元精霊の巫女の旅立ちと精霊の巫女の救出
精霊王と、エレナの体に宿った
カトレイアはしばらく抱き合っていた。
ルークは彼女自身ではないと頭では
分かっていたけれど、ショックのあまり
口もきけない状態だった。
と、いきなり精霊王がふらつきながら
彼女から身を離した。
彼女の手には、血がついたナイフが
いつの間にか握られていたのだ。
カトレイアの目に涙がたまっていた。
「ごめんなさい、こうするしか……
こうするしかなかったの!!」
悲痛な叫びがその場に響き渡る。
ナイフから垂れ落ちた鮮血が、
ぽたりぽたりと雫を作った。
「カトレイア……」
「来ないで!!」
なおも近づこうとする精霊王に、
カトレイアは悲鳴のような声をあげて
ナイフを振りまわした。
精霊王は衝撃を受けたように手を止める。
カトレイアはそんな彼をキッと睨みつけていた。
「裏切るのか、カトレイア……」
「裏切ったのはあなたよ!! わたしは言ったわ!!
村の人達を殺すのをやめてって!!
それに、私は一度だって生き返りたいなんて言ってない!!
どうして分かってくれないの……!!」
カトレイアは血のついたナイフを放りだすと、
その場に泣き崩れた。精霊王は動けない。
代わりに、アンジェが彼女に近づいていた。
「もういいです。あなたは休んでいてください」
「でも……!!」
「愛した人を殺すのは褒められたことではありませんわ。
ここは私たちが決着をつけます」
カトレイアは最初あらがったが、優しい声でアンジェに
声を掛けられて大人しくなった。
カトレイアは、まだ精霊王を愛している。
村の人間を殺されても、彼女は彼を嫌いきる
ことができなかったのだった。
「アンジェも下がっててよ。ここは俺達がやる」
「いえ、兄を止めなれなかったのは私の責任です」
「僕達が、兄妹が戦うのを見たくないの!!」
「そうよ!! 恋人同士が戦うのも、兄妹同士が
戦うのも褒められたことじゃないわ!!」
アンジェは最初一緒に戦おうと思ったらしいが、
ルーク、ビショップ、カストルに止められて断念した。
ルークは〝精霊の剣〝をしっかりと精霊王に向けている。
一番先に動いたのはカストルだった。
籠手のついた腕を振りまわし、精霊王に攻撃を見舞う。
しかし、精霊王は余裕の表情でそれをかわした。
悔しげな顔をしながらカストルが後退する。
「次は僕だよ!! ミストラル(鎌鼬)!!」
ビショップは双子のジェモーの力を借りて魔法を使った。
ジェモー達が心配そうに見守る中、風の刃は精霊王の
マントの端だけを傷つけた。
精霊王は彼らを完全に侮っているのだろう、
自ら攻撃を仕掛けもせずあざ笑っている。
ルークは彼を睨みつけると、いきなり
剣を構えたまま飛びかかった。
「うわあああああああああっ!!」
悲鳴じみた気合の声と共にルークは剣を叩きつける。
それは精霊王に軽く防がれてしまい、突き飛ばされた
ルークはその場をごろごろと転がった。
(強い……!!)
ルークの脳裏にアンジェの言葉が蘇った。
〝彼はカトレイアを生き返らせるために
命をかけようとしています〝
彼が強いのは、彼女のために命をかけて
頑張っているからだろう。
「だけど、俺だってエレナを想う気持ちは負けない!!
あんな奴に、エレナを好き勝手にされてたまるか!!」
ルークはキッと精霊王を睨みつけた。
精霊王が本気なように、ルークも本気で命を
かけて彼女を取り戻したいと思っていた。
そのためならば、死んでも構わない。
「皆、俺に力を貸してくれ!!」
双子の風の精霊ジェモー、闇の精霊リオン、海の精霊ポワソン、
水の精霊ヴェルソー、炎の精霊スコルピオン、大地の精霊カプリコルヌ、
根源の精霊バランス、月の精霊ヴィエルジュ、大樹の精霊ベリエ、
太陽の精霊サジテール、星の精霊カンセール、守護の精霊トロー。
全ての精霊がルークの〝精霊の剣〝に力を与え始めた。
精霊王は嘲笑をやめて睨むようにルークを見ている。
「どうか、精霊王をお止めください」
「アンジェ様の泣き顔は見たくないしな!!」
「……仕方ねえな。力貸してやるよ」
「頑張ってくださいねルーク」
「あなたならばできます」
「やっちゃえ~!!」
「お前の気持ち信じたぜ~」
「精霊王は強いぞ。あなどるな?」
「あんたならできると信じたから
力を与えたんだからね!!」
「……ルーク、ならできる……」
「頑張りなさいよルーク!!」
「……力は貸した。後は、
お前の頑張り次第だ」
「しっかりしなさいよね!!」
精霊たちは応援したり叱咤激励
していたりしていたが、やがて
姿が見えなくなった。
ルークの剣は全ての精霊の力で
虹のように眩くきらめいている。
カストルとビショップは、すでに
攻撃しようと精霊王に迫っていた。
ルークに注目していた彼は、
二人の攻撃をかわすのが遅れる。
「くらいなさい!!」
「僕達だってもう負けない!!」
カストルの拳が精霊王のわき腹をえぐる。
続いて、ビショップの放った矢が彼の足に
命中して動きを鈍らせた。
「ルーク今!!」
「今だよルーク!!」
「分かった!!」
ルークは精霊王に向かって剣を構えていた。
精霊王は彼の攻撃をかわしそうとしたらしかったが、
背後からアンジェがはがいじめにした。
「離せアンジェ!!」
「離しません!! 絶対に!! たとえ、
一緒に殺されたって構いません!!」
カトレイアも、体がエレナのものでなければ
同じことをしただろうとアンジェは思った。
カトレイアの目は決意を秘めて輝いている。
「闇を祓はらいいし力となれ!!
浄化の光、百花乱舞!!」
剣気が精霊王の背後に駆け抜けた。
彼は悲鳴のような声をあげてうずくまり、
アンジェはその場に膝をついた。
「負け……た、のか……」
精霊王の口から血が垂れ落ちていた。
精霊を統べる王でありながら、恋しい人の
面影を求めて穢れてしまった彼は、
浄化の力を前に敗れたのだった。
「兄さん!! 兄さん!!」
アンジェが涙をこぼして泣きじゃくる。
ルークも、ビショップも、カストルも
思わず動きを止めてしまった。
静寂の中、アンジェがただすすり泣く
声が響き渡る。と、動いたのはエレナの
体にその魂を宿したカトレイアだった。
「お姉ちゃん!!」
「……カストル。二度も、私の死を
見させてしまってごめんね。
私は彼と共に行きます」
カストルの声に反応した彼女は、生きていた頃と
同じ姉の表情で彼女の髪を撫でた。
カストルが目から涙をこぼし、慌てて
ビショップが彼女を抱き寄せる。
「随分と待たせてしまったわね、クラウン」
クラウン、と昔の名前を呼ばれた精霊王は微かな笑みを浮かべた。
ようやく、と発した声はカトレイア以外には聞こえなかった。
「さあ、行きましょう。今度は、一緒に」
「ああ。ずっと、この時を、待って……いた……」
カトレイアが精霊王の手を取る。
精霊王は心からの笑みを浮かべながらその手を握り返した。
そこで、ルーク達は初めてカトレイア本人の姿を
見ることができた。カトレイアの魂が、精霊王の魂の
手をしっかりと取って天へと登っていく。
魂が抜け出たエレナの体は、がくりと膝を
折ってルークの方に倒れ掛かってきた。
ルークはぎょっとなって体を受け止める。
「……るー……く?」
「エレナ!!」
今度は本当にエレナだった。
カトレイアの魂が消滅したことで、エレナの
魂はまた自身の体へと戻っていたのだ。
「よかった!! よかったエレナ!!」
「ルーク!! やっぱり来てくれたのね!!
来てくれると、そう思っていたわ!!」
ルーク達はしばらくそのままで抱き合っていた。
勝てないわね、と言わんばかりの顔でカストルがため息をつき、
ビショップはそんな彼女の体を力を込めて抱きしめていた。
ルークがエレナの宝物、百花白蓮の髪飾りを
手渡すと、彼女はまるで花がこぼれるような笑顔になった――。
投稿がまた長く開いてしまって
すみません。今回はルーク達が
精霊王を倒す場面と、カトレイアと
彼がついに天へと昇り幸せに
なる展開を書けました。
今まで見てくださった方、
本当にありがとうございます。
次回のエピローグで
「スピリッツ」もとうとう
終わりになります。
ひょっとしたら、ルークとエレナと
カストルとビショップのその後とか、
新しく精霊王になったアンジェとか、
いろいろ短編か長編を書くかもしれません。
かなり後にはなると思いますが。