精霊の巫女は覚悟を決める
エレナ=ルクウィッドたちは、ショックを隠しきれない
様子で立ち尽くしていた。
手に持っているのは、カトレイアの血のつながりのない妹、
精霊の姫だという彼女が書いたと言う書物だった。
今まで、彼のことなんて知ろうとさえしなかった。
彼に、そんなに悲しい過去があったなんて。
皆黙っていた。
騒がしいミルカでさえも口を開かない。
そんな中、口を開いたのはステラ=ワイズだった。
「とりあえず、食事を取ってしまいましょう。
このままじゃ悪くなってしまうだけだわ」
食事が再会された。だが、誰も食べたくて食べている
のではないのは明らかだった。まるで砂を食している
かのような顔を全員がしている。
ミルカ=ライニオは珍しく文句を言うことがなかった。
黙々と全員は機械的に食事をしている。
その後は、誰も部屋に帰らずに何もしゃべらずに
彼女の部屋ですごしていた。
カチカチと時計の針の音だけが響く。
ミルカはいつの間にか部屋の本棚に並べてあった
お菓子の本を開いて読みふけっていた。
料理好きな彼女にとって、それは心を落ち着かせる
ために必要なものだったのだろう。
ステラは彼女と一緒にその本に見入っていて、
フォンダンショコラの写真を見つけると
それが食べてみたいなどと言っていた。
少しだけミルカの表情が和らぐ。
ステラが本心からそんなことを言ったのではないと、
ミルカはきっと分かっていたのだろう。
エレナ達もそれぞれその本を覗き込んだ。
「僕はこれが食べてみたいぞ!! 焼きりんご!!
すっごくおいしそうだ!!」
ジゼットがきらきらと目をきらめかせて
お菓子の写真を指でつつきはじめた。
それは、よくシナモンを利かせた
焼きリンゴの写真だった。
エレナ、リエンカもそれぞれ食べたい
ものや作りたいものを見つけて少し
笑顔を取り戻したようだった。
「私は、チーズタルトね。
とってもおいしそうだわ」
エレナの白い頬に赤味がさしていた。
脳裏に浮かぶのは、無論思い人である
ルーク=ウレイアの姿だろう。
「リエンカ、これ、食べたい……。
いちじくのコンポート……」
リエンカが選んだのは果物を甘く煮た
コンポートだった。表情は変わらないものの、
口元が若干緩んでいるのが分かり、
ステラがくすくすと笑いだして
全員が笑顔を見せた。
リエンカは何で笑われているのかとかわいらしく
小首をかしげ、それがさらに全員の笑いを誘った。
しかし、楽しい時間はすぐに終わりを告げられた。
リエンカの姿がフッとその場から消えた。
ほぼ同時に、荒々しく扉をあける音が響く。
リエンカがいなくなるのは、あの男、精霊王が
やってくる時だけだった。
リエンカは彼が苦手なのだ。全員の顔から
血の気と笑顔が消えた。
「エレナ=ルクウィッドは、ここにいるか」
エレナを見つめる彼の目には狂気と
喜びが混じり合っていた。ジゼットが
エレナを隠すように前に出る。
ステラ、ミルカも同じように前に出た。
「エレナは、あなたには渡しません」
「あっちへ行けよ!! エレナは、
絶対に連れて行かせないんだからな!!」
ミルカとジゼットから魔力の高まりを感じた。
彼女たちは、精霊の巫女だ。
魔術を操る力、多かれ少なかれ持っていた。
ステラがエレナの手を握る。
その手が震えていたので、エレナは彼女の
手を優しく握り返した。
パチパチと雷が彼女たちの手の中で
大きくなっていく。
しかしーー。
精霊王が手を上げると、それは彼女たちの手の中で
しだいに弱まってついにはしぼんだ。
ぎょっとなり、二人が一歩下がる。
精霊王は逆に二人との距離を詰めた。
「な、何で……?」
「身の程を知らぬ小娘が、私に勝てるとでも?」
ジゼットもミルカも自分の力が彼に劣っている
ことをよく分かっていた。それでも、彼が
誰かの力を打ち消すことまでは予想外だったのだ。
精霊王の白い手がミルカの首にかかる。
ひやりと冷たい手に、なめらかな肌にたじろく
暇さえなかった。ミルカの悲鳴のような声が、
彼女の喉に絡んでかき消される。
それに気づいたジゼットが精霊王に体当たりを
したが、見えない力に突き飛ばされて壁に叩きつけられた。
彼はエレナを見つめながら笑って見せる。
お前が来なければ、この小娘を、殺すと。
温かい心をなくした精霊王は相手が
力ない娘だとしても容赦などしなかった。
「やめて!!」
エレナが悲鳴のような声をあげてステラの手をほどく。
精霊王の手が、止まった。
ミルカは急に空気が入ってきたため、けほけほとせき込んで
その場にへたり込んでしまった。
よろよろと立ちあがったジゼットが彼女に近寄る。
精霊王はエレナを見つめながら立ち尽くしていた。
「彼女たちに手を出さないで!!
私はどうなってもいいから!!」
エレナの怒りを秘めてきらめく瞳に、
悲しげに潤んだ瞳に、彼はカトレイアの姿を見た。
「いいだろう、来い」
エレナは黙ったまま彼の手を取った。
ミルカ達が立ち上がり、彼女を止めようとする。
しかし、精霊王が手を掲げると彼女たちは
動けなくなった。エレナが彼を睨みつける。
「彼女たちに手を出すなと言ったはずよ」
「傷はつけていない、約束はたがえてなどいないぞ」
エレナは自分が死ぬことがなんとなくわかっていた。
彼は、自分の恋人を取り戻すためにエレナを犠牲に
しようとしている、と。
「さよなら、ルーク……」
小声でつぶやいた声は、誰かに届いたのだろうかーー。
エレナが彼に連れて行かれます。
自分の死を悟るエレナ、彼女は
本当に生贄になってしまうのか!!
次回はルーク編に戻ります。
次回もよろしくお願いします。