリィさんと三人で話したいです》


 窓際のテーブルに、椅子が三脚あった。

 向かいに座ると、ミナは入口を見た。


「リリィさんは、何時頃ですか」


 リリィの名前で欠席の連絡を送ろうと、「仕事が」と打った。


「リリィも、悪かったと思ってる。今日は仕事が長引いてるみたいで」

「その話は、リリィさんから直接聞きたいです」

「日を変えたほうが――」


「待ちます。今日は、ちゃんと話したいんです」


 ミナは入口を見た。

 俺は、入力欄に残った「仕事が」の文字を見た。


 十分経っても、ミナは席を立たなかった。

 ほかの客が入ってくると顔を上げ、そのたびに視線をテーブルへ戻した。


 俺は書きかけの文字を消した。


「……リリィは、来ない」

「どうしてですか」


 空いた椅子を見た。


「俺だから」


 ミナは、しばらく動かなかった。


「ガイさんも?」

「うん」

「リリィさんも、最初から?」


 頷いた。


「じゃあ、私があなたのことで泣いてたとき、聞いてたのも、あなた?」


「……うん」


 ミナは口元を押さえた。


「嫌われたくないって、言いましたよね」


 俺は頷くしかなかった。


「あれを聞いて、次の日、会いに来たんですか」

「安心してほしかったんだ」


 ミナは何も言わなかった。


「……別れたくなかった。何て言えばいいか、先に聞けるから」


「私が話そうとすると、リリィさんは、もう少し待ってあげてって」


 会うのを急ぎすぎているのか、と聞かれた夜を思い出した。あのときも、俺が待たせた。


「二人とも、私の話を聞いてくれてると思ってました」


 ミナは指輪を外した。

 カップル登録の解除通知が来て、俺の指輪も光を失った。


「今日は、これ以上聞けません。追いかけてこないでください」


 彼女はサロンを出ていった。

 空いた椅子が、二つになった。


◆


 翌朝、アヤにもリリィの正体を話した。

 女王の紹介映像は、上映中止になった。

 俺は、別に録っておいたプロポーズ用の祝辞も消した。


 祭りそのものは、予定どおり開かれる。

 店にも、楽団にも、船で来る人にも、それぞれの準備があった。


 俺はスタッフに、祭り当日の式典で説明する時間をもらった。


 祭りの夜、白い客船が港を埋め、薔薇で飾った大通りまで人がいた。

 街中のスクリーンに、舞台の俺が大きく映っていた。

 隣にある女王の席は、空いていた。


「ガイは、俺が動かしていました。開港式だけは、アヤさんに演じてもらいました。普段の投稿は全部、俺が書きました」


 マイクを握り直した。


「リリィも、俺です。元恋人だという話も、嘘でした」


 客席から声が上がった。

 コメント欄に、知っている名前が次々と現れた。


 街のために働いたことまで、嘘ではない。

 喉まで出た言葉を、飲み込んだ。


「他人のふりで自分を褒めていました。相談されたことも、好かれるために使いました。すみませんでした」


 頭を下げると、花火が上がった。

 予定の時刻だった。


 七千発の光が、海の上で開いていく。

 二つの薔薇が寄り添い、一つの王冠になった。

 その下で、ミナへ小箱を開けるはずだった。


「本日をもって、引退します」


 誰かに止められるのを待った。

 スタッフが次の催しの準備を始めた。


 俺はマイクを置いた。


 舞台の裏で、ゲンが待っていた。


「ガイで、俺の気持ちを探ってたんだな」

「……嫌われたくなかった」

「俺に聞けばよかっただろ」


 年齢と仕事も話した。


「建築は」

「このゲームで覚えた」


「電話で、餃子焼きながら話してたろ」

「うん」

「あのときも、話、作ってたのか」

「……いや。冷凍餃子食って、仕事の愚痴言ってた。あれは、そのままだよ」


 ゲンは顔を伏せた。


「俺、港に戻る。帰りの船がある」


 歩きかけて、立ち止まった。


「俺は、あれでよかったんだけどな」

「え?」

「餃子食って、くだらねえ話して。それで」


 ゲンの背中が、人の間に見えなくなるまで立っていた。


◆


 街の代表を辞め、管理権限を手放した。

 ゲンとミナ、アヤに、それぞれ謝罪を送った。


 返事はいらないと送っておきながら、帰宅するとまず受信欄を開いた。


 四十一歳の俺の部屋は、ゲームを始める前と変わらなかった。

 飯を食い終わって時計を見ても、まだ九時だった。


 公開掲示板で俺の話を見つけると、言い返したくなった。

 街を造った。地図を作った。誰かを助けた。


 書きかけて、消した。


《楽しかったことまで、どう思えばいいか分からない》


 リリィへ相談していた人の、その投稿だけが頭に残った。


 相談が長引いて、レオンに戻らず寝た夜もあった。また来てくれると嬉しかった。

 それなのに、投票が始まれば、レオンの票ばかり気にしていた。


 次の日も、修理の受付をした。

 分からないことは技術担当に聞く。詳しいふりをして、客を困らせるわけにはいかない。


 夜は米を炊き、動画を止めて食べた。余った飯は、翌日のチャーハンにした。

 休みには少し歩いた。


     ◆


 引退から九か月後、公開掲示板で、桟橋の補修を手伝う人の募集を見つけた。

 募集主はゲンだった。


 船の発着が増えたらしい。俺がいなくても、街は大きくなっていた。


 ゲンと、もう一度話したかった。

 それでも、前の名前で港に降りるのは怖かった。


 俺は、新しいアカウントを作った。


 名前はシュウ。本名の修平から取った。

 黒髪に茶色い目。動きやすい作業着。

 四時間かけたレオンと違って、十分で終わった。


 年齢欄には四十二、職業には家電修理の受付と書いた。

 声の加工は切った。

 名前は変える。でも、以前のことを聞かれたら、隠さず話そうと決めた。


 港へ降りると、会場への案内板が目に入った。

 〈案内担当・ローゼンクローネ楽団〉。

 以前は俺が更新していた板に、次の演奏予定が出ていた。


 ゲンは、前と同じ前掛けをしていた。


「シュウさん?」

「はい。募集を見ました」

「運ぶのと、組むの、どっちがいい」

「運ぶほうから、お願いします」


 板を運んでいると、若い男が固定具を裏返しに当てていた。


「そこ、いったん外してもらっていいですか」

「あれ、こっちじゃない?」

「どこで引っかかりました?」


 同じ部品を持ち、彼の隣に立った。


「この溝が、海側です」

「ああ、逆に見てたんだ!」


 板がはまり、二人で笑った。

 ゲンが向こうから見ていた。


 休憩で、彼が隣に座った。


「建築の仕事か」

「いえ。家電修理の受付です」

「こういうのは」

「このゲームで覚えました」


 ゲンは海を見ていた。


「お前、……レオンか」


 喉が詰まった。


「……はい」


「ほかのやつに聞かれても、今みたいに答えろよ」


 俺は頷いた。

 ゲンは手袋をはめ直した。


「午後、あっち頼む」


 運んでいない板が、まだ積まれていた。


「看板、楽団で直してるんですね」

「ああ。演奏の予定も一緒に出したいって。元の図面は、そのまま使ってる」


 俺は会場のほうを見た。


 帰りに、広場で演奏を聴いた。

 ミナが、同じ帽子を被ってバイオリンを弾いていた。


 最後まで聴いて、拍手した。

 椅子の片付けを手伝うと、ミナが反対側を持った。


「ありがとうございます」

「いえ」


 角で無意識に椅子を引いた。

 前に広げた通路だ。もう引っかからない。


 ミナが、椅子越しに俺を見た。


「ミナさん。俺、レオンです」


 彼女は椅子を持ったまま、しばらく黙っていた。


「……戻ってきたんですね」

「はい」


 倉庫へ向かって、また歩き出した。


「今日は、途中で画面を見てませんでしたね」


「……はい」


 倉庫に着いて、椅子を下ろした。

 ミナが、俺のプロフィールを開いた。


「プロフィール、家電の修理受付って」

「はい」

「電話に出ただけで、直し方まで分かると思われるやつですね」

「……はい」


 ミナはそれ以上、仕事のことを聞かなかった。


「また、来るんですか」

「手伝いに。邪魔でなければ」


「私は、すぐには前みたいに話せません。リリィさんに話したことも、まだ……」


 ミナは、俺から視線を外した。


「ほかの人のふりをして、私の話を聞かないでください」

「もう、しません」


 彼女は頷かなかった。

 俺は倉庫の外を見た。


「椅子、あと二脚ですね」

「はい」


 取りに戻った。


◆


 次の週も、その次の週も、俺は港へ来た。


 正体を聞かれたら答えた。

 挨拶しただけで嫌な顔をして離れていった人もいた。

 前のようには話せないと言われたら、分かりましたと返した。


 管理者に戻ってほしいとは、誰にも言われなかった。

 それでも板は運べた。迷った人へ道も教えられた。


 ある夜、ゲンと久しぶりに通話をつないだ。

 俺は台所で、冷凍餃子を焼いていた。


「まだそれ食ってんのか」

「ゲンさんもでしょう」


 向こうで笑う声がした。


 それから何度か港へ通った夕方、ゲンが、俺の付けた手すりを揺すった。


「いいな」


 思わず笑うと、ゲンがこっちを見た。


「何だよ」

「いや。よかったなって」


「明日も来るなら、手袋用意しとけ。そろそろ破れるぞ」


 手袋の指先が、擦り切れかけていた。


「来ます」


 ミナが楽団の仲間と歩いてきた。

 隣の島へ、合同練習に行くという。

 対岸の灯りが、水面に揺れていた。


「船、間に合うか」

「まだ大丈夫です」


 ゲンに答え、それからミナが俺を見た。


「シュウさん、また明日」


「……はい。また明日」


 彼女は乗船の列へ戻り、仲間の話に笑っていた。

 時計塔の鐘が鳴った。


 俺は、手袋の店がまだ開いているか、案内板で確かめた。


挿絵(By みてみん)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


笑ったところや、心に残った場面があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
おっさんの善良さと卑怯さが同居していて、とても魅力あるキャラクターでした。俺の嘘を全部バラすまで、というタイトルですがバレてからが実は本番なのかなと思いました。ミナへの裏切りは生々しいですが、優しい気…
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