プロローグ ~精霊祭~
村一番の稼ぎ頭、エレナ=ルクウィッドと、
あまりに強すぎる力をセーブできなくて
落ちこぼれと言われる少年、ルーク=
ウレイアが出会ったのは、聖クリシュア村の
精霊祭でのことだった。当時、二人は四歳だ。
ルークは別の村から越してきたばかりで、不安
そうにしていて、村人の輪に入っていけなかった
ので、エレナが声をかけたのだった。
「ねえ、あなたなまえなんていうの?
あたし、エレナ。いっしょにあそぼ」
「うん!!」
そう言ってにっこりと笑った顔が魅力的だったのを、
エレナは十五になった後も覚えていた。
それなのに。それなのに!!
エレナは今、ひどく悩んでいたーー。
エレナは村に来る依頼を、魔法と剣術でもって
次々とこなしていて、村人の評価は高かった。
弟のビショップも、薬学や医学に秀でていて、
姉どうよう人気は高い。がーー。
ルークは違った。
よそものというだけでも立場は悪いのに、剣術も魔法も
うまく使いこなせないのだ。
それに、両親も親代わりの祖父母もすでになく、後ろ盾もない。
ルーク=ウレイアは、村ではやっかいもの扱いされていた。
小さい子でもできる依頼さえも、こなすことができないからだ。
子供にも、すでに引退したおじいさん連中にも
馬鹿にされている様子を見ると、エレナはとても悲しくなる。
だって、エレナは彼を愛しているから。
十一年前、会った時から、ずっと。
エレナは今日の依頼、薬草探索を終わらせ、聖クリシュア村に戻ってきた。
彼女の祖父、エルクが声をかける。
「おかえり、エレナ。依頼がまた来ておるよ」
「ただいま、おじいちゃん。後で見に行くわ」
「ほんにお前は優秀じゃなあ、それにくらべて、
ウレイアの小僧はいつまでたっても落ちこぼれじゃ」
「おじいちゃん!!」
キッとエレナは、エメラルドグリーンの大きな目で祖父を
睨みつけた。美しい金髪が揺れる。
「ルークはおちこぼれなんかじゃないったら!!
力をうまく使えないだけだって言ってるでしょう!?」
「ちっともうまくならんのは、やる気がない証拠じゃ」
「違うわ!! ルークはがんばってるもの!!
おじいちゃんに何がわかるのよ!!」
「どうしてあの小僧をかばうんじゃ!!」
「そ、それは~」
エレナの顔がみるみるうちに赤く染まった。ギョッとなり、祖父が
別の理由で赤くなって怒鳴る。
「いかん!! ウレイアの小僧だけはいかんぞ!!
絶対に認めん!! 駄目じゃ!!」
「もういいわ、おじいちゃんなんか知らない!!」
「あ、エレナ、話はまだ終わっておらんぞ!!」
エレナはその場から逃げだした。
エレナは一度家に戻り、若草色のかわいいドレスに着替え、
髪を念入りにブラッシングし、百花白蓮
の髪飾りをつけ、鏡でチェックしてから家を出た。
それにかかった時間は、二時間である。
恋する乙女は、準備にも時間がかかるのだ。
エレナは焼いておいた、ルークの好物、チーズ入りのカップケーキの
入ったかごを持ち、ルーク=ウレイアに会いに行った。
「たああああっ!!」
ルークは戦っていた。無謀にも木の棒で。某ゲームに出てくる、
最初の武器よりももろくて弱い武器だった。
ルークが弾き飛ばされ、木の幹に頭を強打!!
彼が戦っている敵は、木の幹に縛り付けられた、太い木の丸太だった。
練習として使っているらしい。
「ああああああ……ぜんぜんだめだあ」
ルークは人懐こそうな顔をしかめ、呻いた。
頭から少し血が出ているが、気づいていないらしい。
「ルーク!!」
エレナが声をかけると、ルークはぱっと笑顔になった。
二人はとても仲がいいのだ。ルークは、エレナの想いを
まったく気づいていないが。
「エレナ!!」
「これ食べて。どうせ、何も食べてないんでしょ?」
「ありがとな、エレナ」
ルークはカップケーキを受け取ると、ものすごい勢いで
食べ始めた。お腹がへっていたらしい。
何かに熱中し始めると、他のことを忘れるのは、彼の悪い癖だった。
エレナは自分のハンカチを取り出すと、ルークの頭に押しあてた。
照れ隠しのため、幾分乱暴にやったので、ルークが叫ぶ。
「い、いたたたたた!! エレナ、痛い!!」
「怪我をしたルークが悪い!! おとなしくしてよ」
「ううううう。そうだけどさあ……」
ルークは涙目になった。それでも、ごちそうさま、
と手を合わせることは忘れない。
「ちょっとは上達、した?」
「したよ!! ほんのちょっぴり、だけどな」
ルークは木の枝を構えると、さっきの丸太に向かって
一直線に振りぬいた。かなりちいさな光の玉が出現し、
それにぶつかる。……何も変わらなかった。
丸太は動きもせず、光はすぐに消えた。
それでも、エレナは笑顔になった。
「やったじゃない、ルーク!!」
そのかわいらしい笑顔に、ルークは思わず真っ赤になった。
照れ隠しでエレナから目をそらす。
「は、早く帰れよ。おじいさんに怒られるぞ」
「何よ、その言い方!! それに、おじいちゃんは
関係ないじゃない!!」
「あるよ!! 俺に会っちゃダメっていわれてんだろ!
俺はおちこぼれ、だからな」
カッとなり、エレナはルークの頬を平手で叩いた。
かなり力を込めたので、彼の頬には手形がはっきりとついている。
いてえっ、とルークが叫んだ。
「ルークのバカッ!! そうやって卑屈なことばっかり
考えてるから、いつまで経っても力が使えないのよ!!」
「うるせえな!! とっとと帰れっ!!」
そう怒鳴ったルークは、エレナの目に涙がたまってるのを
見て、焦ったような顔をした。
誰でも女の涙には弱いものだが、あまり女性が得意で
ないルークには、かなりの弱点だった。
「な、泣くなよ、エレナ!!」
「迷惑? 私が来るの、迷惑なの?」
「ち、違うよ。だけど……」
「だけど、何!?」
「悪いな、と思って。お前、いつも忙しいのにさ。俺なんか
のために……あ、ごめん、怒んなって!!
今のは言葉のあやだって!!」
「私が好きでやってるのからいいの!!」
エレナは泣きやんだ。少しはにかんだように言葉を切り、
そしてルークの顔を覗き込んで言った。
「ねえ、もうすぐ精霊祭よね?」
「そうだな」
「私、精霊の巫女をやるのよ。ビショップも選ばれたんだけど、
女の子のカッコなんてヤダッ、て辞退しちゃったの」
「へえ、パートナーは誰を指名するんだ?」
精霊祭とは、聖クリシュア村につたわる、伝説をもとにした祭りだった。
精霊の巫女は一度村人全員の前で、一人で踊った後、
選んだパートナーとともにもう一度、踊るのだ。
「私は、ルークを指名したい、と思うの」
「俺!? 他にも男はいるじゃん。エレナなら、どいつだって
よろこんでー」
「私はルークがいいの!!」
エレナはルークの声をさえぎった。彼以外とは、
誰とも踊りたくはない。彼だから、踊りたいのだ。
「なんで?」
「な、なんでって……」
まさかこの場で、あなたが好きだから、とも言えない。
赤くなったエレナはルークを怒鳴りつけた。
「ルークの鈍感!! もう知らない!!」
「な、なんだよ~!!」
ルークの不満そうな声を聞きながら、エレナは走り出した。
「ルーク、またお姉ちゃんを怒らせたの?」
「ビショップ!! いつからいたんだ!!」
ルークはギョッとなって振りかえった。金髪の男の子が、
こちらをじいっと見ていたのだ。
「ルークのバカ、あたりから」
「いたなら声かけろよ!!」
エレナの弟、ビショップ=ルクウィッドは、くすくすと
笑いだした。まだあまり男っぽくない、かわいい顔立ち。
エレナより少し薄い緑の目に、淡い色の金髪の子だ。
「お姉ちゃんの言ってたこと、あってると思うよ。
ルークが卑屈だからって言うの、さ」
「お前までそう言うのかよ!! 俺だってなあ、
やればできるんだよ!!」
やけになったルークは、木の枝を構え、さっきと同じ
ことをした。が、さっきとは違い、現れた光の玉は、
かなり大きかった。丸太に直撃し、それをはじきとばし、
バラバラにする。ビショップの目が大きく見開かれ、
ルークは思わずへたり込んだ。
「で、できた……」
力が使えるようになったルークは、すぐにエレナに
会いに行った。彼女に教えようと思ったのだ。
だが、エレナは精霊の巫女の、踊りの最終確認を
していた。すでに衣装に着替えていて、ふわふわと
した白い衣装が、とてもよく似合っていた。
髪にはさっきの、百花白蓮の髪飾りがまだあった。
「何、ルーク? どうしたの?」
エレナは何か期待したような目で言った。似合うよ、
とほめてくれることを望んだのだ。
ルークはそれには気づかず、エレナの髪飾りにのみ
目がいっていた。
「なんでもないよ。それよりさ、その髪飾り、
もっと綺麗なの持ってるんじゃないの? 替えたら?」
「え」
エレナが固まった。その目が、しだいに怒りに染まっていく。
ルークは驚いて後退した。
「ルーク!? これのこと、忘れたの!?」
「なんのことだよ?」
「バカッ!!」
返事は怒鳴り声とパンチだった。ルークは天幕から追い出された。
ついてきてはいたけれど、中には入らなかったビショップは、
目を丸くして聞いた。
「またお姉ちゃんを怒らせたの?」
腹が立っていたルークは、ボカリと彼の頭を殴りつけて泣かせ、見学
に来ていた祖父に怒鳴りつけられた。
「ルークのバカ」
エレナは髪飾りに触れ、うつむいた。彼女のこの百花白蓮
の髪飾りは、ルークが幼いころ、くれたものだったのだ。
四歳のころの精霊祭の時、ルークが屋台で買ったものなので、
安物だが、エレナはとても気に入っていた。
「ルークのバカ」
もう一度言い、エレナは踊りの確認を再開した。
そして夜になり、精霊祭が開始された。
光輝く祭壇にエレナが立ち、くるくると螺旋を描くように
踊りだした。衣装が金色にきらめき、光が、彼女が舞うたびに飛んだ。
その幻想的なダンスに、全員が目を奪われた。
弟と、その祖父さえも。それほどに彼女の舞は美しかった。
ぼうっと見とれていたルークは、彼女の声で我に返った。
「精霊の巫女は、ルーク=ウレイアをパートナーにえらびます!!」
「ルーク、祭壇に上がって」
ビショップが声をかける。ルークは慌てて祭壇に上がり、顔を赤らめた。
おずおずと手を差し出し、エレナがその手を取ろうとする。
二人の手が触れあった、その時だった。
突風が二人の間にのみ吹き荒れ、ルークの手が離れた。
「ルーク!」
「エレナ!!」
空中に上がった彼女を受け止めたのは、黒衣を着た怪しげな男だった。
にやり、と血のように赤い唇が笑みを浮かべる。
「精霊の巫女はいだだいていく!!」
「エレナを返せ!! このやろう!!」
ルークの放った光の玉は、しかし、男に当たることはなかった。
結界のようなものにはじかれてはねかえり、
ルークを祭壇から叩き落とした。
「エレナ!! エレナー!!」
「ルーク!!」
エレナは男とともに消えてしまい、あとには白い髪飾り
だけが残された。
初めての冒険ものです。主人公がへたれですが、
がんばる予定なので
どうかかわいがってやってください。