精霊の姫は覚悟を決める
ルーク=ウレイアは急ごしらえで作られた
テントの中で料理を作っていた。
いい匂いがその中にたちこめている。
精霊たちに認められたことが嬉しくて、
かなり上機嫌だった。
ビショップ=ルクウィッドと、カストルが
こっそりつまみぐいをしようとして怒鳴られ、
それをくすくすとアンジェが笑っていた。
アンジェは少し具合がよくなったらしく、
人一倍食べては三人をあきれさせていた。
呆れつつも、おかしそうに笑うのだが。
精霊たちは人間界のものは口にできないらしく、
ふわふわと浮きながらただ見ているだけだった。
何故アンジェは人間界のものを口にできるのかと
いうと、〝姫〝と〝王〝だけは特別な存在だからだ。
他のものは人間界のものを口にすれば汚れ
てしまうが、彼らは汚れることなくそのままの存在でいるのだ。
他の精霊たちは一応はルークたちを認めている様子
だが、闇の精霊リオンだけは拗ねたような顔だった。
仕方なく認めたということを隠そうともしない。
でも、三人はそれ以上口を出さずにいた。
アンジェがとがめようとした言葉もさえぎる。
三人には分かっていた。これ以上何か言えば、
彼の機嫌をさらにそこねると。
しばらくは彼のためにも、放っておいた方がいいのだった。
「おーい、できたぜ!!」
『やったあ!!』
「待っていましたわ」
ついにルークの料理が完成し、嬉しそうな声を
上げた二人と、アンジェがすぐにやってきた。
今日の料理は、分厚いハムステーキに、
付け合わせのポテトサラダ、具だくさんのコンソメスープ、
チーズいりのパンがそれぞれ二つずつ。
デザートにはバナナのタルトレットだった。
どの料理もおいしかったので、四人は瞬く間に
それを平らげ、皿はすぐに空になった。
アンジュでは割ってしまうので、
カストルとビショップが皿を洗うことになる。
ルークが皿を拭いていると、隣に立った
アンジェが急に真剣な顔になっていた。
「エレナを、精霊の巫女を助けるためには、
魔法を使いこなせないといけません」
「そうだよな。よし、アンジェ、
稽古付けてくれよ!!」
「私も!! 私もやる!!」
「僕も!! 早くお姉ちゃんを助けたいもん!!」
四人は片付けが終わると、精霊たちを伴って
テントを横に動かすと、そこで稽古をすることになった。
笑みを消したアンジェが三人の前に立ち、
攻撃をしてくるようにと命じる。
「ルーク、カストル、ビショップ。
三人でかかって来なさい。
精霊の力も使い、全力で」
「えっ!? アンジェに本気で来いってこと!?」
「む、無茶だよ、アンジェ!!」
「そうよ、危険すぎるわ!!」
「いいから来なさいッ!!」
アンジェの言葉は有無を言わせない
響きだった。あまりに強い勢いに、
三人は顔を見合せている。
「どうなっても、知らないからなッ!!
来い、バランス!!」
「了解じゃ」
ルークはためらいながらもバランスの力を
剣に宿し、アンジェに飛びかかった。
ビショップとカストルが小さい悲鳴を上げ、
顔を手で覆って目を閉じる。
だが、三人が思ったような結果にはならなかった。
アンジェが手をかがけた瞬間、ルークはバランスとともに
吹き飛ばされ、その場に叩きつけられたのだ。
「うぅっ、な、何で……!?」
二人は異変に気づいて目を開け、そして形成が逆転
しているのを見てぎょっとなった。
ルークは打ち付けた腰をさすりながら、
涙目でアンジェを見上げていた。
アンジェは真剣な顔を崩さず、静かな声で言い放つ。
「本気で来なかったでしょう?」
「ほ、本気でなんていけるわけないだろ!!」
「そんなことで、兄に、精霊王に勝てるのですか!!」
そう怒鳴られて、ルークはアンジェのことを思い出した。
彼女は精霊王の妹、精霊の姫。
「精霊の力だけでは、私には勝てません。
私に勝てないのならば、精霊王にだって勝てないでしょう」
「で、でもアンジェ……」
「安心してください、ビショップ。精霊の力では
私を殺すことなどできません」
それは殺すための力ではないから。
アンジェはそんなことを望んでなどいなかった。
できることならば、話し合いたい。
彼らにそんなことなど強制しない。
もし、殺すのならば、彼の血縁である私が殺す。
止められないのならば、私に責任があるのだから。
「あなたたちは彼を止めるだけでいいのです。
もし、それができなかったら、私が、妹
である私が殺します」
ビショップは顔が青ざめるのをどうすることも
できなかった。アンジュの殺す、と言った顔には
嘘も偽りもない。彼女は本気だった。
肉親を殺すことなど、ビショップは考えたこともなかったのだった。
たとえ、犯罪や間違いを犯しても、殺すなどできなかった。
「アンジェ、殺すのは最終手段だよね?」
ビショップは確認のためにそう言った。
アンジェだって、話し合いを望んでいるはずなのは分かっている。
たった一人の肉親なのだから、悲しくないわけがない。
「ええ、できれば、話し合いだけで終わらせたいと思います。
でも、それはできないだろうということも分かります」
「そんなこと!!」
カストルが叫び声をあげた。
アンジェはさらに言葉を続ける。
「ルーク、あなたは、エレナのために命の危険を冒そうと
しています。ビショップも、カストルも、
大事な人がいたらそうするでしょう。
彼も、そうなのです。カトレイアが生き返るのならば、
命を捨てる覚悟で挑んでいます」
三人は何を言っていいのか分からなかった。
アンジェは最後にこれだけを言うと、稽古を再開した。
「だから、簡単にあきらめるはずはないのです。
あなたたちが、エレナをあきらめないように。
……さあ、来なさい!! 今度は三人で!!」
ルークたちはキッと顔を上げると、
それぞれの武器を構えながら飛びかかったーー。
ついにアンジェの覚悟が決まります。
ルークたちもさらに覚悟を決めて
アンジェと戦います。
彼らはどうなるのか!!
次回は久しぶりにエレナ編に行きます。