勇者は巫女の妹の秘密を知る
ルーク=ウレイアは、今ピンチだった。目の前には
巨大な鳥、ロック鳥。頭に響くのは、精霊の姫アンジェの声。
そして、へたりこんでいるカストルは、一歩も動けない。
「何で今なんだよ……」
〝どうかしたのですか?〝
再びアンジェからの通信があった。鈍い痛みが頭を支配する。
ルークは唇をかんでそれに耐えた。
「アンジェ!! 今じゃないといけないか!?
今ピンチ!! 食われそう!!」
〝きゃああああああっ〝
ルークの目を通して光景を見たアンジェは悲鳴を上げた。
さらにルークは痛みを感じて後ずさる。ロック鳥の鉤爪が、
ルークの肩を傷つけ、血が滴り落ちた。
〝ああああああああ!!〝
「アンジェうるさい!! ちょっと落ち着いてくれよ!!」
悲痛な声ががんがんと頭に響いてくる。もしかしたら、
アンジェは泣いているのかもしれない。そうも思ったが、
今は彼女のことを気にかけている暇はなかった。
〝ごめんなさい、ルーク……出直します……〝
そこで彼女の通信は一方的に切られた。
何なんだよとルークは苛立たしげに思う。
だが、ここでじっとしている訳にもいかなかった。
このままでは殺されるのも時間の問題である。
「うわあああああっ!!」
ルークはロック鳥の方に向かって行った。
力を込めて剣を振りおろす。羽毛に覆われた足に、
わずかな傷が刻まれた。攻撃はこれで終わりではない。
ルークは力を高めた。……生まれて初めて使えた力。
剣気を込めた一撃を放つつもりなのだ。
「食われて……たまるかよっ!!」
剣から光の塊が放たれる。それは、この前使った時
よりも、確実に大きかった。良く見ると、精霊たちが
力を増幅させている。彼らは最後に、心からの笑顔を
ルークに向けて消えていった。
(皆……ありがとう!!)
ロック鳥に攻撃が命中する。この世のものとも思えぬ
ほど大きな絶叫が響き渡った。だが、やつは大けがを
してはいたものの、まだ生きていた。
……完全に怒っている。ばさばさと翼をはばたかせ、
こちらに体当たりをくらわせてきた。
ルークはそれをよけて石を投げつけ、魔物の注意が
それた瞬間、カストルを抱き上げて駆けだした。
ロック鳥はルークを逃がすつもりはないらしく、
向きを変えて襲いかかった。
ルークはカストルを抱きしめてうずくまった。
覚悟を決めて目を閉じる。だがーー。
いつまでたっても痛みはこない。ルークは振り向くと、
目を大きく見開いた。そこには、大地の精霊、カプリコルヌが
いたのである。開いた地面が、大きな鳥を飲み込んでいく。
ロック鳥は地面を鉤爪でひっかいたが、そんなことであらがえる
訳はない。完全に姿は地面の下へと消えていった。
「カプリコルヌ……?」
「あんたにすべてをかけるぜ~。俺の力貸してやる~。
自分を犠牲にしても女の子守る気持ちに魅かれたぜ~」
ちかっ、と茶色い石、〝プリュネル〝がルークの銀色の剣で輝いた。
……これで石は五つである。
「ありがとう、カプルコルヌ……」
「礼はいらねえぜ~」
ルークはにっこりと笑うと、カストルを抱き直した。
カストルはいつの間にか気絶していたらしかった。
ぴくりとも動かない。一言も発さなかったのは、それが
原因だったのだろう。
「カストル、起きろよ……」
ルークが彼女を起こそうと声をかけた、その時だった。
「……ちゃん、えちゃん……おねえちゃん……」
すすり泣くような声が彼女の口からもれた。
それは驚くほどか弱くて、儚げな声だった。
「どうして死んじゃったの? どうして私を置いて行ったの……」
責める声は、どこか力がなく、無意識に目から涙があふれていた。
それに反比例するように、ルークにしがみつく手はかなり強い。
ルークは何も言えずに立ち尽くした。カストルはいつも明るく見えた。
ちょっと悲しい顔になることもあったが、普段はとても明るくて
うるさいくらいだった。だが、それは演技だったのだろうか。
「村は助からなかったのに……あいつの、精霊王のせいで……」
最後の言葉に、ルークはぎょっとなった。カストルの村が
破壊されたのは、精霊王のせい? カストルと精霊王に
何の関係があるのだろうか。ルークは訳が分からなくなった。
それに、精霊の姫と、精霊王はどういう関係なのだろう。
ひょっとして、兄妹!? もしくは家族!?
そう想定してしまい、ルークは血の気が引いた。
カストルと会った時、アンジェが暗い顔だったのは、
そのせいだったのだろうか。今日、アンジェは何も
言おうとしていたのだろうか。大事な話ではなかったのか?
アンジェを怒鳴りつけた自分を、ルークは責めたくなった。
とーー。
「ルーク!!」
駆け寄ってきたのは、ビショップだった。
服は何故かボロボロで、怪我さえもしていた。
「おい、どうしたんだよ、お前!!」
「飛び降りたんだよ。怪我もするでしょ?」
「バカ!! お前弓は!?」
ルークはいつもの調子で怒鳴りつけ、ビショップの
目に涙を浮かばせた。ビショップは首をふり、
うなだれたように口を開く。
「弓は壊されちゃった……。だから、必死でルークたちを
追って落ちたんだよ。あのままじゃ、殺されてたもん」
「そっか……ごめん、何も知らないのに文句言って」
カストルの目がうっすらと開いたのは、その時だった。
「ルーク!? きゃあっ!! 何してるのよ!!」
どんっとつきとばされ、助けてやったのにとルークは
呻いた。カストルの顔がどんどん紅くなっていく。
「お前が気絶してたから、助けてやったんだろ!!
あのままじゃ死んでたぜ!!」
「なにもお姫様抱っこすることはないでしょっ!!」
「あの状況で何も考えられなかったんだよっ!!」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人を、ビショップはどこか
ムッとしたように見ていたーー。
次回、あの男の正体が明かされます。
次もルークたちが主人公です。