第四話 春の国 菜草あやめ
「八丁堀火山が噴火しました…!」
それから、いくらかの沈黙が流れた後、はじめに口を開いたのは陽虫朝日であった。
「屋上からなら、見える」
「しかし屋上は危なく…」
「あやめちゃん。ちょっとでもかのうせいがあるなら、いってみようよ」
菜草あやめはすぐにわかった。
主人である花舞櫻の手が細かく揺れている。きっと、怖いのだろう。
あやめは、そんな主人がたまらなく好きだと思えた。
それから、両手でそっと包み込んだ。
「大丈夫です。櫻様にはあやめがついています」
「……あやめちゃん、ありがとう…」
「櫻様のいうとおり、ここは行きましょうか」
「はいっ!」
4人で屋上にあがると、言わずもがな火山現場が見えた。
「さくちゃん、」
「はい!」
「あやめさんと一緒に行って」
「えっ…でも…」
「私はいいから早く行って。春がきた」
「はるはえんごしにきてくれたんです!」
「いいから!早く行かないと火山で埋もれちゃう」
「駄目です、朝日様。ここは火山灰が降り積もります」
「だから言ってんじゃん」
朝日は屈託のない笑いを見せた。
もう、ここも時間の問題だ。
「この先は夏の問題だから春のお二人は春に帰って」
「朝日!!」
「いやです。夏のもんだいは春のもんだいでもあります」
「ここは夏のお屋敷で起きたことだよ。なんで春まで巻き込むの?」
(冬はどうしたら来てくれますか…)
あやめは祈るような気持ちで思った。
(春はむしろ、狙撃しに来たのだ)
それを知らない夏の神とその従者。
(ねえ、気づいてください…。私たちの故郷は春じゃないんですよ。冬なんですよ…春は宿敵なんですよ…櫻様…なんで…なんで忘れちゃったんですか…?)
そうか、と思った。
『だ…れ…?あなた…』
『あやめです。菜草あやめです。菜草五朝の妹です!⬛︎様の従者なんです…!』
『あやめちゃん…なわけないよ…?あやめちゃんはころされたんでしょ?』
『え……。だ…誰から聞きましたか?』
『ごちょうにいさま』
『え…!?』
そうだった。あの時に⬛︎⬛︎⬛︎は死んでしまっていた。⬜︎⬜︎⬜︎になったんだ…。生まれ変わるように。
あやめは櫻に向き直った。
「櫻様、どうしますか?」
「にげられないよ。夏のもんだいは春のもんだいだから…」
「わかりました。とにかく、ここは火山灰が飛んできます。部屋に移動しましょう、櫻様、朝日様、ゆりさん」
「あやめさん」
「なんでしょう、ゆりさん」
「朝日なら、火山くらい、暖かい空気に変えられます。その後にまた、春の舞をしていただけますか?」
「はい!さくら、できることならなんでもします。さくら、はるよぶためにうまれてきたから…。ごちょうにいさまをたすけられるなら、なんでもします」
まだ幼いとばかり思っていた櫻はすでに大人になっていた。あやめの知らない間に。
それだけのことがこんなにも悔しいなんて。
「櫻姫様、あやめ様、ここからは朝日の邪魔をしないでいただきたいので、少し離れていただけませんか?」
「はーいっ!」
「はい」
主従は少し別の場所に避けた。
「櫻様、大丈夫です。朝日様がなんとかしてくれます」
「うん…」
櫻が怖いのと同じように、あやめも怖かった。
慰めようと差し出した手が震えてしまうほどに。
私の神様がいなくなってしまったらどうしよう。
火山灰に埋まってしまったらどうしよう。
この少女を守れなかったらどうしよう。
あやめの悪い癖だ。怖くなって不安になると、頭の中が渋滞してしまう。
駄目だ。櫻様に不安な顔を見せるな。決して悟られるな。そして守れ。守って守って守ってそれで死んでしまったなら仕方がない。だから、私の隣にいる私の天使様を助けろ。守り続けろ、一生涯。
心が叫び続ける。
ざわざわと胸が騒ぐ。
「あやめ…ちゃん?」
あやめは我に帰った。
「は、はい!櫻様!」
「ふるえてた、よ?」
「……」
(なんで答えればいい?)
答えが出てきて欲しい時に出してくれない。それが私の心だ。
「櫻様、大丈夫です。あやめが一生守ります」
「…あやめちゃん、しんじゃやだ」
「人間誰しもいつかは死ぬんです。あやめの場合、それが櫻様を守って死ぬか、守りそびれて死ぬかの二つなんです」
「あやめちゃん、ながいきしてよ…」
「ええ。櫻様と一緒ならどこまでも駆けていけます。だから、見捨てないでください」
我ながら呆れた。
欲しい言葉はこれじゃないはずだ。あやめ自身がそうだったかはわかる。
「櫻様、あやめは一生側にいます」
そうだ。欲しかった言葉はこれだったのだ。
「あやめちゃん!ありがとう」
本当は五朝兄上にして欲しかったことだ。
「あやめはそれが一番嬉しいです」
でも、いまとなっては叶わぬ夢。
櫻とあやめは抱き合った。
まるで、して欲しいことをしてくれなかった家族に見せつけるように。
それから、いくらか泣いて、ようやく静まったころにゆりがきた。
「櫻姫様、あやめ様、できたようです。春をお呼びできますか?」
「はい!」
2人は顔を見合わせた後、櫻が大きく返事をした。
「櫻様、応援してます」
「ありがとう」
櫻が春を呼ぶと、一時新緑に染まっていた木たちは桜色に染まり、春風がきた。
「あやめちゃん、どうだった?」
「櫻様、完璧です」
あやめは自分の思うままに櫻を褒めた。
「櫻、ありがと」
朝日が言った。その言葉には深い意味が隠されているようだった。しかし、誰も言及しなかった。
櫻と朝日は仲良くなり、また会おうと約束してから櫻とあやめは去った。
春の力を持つ少女と従者はどこにでも春を呼ぶため訪れる。
今回は櫻ちゃんも一部漢字にしないと「・」を上につけられなかったので、一部漢字になっているのも櫻ちゃんです




