巫女の血縁
ルーク=ウレイアは、夢を見ていた。
幼馴染の少女、エレナ=ルクウィッドが、
さらわれる寸前の夢だ。
踊り終えた彼女が、手を差し伸べた。ルーク
がその手を取る。が、いきなり現れた謎の男に
よって、二人は引き裂かれた。
「精霊の巫女はいだだいていく!!」
「エレナを返せ!! このやろう!!」
ルークの攻撃は当たらない。エレナの悲鳴がその場に響く。
「ルーク!!」
「エレナー!!」
「エレナ!!」
夢の中でルークが叫ぶ。実際にも叫んでいたらしく、
起き上った瞬間、そばにいたアンジェが
きゃっ、と声を上げた。
「大丈夫ですか、ルーク」
心配そうに彼女は言った。とっさに手を握っていたことに
気づき、ルークが赤くなって謝る。
「ご、ごめん、アンジェ」
「いいのです、ルーク。顔色が悪いですが大丈夫ですか?」
「平気だよ。起こしちゃったか?」
「いいえ。精霊はよほどのことがない限り、眠りませんから」
ルークは手を離した。寝癖のついた髪をてぐしで整え、ベッドから
降りる。隣で寝ていたエレナの弟、ビショップが小さく身じろぎした。
彼らが今いるのは、ログハウスのような家だっだ。
アンジェが、この前のように、何もない空間から出したのだ。
家具も揃っていて、かなりすごしやすい。
「ルーク、眠らないのですか?」
「ちょっと頭冷やしてくる」
ルークはアンジェに笑いかけ、外に出た。眠れるわけがない。
あんな夢を毎夜も見ているのだ。
理由はわかっている。自分が、あの時なんでエレナを守れなかった
のか、と自分で自分を責めているからだ。
わかってるけどーー。
ガンッとルークは樹の幹を殴りつけた。何も起こらない。
自分の手が痛くなるだけだ。
「エレナ……」
彼女が落とした、百花白蓮の髪飾りを取り出し、
ルークはここにいない彼女のことを思った。
その頃、エレナはーー。
やはり眠れぬ夜を過ごしていた。
ルークに会いたい。声を聞きたい。話したい。
その思いが、悪夢となって現れていた。
ルークが別の女性と楽しく話している夢だった。
「ルーク……」
エレナが顔を手で覆った、その時だった。
「エレナちゃん、どうしたの?」
扉が開き、ここの住人、ステラ=ワイズがやってきた。
白くて可憐な花を抱えている。それは、百花白蓮だった。
本物を見るのは、初めてだ。
「ステラ、さん……」
涙でにじんだ目をこすり、エレナは無理に笑った。
この人とは、少し話しにくい。なぜなら、
嫌な思いをさせてしまったからだった。
「昨日は、ごめんなさい……」
「いいのよ。もう終わったことだから。今日は、もう一人連れて来て
いるのよ、エレナちゃんに紹介するわね」
ステラの後ろから、幼い少女が顔をのぞかせていた。くりくりとした
チョコレート色の目と髪。かわいらしいが、青白い肌の子だった。
「ぼくはジゼット=ブラック。ここの庭番をやってる。あんたも、
精霊の巫女なんだって?」
睨むように見られ、エレナはひるんだ。強い眼光が彼女を貫く。
「これ、ぼくの好きな花。仲良くしよう」
「え……?」
「ヤなの? ぼくのことキライ?」
「ジゼット!! あんたの目は誤解を招きやすいのよ。……
ごめんね、エレナちゃん。この子、これでも歓迎してるのよ」
「これでもってなんだ、ステラ!! ぼくはちゃんと歓迎してるぞ!!」
エレナは小さく笑い、ステラたちから花を受け取った。
ジゼットが上目づかいで見てくる。
「眠れないんだろ? この花の匂いかぐと、良く眠れるよ」
幸せな気持ちになりながら、エレナはルークはどうしているんだろう、と
考えるのだった。
開けない夜はない。眠れないルークをあざ笑うように、まぶしい朝日が
差し込んでいた。ルークはあくびをかみ殺しつつ、ビショップを軽く叩いた。
「おい、朝だぞ!! 起きろ!!」
「あえっ? お姉ちゃん、もう朝」
「お姉ちゃんじゃねえよっ!!」
哀れなビショップは、ベッドから蹴り落とされ、すっかり目が覚めたのだった。
下に降りてみると、異臭があふれていた。
台所からだ。そういえば、さっきアンジェはいなかった。
二人が駆け付けると、泣きそうな顔の彼女が台所を片づけていた。
「ご、ごめんなさい。私、料理って初めてで」
お姫さんだもんな、とルークは思った。
「俺が変わるよ。俺一応できるから」
「ルーク、料理できたの?」
「ああ。何も考えなくていいから、よく作ってたんだよ」
ルークは手際よく料理を始めた。
数分後、さっきとはうってかわって、いいにおいがあふれる。
焼き立てふわふわのパンに、とかしたチーズやマーマレード、
イチゴジャムなどが添えられている。
チキンスープもおいしそうだった。
「すごくおいしいですわ、ルーク」
「うわあっ!! おいしいっ!! エレナお姉ちゃんと
おなじくらいおいしいかも」
「エレナの名前を出すな!!」
かっとなってルークが怒鳴った。
「ごめん……」
ビショップがしゅん、となる。そんな自分が嫌になり、
ルークは何も食べずに、家を飛び出した。
アンジェたちも追ってきた。
「ついてくるなよ!!」
「おちついてください、ルーク。悩みがあるのなら、
わたしたちに話してください」
「そうだよ、ルーク!!」
「うるさいっ!!」
うるさい。うるさい。うるさい。うるさい!!
ルークは顔は怒っていたが、心では泣いていた。
「何がわかるんだよ、お前らに何がわかるんだよ!!
お前らに俺の気持ちなんてわかる訳ないっ!!」
「ルークッ。わたしたち、仲間じゃないですか!!
どうして、そんなことを言うのですか」
アンジェの目が泣きそうに潤んでいる。今にも泣きそうだ。
泣かせた。自分が。アンジェを。
心の奥底では、やめろと警告を発している。
今すぐ口を閉じろと。が、ルークは怒りのままに行動した。
「仲間なんかじゃないっ!! あんたは、ただ、エレナが、
精霊の巫女が必要なだけじゃないかっ!! 利害が一致するか
ら行動を共にしてるんだろ!!」
「っ!!」
ついにアンジェの目から真珠のような涙がこぼれおちた。
「ルーク……」
言いたいことを言いきると、頭が冷え、ルークはさっきの言葉を
後悔した。謝ろうと口を開く前に、頬に痛みが走る。
ぱあんっとすごい音がした。
一瞬、ルークは何をされたかわからなかった。
あのビショップが、いきなり頬を平手打ちしたのだ。
エレナの弟にしては、かなり気弱なビショップが。
「いつまでも、ぐだぐだぐだぐだ悩んでんじゃないよっ!!
言いたいことがあるなら、はっきり言って、やつあたりなんかするなっ!!
一人で悩んでばっかいるから、爆発するんでしょ!!」
ルークはビショップの気迫に負け、後退した。
ぎらぎらと怒りできらめく目は、エレナのそれとそっくりだった。
「ってお姉ちゃんなら言うよね? ルーク」
うううっとルークが小さく唸った。
「俺、初めてお前の事エレナの血縁だって思ったよ」
「へへへ、似てたでしょ。早く、アンジェに謝りなよ」
わかってるよ、とルークはため息をついた。
「アンジェ、ごめん。あれ、本音じゃないから。嫌な夢を
見て、イライラしてたんだ」
「やっと言ってくれましたね。よかったです、本音ではなくて。
私たち、仲間ですよね?」
さっきより晴れやかな顔で、ルークはうん、と呟いた。
ルークの悩み、苦しみを書いてみました。アンジェたちともっと仲良くなります。
やっぱりこういうのは難しいですね。