巫女の妹は真実を知る
「よせ、カストル!!」
ルーク=ウレイアの声は、カストルを止めることは
できなかった。彼女はただ悲しみのままに突き進む。
目から雫をこぼしながら、感情をそのまま目の前にいる
男にぶつける。男は明らかに驚いた顔をしていた。
カストルに反撃しようとさえしていない。
ルークとビショップ=ルクウィッドは動くことができなかった。
「何で、あいつ動かないんだ?」
「どうしたんだろう……」
カストルの構えたナイフが男の肌を傷つけた。
そのまま彼は後退し、血の匂いがあたりに散らばる。
「カトレイア……」
「えっ?」
男が小さく呟いた言葉に、カストルの動きが止まった。
震える手からナイフが落ちる。
慌ててビショップがそれを拾い上げ、血を拭って
懐に隠した。ルークの眉がしかめられる。
「カトレイア?」
「どう……して、あんたがお姉ちゃんの名前を!?
あんた、お姉ちゃんの何なの!?」
カストルは悲鳴のような声を上げた。
籠手をした手で必死に男の腕を掴む。
男は何も答えず、愛しげな視線で彼女を見ていた。
「カトレイア……」
カストルの顔はひどく青ざめ、動くことができない。
姉と彼の間に何かが合ったのは確からしかった。
もどかしい。事実が知りたい。
自分が知っていることに何か違いがあるのなら、
それを教えてほしい。
だが、目の前にいる男は一切そんなことを
してくれそうになかった。
「あっ!!」
苛立ったせいか、手が意思とは関係なしに
動き、男の腕に拳を叩きつけていた。
男の顔が驚愕に見開かれる。
「カトレイア、まだ怒っているのかい?
あの時のことを」
「わ、私は、カトレイア……じゃ、ないっ!!」
「また会おう。今度は迎えに来る」
訳が分からない彼らを置いて、精霊王は
その場から消えてしまった。
よろよろと立ちあがったアンジェが説明をする。
「兄は、変わりました。今は彼女が死んだことも、
理解したくはないのでしょう」
「どういうことなの、アンジェ!?
お姉ちゃんと彼の間に何があったの!?」
すがりつくカストルに、アンジェは悲しげな
顔で真実を告げた。
「あなたのお姉さまと、私の兄は恋人同士でした」
『恋人!?』
全員の声がかぶった。アンジェは黙って頷き、
続きを口にする。
「彼女は精霊王だと知らずに兄と恋に落ち、
兄は敬遠されるのが嫌で彼女にそのことを
打ち明けることはありませんでした」
そのことを思い出すたびに、アンジェの胸はひどく傷む。
だが、言わない訳にはいかない。彼らには聞く権利がある。
「だけれど、言っておけば彼女が死ぬことはなかったかも
しれません。彼女は村を救うために死のうとしたのだから」
「精霊王は、儀式のことを知らなかったの?」
カストルが眉をひそめながら聞いた。
恐れ多くも精霊王である。多くの村人たちが指示も
なしにそんな非道な行為をするのだろうか。
「はい。村人たちは何の指示もなしに儀式を行いました」
カストルの顔から血の気が引いた。多くの者が、
自らの村のために娘たちを犠牲にした。
だが、精霊王はそのことを知らない。
村人の村のためにという願いは届かなかったのだ。
「お姉ちゃんのやったことは、無駄だったの?」
カストルは体から力が抜け、その場にしゃがみこんでしまった。
ビショップが手を差し出したが、振り払って泣き出してしまう。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん!! お姉ちゃん!!」
彼女の姉は村のためにと命を捨てた。
でも、それを教えたのは村人だろう。
彼女の行った行為は無駄だったのだ。
「兄は、村人を呪いました。そして、自分自身も呪った。
その日から兄は変わったのです」
アンジェはただ淡々と語っていたけれど、
その目は明らかに潤んでいた。
その後は聞かなくても分かった。大事な人を失った彼は、
カストルの村を滅ぼし、多くの人の命を奪った。
「ルーク、兄が何故エレナを攫ったのか聞きたかったんですよね?」
唐突に話を振られ、ルークはためらった後、首を縦に振った。
ビショップも真剣な顔でアンジェを見る。
彼女が語ったのは、衝撃の事実だった。
「兄は、カストルのお姉さま、カトレイアを復活させようとしています。
彼女の魂をエレナの体に宿そうとしているんです」
アンジェの声に震えが混じる。ルークとカストルの顔が
しだいに青ざめていった。
「そうしたら、お姉ちゃんはどうなるの?」
ビショップが震える声で聞いた。
「同じ体に二つの魂は入れません。エレナは死んでしまうでしょう」
「そ、そんな!!」
黙っていたカストルがやっと口を開いた。
「お姉ちゃんは、生き返ることを望んでいるの?」
潤んだ目がアンジェを見つめる。違うと言ってほしいと心から
思っているのは明らかだ。アンジェが首を振ると、
ほっとしたように立ちあがった。
「カトレイアはそんなことを望んでいません。だけど、兄は
彼女の静かに眠らせてと言う希望をはねのけました。
兄はどうしても彼女を失ったことを認めたくなかったんです」
ルークは最初の頃に彼が精霊の巫女たちを集めていること、
それは彼女たちを助けるためではなく、自分のためにやっている、
とアンジェが言ったことの意味をやっと知った。
でも、エレナを死なせる訳にはいかない。
精霊王から、エレナを絶対に助けて見せる。
ルークは決意固め、拳を強く握り締めたーー。
ついに精霊王の目的が明かされます。
事実を知り、ショックを受けるカストル。
そして、エレナを助けるという決意をかためる
ルーク。次回も主人公たちはルークたちで続きます。