精霊の巫女の秘密
エレナ=ルクウィッドは、何者かに
さらわれ、謎の城の一室に幽閉
されていた。窓の外はかなり高く、
落ちれば死か大けがが待っている。
それでもエレナは考えた。
高価そうなカーテンや、白い丸テーブル
にかけられたシルクの布をひっぺがし、
それでも足りないので、クローゼットに
入っていたドレスを勝手に拝借し、ようやく
綱上につないだものができあがった。
窓を開け、慎重に綱をおろそうとした、
まさにその時だった。
「なにをやっているの、あなた!!」
いきなり鍵のかかっていたハズの扉が
開き、きれいな銀髪の娘が入ってきたのだ。
彼女は慌てて食事の乗った銀盆を置き、
エレナを後ろからはがいじめにした。
「はなして!! はなしてよ!!」
エレナはじたばたと暴れた。が、娘の
力は緩まない。かなりの力がこもっていた。
「ここからは出れないわ!! 死んでしまう
のよ!!」
娘は一旦片手を離し、部屋に置いてあった置物の
ひとつを掴むと、窓の外に放り投げた。
とー
バチッと電撃が走り、それは焼き焦がされた。
少しの塵も残らない。エレナは青ざめた。
体から力が抜け、へたり込む。
「な、なにこれ・・・・・・」
「結界が張ってあるの。前に同じことを
しようとした人がいたから、あの方が
張ったのよ」
「あの方?」
彼女の藍色の目が曇った。まるで曇天の空の
ような印象を受け、エレナは目をそらす。
引き込まれそうなほど、きれいな目だった。
「私は、あの方の名前を教えていただいて
ないの。ごめんなさいね」
「いえ、わ、私こそ、ごめんなさい」
ようやく彼女の手は離された。窓を閉め、置いてあった
銀盆をエレナに差し出す。
「これ、食事よ。食べてね。・・・・・・・あ、それと、
ここにあるものは自由に使っていいからね。」
「あ、あの・・・・・・ここからは、出れないの?」
「まだ駄目だと思うわ。〝適合〝するまでは、私たちも
あなたを自由することができないの」
頭を下げ、娘は出て行こうとした。
エレナが呼びとめる。
「あ、あの!! あなた、名前は?」
娘は驚いたように藍色の目を見張った。
「ステラよ。ステラ=ワイズ。あなたは?」
「エレナ=ルクウィッドです」
「エレナちゃんね。よろしく」
笑顔になり、娘ーステラは、部屋を出て行った。
かちゃり、と鍵のかかる音が響く。
逃がしてくれる気はないらしい。
そんなに甘くはないか、とエレナは舌打ちした。
でも、悲観していてもはじまらない。
「ルークが迎えにきてくれるまで、がんばるわ」
ぐっとこぶしを握り、エレナは着替えるために
クローゼットを探り始めた。
その頃、ルーク=ウレイアは。
エレナの弟、ビショップとともに、精霊の姫・アンジェ
の説明を受けていた。
「いいですか、ルーク。その剣は、精霊の剣。精霊たちの
力がなくては、意味がありません。まずは、つかの部分を
みてみてくれますか?」
ルークは銀色の剣のつかに注目した。十二個の小さなくぼみ
のようなものがある。そのうち、二つだけに、小さなキラキラ
した宝石がはめてあった。金色と緑色のやつだ。
「これは精霊に認められた証です。この場合は、サジテールと
ベリエですね。全員を認めさせないと、あの男は倒せません」
「アンジェ、ジェモーの場合はどうするんだ? あいつら
双子だろう?」
「良い質問ですね。ジェモーは両方に認められないと、
この宝石ー〝プリュネル〝は、つきません」
「わかった」
それから、アンジェはちいさな弓を出し、ビショップに渡した。
「あなたにはこれを渡しておきますよ。精霊の弓です。
剣よりは威力は弱いですが、ルークの補助くらいはできますよ」
「わあ、ありがとうございます!!」
澄み切った緑色の瞳が輝いた。銀色の弓を手に取った彼は、
はしゃいでひっくり返したり、構えてみたりし始めた。
ビショップの弓にも、十二個のくぼみがあった。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、と〝プ
リュネル〝の数を数えている。
彼の弓には、ベリエ・サジテール・ポワソン・ジェモー・ヴェルソー
・カンセールに認められた証があった。
緑色、金色、水色、黄色、青色、緋色の宝石が一斉にきらめく。
「うわっ!! 俺のより、ビショップの数の方が多い!!」
「彼は精霊の巫女の血縁ですからね。エレナならば、一度で
全員のものを取れたと思いますよ」
ルークは落ち込み、半泣きになっていた。
「俺、才能ないのかなあ」
「ルーク、そんなことはありませんよ。その剣は、あなたを
選んだのです。あなたに才能がなかったのならば、その剣は
抜けなかったでしょう」
ビショップがじろりとルークを睨んだ。
「お姉ちゃんに、卑屈になるのは駄目だっていわれたでしょ」
「う・・・・・・。ごめん・・・・・」
前途多難な勇者は、小さくため息をつくのだった。
その頃、エレナはー。
比較的動きやすい、チョコレート色のドレスに着替え、食事を
取っていた。かなり豪勢なものだ。今まで食べたこともない
味に、彼女は目を輝かせたが、同時に太るかも、と落ち込んだ。
贅沢な悩みである。
今日のメニューは、鶏肉のクリーム煮に、何の肉かわからないが、
肉が入った野菜スープ。名前がわからないけどおいしい魚の焼き物。
ふわふわに焼きあがったパン。鳥の丸焼き。サンドイッチに焼き菓子
、熱いお茶まである。
お腹がいっぱいになり、腹ごなしに体を動かしていると、ステラが
再び入ってきた。
「食器を取りに来たわ、エレナちゃん。味はおいしかった?」
「ステラさん!! とってもおいしかったです。これって、ステラ
さんが作っているんですか?」
「違うわ。私は、新しく来た精霊の巫女の世話係なの。料理を作るの
は、別の子の役目よ」
「ここって、たくさん人がいるんですか?」
「ええ。何年か前から、精霊の巫女たちが来ているのよ」
精霊の巫女ってなんなんだろう。エレナはそう思ったが、ステラの顔が
ひどく悲しそうなので、口をつぐんでしまった。
ルークはビショップとともに、初の戦いに挑んでいた。
敵は、一番弱いといわれている、ハルピュイア、鳥の羽根を持つ女の
顔をした魔物だった。ビショップは難なく弓で倒しているが、ルークは
飛び回る敵に翻弄されていた。この敵は、弱いのだが、ひどく素早いのだ。
「め、目がまわるうううう」
周囲をぐるぐるとまわられ、ルークはその場に倒れこんだ。
アンジェが目を手で覆い、見守っていた十二精霊が、あきれたような顔に
なっていた(約三名を除く)。
「けけけっ。愚かだなあ、この勇者」
リオンがおかしそうに笑った。
「ルーク、がんばって!!」
敵を倒しながらビショップが言う。ハルピュイアにも笑われ、腹を立てた
ルークは、ぎゅっと剣を握った。
「調子に乗るなよ、こいつ!!」
ルークが振り回した剣が、バカにして下の方にいたハルピュイアの羽根に
あたった。ぎゃあっと絶叫が響く。一体が消滅した。
「あ、初めて倒しましたわ」
ヴェルソーの目が大きく見開かれた。一瞬だけ、チカッと青色の石が光った
が、すぐに消えてしまった。
少し、ヴェルソーは感心したらしい。
最後の敵をビショップが倒し、戦闘が終わった。
「やりましたね、ルーク!!」
「初めてにしては、筋がいいと思うよ!!」
アンジェとビショップにほめられ、ルークは赤くなった。
休憩しましょうか、とアンジェが言い、何もない空間に手を入れた。
何かを探すような動作の後、彼女は風変わりなものを取り出した。
白い粉のような、雪の様な小さな結晶だ。
「マナという、食べ物です。甘いですよ」
恐る恐る二人は食べてみた。すごく甘い。幸せな気分を感じさせた。
「なあ、アンジェ」
マナを食べながらルークが聞いた。
「なんですか?」
「精霊の巫女って、なんなんだ? あいつは、エレナに何を
させようとしているんだろう?」
「精霊の巫女は、世界の理を知る者です。・・・
・・・それ以上は、今は言えません。精霊界での理屈はそうですが、
人間は違ったようなのです」
「違うってなにが?」
「人間は、愚かなことをしたのです。恐ろしい、恐ろしいことを、
独自の偏見でしたのです・・・・・・」
青ざめた顔で、アンジェは語り始めた。
同時刻。エレナは、陶器の花瓶の水を替えに来たステラに、とうとう
こらえきれずに聞いてしまった。
「精霊の巫女ってなんなの!?」
ステラは一瞬ためらったが、彼女には知る権利があると思ったらしく、
口を開いた。
「あの方は、世界の理を知る者と言っていました。けれど、私たちの
村では、精霊祭は、生贄の儀式だったのです。村の生き神とするための、
人身御供の儀式・・・・・・」
「そ、そんな、じゃあ、私の村の儀式は間違いなの!?」
エレナは青ざめた。生贄、生き神、人身御供、その言葉が、ぐるぐると
頭の中で回転を始めていた。
「あなたたちの村では、どうだったの?」
「巫女が祭壇でまず一人で踊り、それからパートナーとダンスを
するのよ。そうすれば、村が繁栄するって」
「私の場合はね、きれいな衣装を着て、踊るのは、思い出作りらしい
のよね。その後、好きな相手と踊り、生涯最初で最後のお酒を飲む。
その中には、強力な睡眠薬が入っているの。そして、埋められる」
「・・・・・・!!」
「私は死にたくなんてなかった。なのに、村人たちは私を責め立てる
のよ、もう死にたいと思うほど、ね。拷問にかけー」
「やめて・・・・・・。もうやめて!!」
聞きたくない、とエレナは耳をふさいだ。精霊の儀式は、ただ楽しい
だけだと思っていた。なのに、こんなにひどいものだっただなんて。
こんなに、悲しいものだったなんて。
「人身御供だってえ!?」
アンジェの言葉を聞き終わるなり、ルークはギョッとなってわめいた。
ビショップは青ざめて震えている。もし、本当に今の通りのことが、
村で行われていたなら、エレナは死んでいたのだ。
「昔のことです。今は廃止されているでしょう。・・・・・・
エレナがさらわれた城には、心に傷を残したものが大勢います。
もうすぐ死ぬところを、彼に救われたものもいるのです」
「じゃあ、いいやつなんじゃん」
「違います!! あの男は、自分のことしか考えていないのです。
自分の利益のために彼は、女たちをさらったのです!!」
それ以上は、アンジェはいくら聞いても教えてくれなかった。あの男
の目的も、エレナがさらわれた訳も、あの男の正体さえも。
前回エレナの出番が少ないので、もう少し増やしてみました。ルークはまだまだ
ですが、少しずつ強くしていく予定です。