表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/30

精霊の巫女は男のことを知る

 エレナ=ルクウィッドは、彼が何も

仕掛けてこないことに首をかしげながら、

仲間たちと共に楽しく過ごしていた。

 今日もミルカ作の料理がテーブルに

並んでいて、皆がそれを平らげている。

「うわあ、今日もおいしそう!!」

「当たり前でしょ!!」

「こらこら、二人とも、ケンカをしない」

 エレナが笑顔でそう言い、ミルカ=ライニオが

頬を膨らませ、楽しげにステラ=ワイズがたしなめた。

 ジゼット=ブラックとリエンカは無言で

皿やコップを用意している。

 かなり楽しげな雰囲気だった。

今日のメニューは、とろけるほどにおいしいお肉

を使ったビーフシチューに、ふわふわに焼き上げたパン、

デザートにチーズスフレだった。

 エレナの表情が一瞬だけ陰った。

チーズは彼女の幼馴染で想い人、ルーク=ウレイアの

大好物なのだった。

 エレナはよく彼に差し入れをしていたものだ。

「どうしたの、エレナ? 嫌いなもの、あった!?」

 ミルカの目が潤んだため、エレナは慌てて何でもない

という顔をすると、先陣を切って食べ始めた。

 仲間たちはそれ以上言わなかったので、彼女はホッとしていた。

ビーフシチューも、パンも、そしてチーズスフレも、

悲しげな気持ちを吹き飛ばすほどのおいしさで、

エレナはいつの間にか心から笑っていた。

 ステラも、ジゼットも、ミルカも、リエンカでさえも

少し口元を緩ませていた。食後のアップルティーをたっぷり

と飲み、すっかり満腹になった彼女たちは伸びをした。

「うーん、お腹いっぱい……」

「お昼、何にしようかしら」

「もうお昼ごはんのメニューを考えているの!?」

「楽しみだな♪」

「まだ、食べるの……?」

 彼女が飛び込んできたのは、わいわいと楽しげに話していた

時の最中さなかのことだった。

 否、飛び込んできた、というのは表現として間違っているだろう。

だが、皆はそれほど驚いたためにそういう勘違いをしていたのだった。

 少女は壁をすり抜けてエレナの部屋に入ってきたのである。

「あ、あなたは……!!」

 ステラが目を見開いた。彼女のことを思い出したのだ。

エレナがあの男に何かの検査に連れて行かれた際に、この少女が

彼を止めるようにと言って消えて行ったのだった。

「今、話を聞いていただいてもいいですか?」

「ひゃああっ、お化けっ!!」

「いやああああっ!!」

「幽霊さん?」

 ジゼットとミルカかが悲鳴を上げてエレナとステラに

それぞれ抱きついた。少女の顔が悲しげに曇り、

エレナが彼女たちをたしなめる。

「私は、幽霊ではありません。ですが、似たようなもの、

なのかもしれませんね。私は、入れ物のない魂です」

「み、認めたああああああっ!!」

「いい加減にしなさいっ!!」

 なおも騒ぎ立てるジゼットに、ステラの雷が落ちた。

げんこつも落とされたため、涙目になって黙る。

「あの人を、止めてください。

彼は、とんでもないことをたくらんでいます」

「その前に聞きたいんだけど、彼は誰で、あなたは

何者なの? 教えてくれる?」

 ステラが聞くと、少女は悲しげな顔をすると口を開いた。

「私の名前はカトレイア。生きていた頃は、精霊の巫女でした」

『精霊の巫女!?』

 全員の声がかぶった。精霊の巫女、それはこの場にいる全員に

あてはまることだった。元と現在の差はあれど。

「私の罪は、彼と、精霊王と恋に落ちたことでした。

その時は知らなかったのです。彼は、自分の素性を何一つ

話してはくれませんでしたから」

 彼女の話は、彼女たちを黙らせるには十分だった。

カトレイアはそれ以上は泣きだしてしまって

語ることができず、自分の村に伝わったという

書物を置いて去って行った。


 それは、かなり昔の話。カトレイアが生きていて、

カストルがまだ幼い頃の話。

 村の娘、カトレイアは、誰からも愛される優しい娘だった。

彼女に言いよる男は何人もいたが、カトレイア自身は

まだ恋や愛のことなど分かっていなかった。

 恋に恋するお年頃というやつだったのかもしれない。

彼女は幾度となく誘いや告白、はたまた求婚を断ってきた。

 そんな矢先、出会ったのが彼だった。

黒い髪を腰まで垂らして優しげな顔をした彼に、カトレイアは恋をしたのだった。

 少女向けの小説を読んだときに感じたときめきが彼女の胸に浮かぶ。

彼が精霊王だなんてこと、考えたこともなかった。

 彼が人間ではないことは知っていたが、そんなことはどうだってよかったのだ。

彼も、カトレイアを愛し、二人は恋人の様な関係になった。

「ねえ、あなたの名前は何というの?」

「……俺には、名前は無いんだ」

「名前がないの? じゃあ私がつけるね!!

 あなたは、クラウン。クラウンってどうかしら?」

 それでいいと言ったので、カトレイアは彼をクラウンと呼ぶことにした。

彼の雰囲気は高貴さを感じたので、王冠を現すクラウンという名前にしたのだった。

 彼は名前を呼ばれるたびに笑顔を見せるようになっていた。

ただ、村を出ていってから急に消えてしまうことに疑問を感じない訳では

なかったけれど、カトレイアはわざわざ聞いたりしなかった。

 彼が人間でなくてもいい。彼女は、彼をそのまま愛していたのだった。

でも、そんな幸せは長くは続かなかった。

 村に日照りが起こり始めたのだ。畑はかわいて食物を生み出せなくなり、

村に蓄えられていたものさえもなくなりかけてきた。

 彼らはちゃんと働いていたのに、とカトレイアは思わずには

いられなかった。さぼっていたものなど一人もいなかった。

 なのに、どうして精霊王はそんなことをしたのだろう、と。

そんなある日、村の長がこんなことを言い出した。

「精霊の巫女を、生贄を出せなければならぬ。

若い娘たちの中で選ぶのじゃ」

 若い娘はカトレイアも含めてたくさんいた。

どの顔も、衝撃で青ざめていたのをカトレイアは死んだ

今でも時々思い出す。

 泣きだすものさえも出てきた。

生贄、人柱、名前を変えても、その事実は変わることはない。

 村人のために、選ばれた娘は死ぬのだ。

「私が、精霊の巫女になります」

 だから、カトレイアは名乗り出た。自分は、今まで幸せに

何不自由なく生きてきた、だから、今度は村人が何不自由なく

生きられるように、彼らを、そして愛する妹たちを守る。

 私が、命をかけて守る。

そう言いだした彼女を、村人たちは全員が止めた。

母も父も祖父も祖母も村長も。生贄候補の者たちまでもが止めた。

 唯一止めなかったのは、まだ幼くその言葉の意味さえも知らない

カストルだった。呑気に笑っていてしかられては涙をうかべている。

 入れ替わり立ち替わり彼らはカトレイアを止めようとした。

だが、彼女の意思は変わらなかった。

 村人たちはしまいにはあきらめたのだった。

その日の前日、彼女はクラウンに別れを告げた。

「クラウン、悪いんだけど、私と別れてくれないかしら。

あなたとはもう付き合えないの」

「カトレイア……?」

「もう、私の前に姿を現さないで!!」

 腕を掴もうとする彼に、カトレイアは金切り声をあげて

踵を返した。悲しみに染まった顔を気づかないふりを

して走る。彼が、自分ではなくもっと他の女の子と

付き合うことを望んでいた。

 私なんかよりも、もっと他の人を、と。

しかし、カトレイアは気づいていなかった。

 彼がそこまでカトレイアに執着していたことを。

彼は帰ったふりをして村の中にいた。

 術で姿を消し、彼女を見張っていた。

彼女はきれいな衣装をつけて舞っていた。

 自分ではない男と舞う様子を、彼は

衝撃を受けながらも黙ってい見ていた。

 彼女がお酒を飲み、そのまま棺に入れられるのも。

そこで、彼は初めて動いた。

 棺を開けると、彼女を助けようとしたのだ。

カトレイアは反発した。

「どうして私の邪魔をするの!?

 私の前に姿を現すなと言ったはずよ!!」

「これは精霊王が望んだことではない!!

 彼は、そんなこと望んではいない!!」

「何故あなたに分かるの!?

 そんな不謹慎なこと言わないで!!」

 カトレイアは彼を突き飛ばすと、自ら

つけられた火柱に飛び込んで命を絶った。

 自分が精霊王だということを言わなかった

彼の絶望は、想像に余りある。

 彼は声を殺して彼女の亡骸を抱きしめた。

死んだと言うのに、彼女は笑顔を浮かべて安らかな顔を

していた。しかし、精霊王、クラウンは成仏しかけていた

彼女の魂を現世にとどめたのだった。

「カトレイアを、殺したこの村に制裁を」

「やめて!! 私は自分から死のうとしたの!!

 村を傷つけないで!! やめえええええっ!!」

 彼女の願いはかなえられなかった。

村は、跡形もなく焼き捨てられた。

人も、家も、泣き叫ぶ彼女をよそに燃え尽きた。

 残されたのは、幼いカストルだけ。

クラウンはカトレイアの魂を連れていくと、

その場から姿を消したのだったーー。


「なんて、ひどい話」

 読み終えたエレナはそんな感想を口にした。

緑の目が涙で潤んでいる。

 他の者たちは、口もきけないようだった。

精霊王とその恋人の過去を知ったエレナは、

なんとも言えないような顔でたちつくすのだったーー。



ついにエレナが彼の正体と

過去を知ります。

 茫然と立ち尽くす精霊の巫女たち。

次回もまたエレナ編で話は続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ