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追放された侯爵令嬢は、二度目の断罪の場で元婚約者を論破する。~賢い悪女は、辺境で資源と市場を独占し、落ちぶれた王国を見捨てる~

作者: くまくま
掲載日:2025/10/31

侯爵令嬢レティシア・ノワールは、その日、人生で二度目の『断罪』の舞台に立っていた。


 一度目は、三年前。ルイス王太子殿下の卒業記念夜会。わたくしが乙女ゲーム『虹色のロマンス』の悪役令嬢に転生していることを知ったのは、その直前だった。殿下が清純な伯爵令嬢セシリアの手を取り、「貴様との婚約を破棄し、辺境に追放する!」と高らかに宣言した瞬間、わたくしは前世の記憶を思い出したのだ。


 あの時、わたくしは運命シナリオに抗うことを選ばなかった。 「畏まりました、殿下。わたくしの愚かな行い、心より反省いたします」


 誰もが呆気にとられる中、わたくしは深く優雅に頭を下げた。傲慢な悪役令嬢は、自らの破滅の運命フラグを最短で回収し、辺境の不毛な領地へ追放されるという『ボーナスタイム』を獲得したのだ。わたくしには、この世界が崩壊へと向かっている未来が、前世の記憶として見えていた。


 ―――この国は、あと数年で『魔力資源の枯渇』により、経済破綻する。


 旧態依然とした貴族の支配、腐敗した中央集権体制。わたくしが手を下さずとも、この国は自壊する運命にあった。悪役令嬢として断罪されることで、わたくしは自らの命を救い、そして王国の崩壊から距離を置くという『賢明な投資』を行ったのだ。


 そして今、二度目の舞台は、その追放先である辺境の地――『霧の領地』。


 三年前は荒涼とした岩山と湿地帯だったこの場所は、わたくしの知恵と、持ち込んだわずかな私財、そして何よりも『契約』に基づいた住民の努力によって、全く新しい工業都市へと変貌していた。


「レティシア・ノワール。我々は、貴様の、この『ノワール領独立開発公社』の解体を要求する!」


 ルイス王太子殿下は、三年前と同じように、傲慢に声を張り上げた。隣には、以前よりも自信に満ちた顔のセシリアがいる。だが、王太子の顔色は優れず、その瞳の奥には焦りと恐怖が宿っていた。


 王国の状況は、わたくしの予見通りだった。魔力資源は枯渇し、魔導具は機能停止。経済は大混乱し、貴族たちは没落。王都は、三年前の華やかさを失い、ルイス王太子の威厳も地に落ちていた。


 わたくしが追放された『霧の領地』は、中央から「不毛の地」と見捨てられていた。しかし、前世の記憶を持つわたくしには、この地の湿地帯の奥に埋蔵されている『魔力を持つ特殊な泥炭ピート』の存在を知っていた。


 これは、次世代の魔導具の燃料となる、極めて高効率なエネルギー資源だ。


 領地に到着したわたくしが最初に行ったのは、『身分を問わない実力主義』の徹底だった。


「貴族の身分は、この地では何の価値も持たない」


 わたくしは、住民たちを集め、宣言した。


「わたくしは、この地の『最高経営責任者(CEO)』として、ここに眠る資源を掘り起こす。必要なのは、貴方たちの労働力と、わたくしの『知性』だ」


 かつての侯爵令嬢は、レースの手袋を外し、重い書類にサインを重ね、領地を『株式会社』として再構築した。わたくし自身は一株も所有せず、全株式を労働力や技術を提供した住民に配分。これが、ノワール領独立開発公社の『資本』となった。


 古い王国の貴族は、血筋と権力で全てを支配しようとしたが、わたくしが持ち込んだのは『市場経済』という新しい権力だった。


「労働の対価は、貴族の施しではない。契約と株による正当な権利だ」


 わたくしの指示は正確だった。湿地帯の排水ルート、泥炭の採掘・乾燥・圧縮技術。全て、前世の記憶にある工学知識に基づいていた。


 数年で、『霧の領地』は『ノワールの工業都市』として生まれ変わった。住民たちは貧しさから解放され、その顔には労働と富がもたらした誇りが満ちていた。


 そして今日、王太子一行は、わたくしの領地で、その現実を突きつけられていた。


「貴様は公金横領の末、追放された身だ!その資金で、この魔力泥炭の採掘権を得たのだろう!直ちに、この資源を王国の管理下に置け!」


 王太子は吠えるが、彼の言葉には何の力もなかった。


「殿下、いいえ」


 わたくしは、純白のドレスではなく、機能的な作業着の上に、ノワール公社のシンボルである黒いジャケットを羽織っていた。


「三年前、わたくしが横領したとされた公金は、当時の王国の総予算のわずか0.01パーセントです。それに対し、わたくしがこの不毛の地で生み出した経済効果は、王国の年間予算の三倍に達しています」


 わたくしは、王太子が持ち込んだ書類を、一瞥しただけでテーブルの端に押しやった。


「そして、この領地が独立公社として機能する上で、わたくしは一円たりとも王国の資金を投入していません。全て、労働者である住民の『株式資本』で成り立っています。殿下が何を要求されようと、それは『公社の私有財産』に対する不当な『強奪』であり、この地の住民に対する『暴力』です」


 ルイス王太子の顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まった。


「黙れ!貴様は、かつての婚約者である私の慈悲で生かされている身ではないか!」


「慈悲、ですか」


 わたくしは、初めて王太子を正面から見据えた。彼の隣にいるセシリアは、もはや純粋なヒロインではなく、わたくしの地位を奪いながらも国を救えなかった『偽りの聖女』の顔をしていた。


「殿下。貴方は、わたくしを断罪することで、この国の『未来』を手放しました。貴方は、公私混同の『感情的な判断』を下し、わたくしは、論理的な『戦略的な撤退』を実行した」


「その結果が、今です。貴方は、わたくしが婚約者であった当時、何度も忠告した王国の財政危機を無視し、セシリア嬢の非現実的な夢物語にうつつを抜かし続けた。わたくしが横領したとされる0.01パーセントの公金が、王国の破滅を防げたとお思いですか?」


 わたくしが突きつけたのは、悪役令嬢の意地や恨みではなく、揺るぎない知性と論理だった。


 「わたくしが悪女として断罪されなかった未来」を、ルイス王太子は今、心底後悔しているだろう。わたくしが悪女を演じなければ、彼はわたくしの進言を聞き入れ、王国の崩壊は避けられたかもしれないのだ。


 ルイス王太子は膝から崩れ落ちそうになったが、そこで一人の男が、わたくしの隣に立った。


「ルイス殿下。これ以上の交渉は、無意味でしょう」


 隣国の魔導工学者にして公爵家嫡男、ゼイン・アストリア。彼は、ノワール公社最大のビジネスパートナーであり、わたくしが持つ技術の真の価値を理解している人物だ。


「ノワール公社は、我が国の技術と資本を導入し、更にその『株式』の一部をわが国が保有しています。貴国が公社に手を出すことは、我が国に対する『宣戦布告』と見なされますよ」


 ゼインの言葉は冷徹だった。ルイス王太子は、自国で最も優秀な人材レティシアを追放した結果、その富と力を隣国に明け渡すという、最悪のざまぁを突きつけられたのだ。


 ルイス王太子は、その日の交渉を放棄し、失意のまま王都へと帰っていった。彼の背中は、三年前の傲慢な姿とはかけ離れた、哀れな敗者のそれだった。


 夜。ゼインが、執務室で書類を整理するわたくしに、一輪の黒薔薇を差し出した。


「レティシア嬢。あなたは、古い世界を壊し、新しい世界を築き上げました。あなたが王都で悪女を演じていた時、私はあなたを『策略の魔女』だと恐れていました」


 わたくしは、黒薔薇を受け取った。その黒い花びらは、わたくしの黒髪と、かつて『アマルテの黒真珠』と呼ばれたイヴ・アストリッドを連想させた(前世の知識がそう告げていた)。


「ですが、この地で見たあなたは、誰よりも知性に溢れ、住民から敬愛される『真の統治者』です」


 ゼインは、わたくしの目をまっすぐに見つめた。


「私は、あなたに改めて求婚します。我が国に来て、共に世界の産業を支配しませんか。あなたの知性は、王家の血筋よりも、私にとって遥かに価値がある」


 わたくしは、静かに笑った。ルイス王太子からの再度の求愛を拒絶したばかりだ。だが、このゼインの求婚は、『私自身』ではなく『私の能力』に向けられた、最高の賛辞だった。


 「婚約破棄後の再起」というテーマは、もはや単なる復讐ではない。


 それは、古い価値観に縛られた世界からの『知的な独立』であり、『悪役令嬢としての誇りの解放』だった。


「ゼイン公爵。わたくしの知性は、安売りするつもりはありません」


 わたくしは、ゼインの差し出した手を、優雅に、しかし力強く握りしめた。


「わたくしは、あなたの『対等なビジネスパートナー』として、この新しい世界を共に築き上げましょう。そして、わたくしを『商品』ではなく『資本』として扱ってくれる貴方には、それ相応の『利益』をもたらすことをお約束します」


 こうして、侯爵令嬢レティシアの物語は、悲劇的な破滅ではなく、知性に満ちた新たな事業の始まりを告げるのだった。

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