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まことに申し訳ございません! 私、聖女じゃないんです!

作者: 特になし

さらわれ聖女は半年ぶりです!

「ついに捕らえたぞ、聖女ジニア」


 部屋の隅で私が震えていると、バタン、と扉が開く。そこに立っているのはイヴァリース。魔王軍四天王であり、勇者パーティーの一員である私の宿敵である。


「聖女、なぜ貴様がさらわれたのか分かっているな?」

 

 歩み来るイヴァリース。その頭の角は、片方が無残に折れている。うぅ、これを折ったの、私なんだよなあ……。


 殺される。だけど、その前にやらなきゃいけないことがある。私はすうっと息を吸い込み、イヴァリースをまっすぐ見つめると——


「まことに申し訳ございません! 私、聖女じゃないんです!」


 全力土下座をきめた。


「はは、冗談を言うな。貴様は勇者パーティーの聖女ジニアであろう?」


「ほんとに違うんです。うちのパーティーの聖女はリナリアさんです」


 必死の形相で訴える私。


「……まじ?」


 イヴァリースの顔から不敵な笑みが消え、真顔になる。


「まじです。この度は聖女をさらうつもりのところ、私になってしまい、なんてお詫びをしたらいいのか……」


 イヴァリースにさらわれた時のこと。私のことを聖女と呼ぶイヴァリースに、私は震えた。この人、勘違いしてる! リナリアさんと間違えて、私をさらっちゃってる!


 どうしよう。本当のことを言わなきゃ……。でも、怒るだろうなあ、イヴァリース。一生懸命さらったはずの聖女が、まさかの偽物だったんだもん。と、とりあえず、タイミングを見計らって……。


 そんなことを考えながら、私は閉じ込められた部屋の中、ずっと震えていた。


「まさか、あのジニアが? 人の形をした狂気、出会ったら死ぬ五秒前、婚期の見えない女ナンバーワン、と魔族たちを恐怖のどん底に陥れているジニアが、聖女でないだと!?」


 目をかっぴらくイヴァリース。


「そうです! ご期待に沿えず、まことに申し訳ございません!」


 私は再度、額を床に打ち付ける。


「では、貴様はいったい何なのだ? 聖女でないなら、なぜ勇者パーティーで戦っている?」


「そ、それは……」


 結果として、私はイヴァリースに身の上話をすることになった。



 この世界では、人間と魔族の争いが、長きにわたって繰り広げられている。魔族は魔王の指揮のもと、人類を滅ぼすべく暴れまわった。一方の人間勢力も、それぞれの国ごとに対魔族戦線を形成。その中心を担うのが、魔王を討伐すべく、神託によって選ばれた勇者である。


 我が国ハンブルグでは、勇者ライオスに聖剣が与えられた。そして、国家総出で、彼と共に魔王を倒すにふさわしい、魔法使い、戦士、そして聖女の育成が始まったのだ。


 全国民は、教会で能力の判定を受けることを義務付けられた。適性有りとされれば、勇者パーティー候補生として修練を行う。貧民街で野垂れ死ぬのを待つだけだった、当時十三歳の私は、何の運命のいたずらか、そこで聖女の適性有りと判断された。


 それから、他の候補生たちと共に教会に集められ、修行に明け暮れる日々が始まった。結界術、回復魔法、身体強化……。聖女の修行は厳しく、自由な時間は全くない。


 それでも、私は全力で修練に取り組んだ。こんな何の取り柄もないゴミを、わざわざ拾ってもらったんだ。なんとかご恩に報いなければ……!


 そんな私に——


「まあ、汚いドブネズミが紛れ込んでるわよ」


 そう言って、雑巾を顔に投げつけてきたのは、リナリアさん。私と同じ、聖女候補生だ。聖女候補生は、私の他はみんなお育ちのいいお嬢様。貴族令嬢もごろごろいる。そして、そのトップに君臨していたのが、侯爵家出身のリナリアさんだった。


「ドブネズミが聖女なんて、夢を見るのはいい加減にするべきよ」

「あんたの顔、人間より、むしろ魔物よりよね」

「汚いのがうつるから、一緒のテーブルにつかないでくれる?」


 リナリアさん率いる候補生たちに、徹底的にいじめ抜かれる日々。でも、みんなが言ってるのは全部、本当のことだからなあ……。こんなの、貧民街のしごきに比べたら、むしろ優しい方だし。ということで、私は普通に受け入れて生活していた。


 そして、二年後。聖女が決定される儀式が執り行われた。候補生たちがかたずをのんで祈る中、選ばれたのは——なんと私だった。


「ふざけないで! 高貴で美しい私を差し置いて、このドブネズミが聖女ですって!? こんなの、神に対する冒涜だわ!」

 

 私に掴みかかってくるリナリアさん。それでも、神託を変えることはできず、結局、私が聖女と決定した。


 だけど、その一月後。


「聖女ジニア、いや、偽聖女ジニア! 貴様は卑怯な手段で神託をたばかり、自分が聖女だと信じ込ませた! 貴様を神への謀反人として、勇者ライオスの名の下に処刑する!」


 出発前日の送別パーティーで、ライオス様は私にそう言い放った。


「ええっ!? わ、私が、神様を……!?」


 そんなこと、いつやったんだろう。そもそも、そんなこと私にできるの? 


「口答えするな、この罪人!」


 ライオス様含め、周りの全員が口々に私を非難する。まったく自覚はない。でも、こんなに全員が言うっていうことは、何かしらの行為によって、私は神託を変えてしまったんだ! 自分の罪深さに私は震えた。


「申し訳ございません!」


 土下座する私。


「ようやく罪を認めたな、汚い罪人め。さあ、真の聖女リナリア、俺の隣に来てくれ」


 ライオス様に呼ばれ、すっかり聖女の衣装を身にまとったリナリアさんが歩み来た。その隣を、パーティーメンバーの戦士と魔術師が固めている。


「かわいそうに。真の聖女でありながら、醜い策謀によって、その座を奪われ……」


 リナリアさんを抱きしめるライオス様。


「いいえ、私は信じていましたわ。勇者様なら、真実に気付いてくださると」


 目を潤ませるリナリアさん。


「リナリア、見ていてくれ。この罪人を、今から処刑す……」


「待ってください!」


 だけど、リナリアさんはそう叫んだ。


「お願いです。ジニアを旅に同行させてください。彼女に罪を償う機会を与えたいんです」


 いかにも聖女らしい、美しい顔で微笑むリナリアさん。ああ、やっぱりリナリアさんが本物なんだ。その上、罪を犯した私にも手を差し伸べてくれて……。


「仕方ない。聖女リナリアの優しさに救われたな、罪人。だが、くれぐれも調子に乗るなよ」

と、ライオス様。


「ありがとうございます。罪を償えるよう、精一杯働きます……!」


 パーティーメンバーたちの足元に跪いた私は、泣きながら何度も頭を下げる。かくして私は勇者パーティーに加わり、魔王討伐の旅に出たのだった。


 旅路は過酷だった。毎日毎日、襲い来る魔物と戦い続け、パーティーメンバーはあっという間に疲弊した。


「くそっ! 勇者の俺がどうしてこんな目に!」


 出発して一週間。魔物の群れにこてんぱんにされた私たちは、命からがら逃げ出した。


「そもそも、俺たちの相手じゃないだろ、こんな低級魔物」

「そうですよ。私たちは選ばれし勇者パーティー。こんなの、一般兵の仕事です」

「まったく、やる気が出ないよな」


 そう言って、ため息をつくメンバーたち。そ、そうだったんだ……。魔物が強くて疲れてるのかと思いきや、魔物が雑魚だから疲れるなんて……。さすがだ。


「皆様のおっしゃる通りです。弱い魔物と戦うのは、むしろ私たちの格を落とすこと。私たちは魔王を倒せばいいだけです」


 そう言ったのはリナリアさんだ。


「雑魚の相手は、全部この罪人に任せましょう。低級魔物など、彼女程度で十分ですわ」


「さすがリナリア、素晴らしい考えだな!」


 ライオス様、そして魔術師、戦士が目を輝かせる。


「そういうことで、ジニア。あなたは偽聖女で、弱いんだから、いっぱい魔物と戦って修練するのよ? このままだとあなた、魔王城につく前に死んじゃいそうだから」


 微笑みかけてくるリナリアさん。私のことを、そんなに思いやってくれるなんて……。


「ありがとうございます!」


 私は頭を下げる。


 それから、魔物との戦いは全部私の役目になった。修練あるのみと、私はぼろぼろになりながら、来る日も来る日も戦い続けた。


「汚いドブネズミがさらに汚くなって。魔物臭いから、そばによらないでちょうだい」


 血まみれ泥だらけの私は、宿屋に入れないので、一人で野宿する。でも、私、本当に汚くて臭いから当たり前だよなあ。


 私が魔物を倒す間、メンバーたちは街で英気を養う。それがライオスパーティーの日常になった。上位魔族、ついには四天王と遭遇しても、みんなは一向に動かない。みんなが言うことには、魔王以外は全員雑魚らしい。どれだけ強いんだろう。凄いなあ……。


 そんなこんなで、勇者ライオスパーティーが魔王討伐の旅に出てから一年。魔物の討伐数は世界一になり、最も魔王討伐に近いパーティーと、名声を集めるに至ったのだった。



「というわけで、さらっていただいたところ申し訳ないのですが、私、聖女じゃないんです」


 説明を終えた私は、再びイヴァリースに謝罪する。


「そうだったのか」


 イヴァリースは吐息をついた後、

「まあ、そんなことどうでもいいのだがな」

と一言。


「へ?」


「聖女だろうが、聖女でなかろうが構わない。私は最初から、ジニア、貴様をさらうつもりだった。私の角を折った、貴様をな」


 そうだ! この人の目的は報復なんだ!


「あ、あの、ほんと、ごめんなさい。でも、信じてください。偶然だったんです。偶然、手が当たっちゃって……」


 私は泣きながら謝る。


「出会って半年。いやしくも四天王である私を、貴様は散々なぶってくれたな。そして、ついに私の角まで……。もはや限界だ!」


 ずいと顔を寄せてくるイヴァリースは——


「まったく、たまらないなあ!」


 えっ? この人、恍惚の表情をしてる?


「来る日も来る日も、弱い人間の相手ばかり。そんな退屈な人生が、貴様の登場によって変わったのだ。迫る攻撃、はぜる血肉、襲い来る激痛。胸の高鳴りが止まらない! 出会う度、貴様はどんどん強くなって……。ああ、どれだけ私を夢中にさせれば気が済むのだっ!」


 思い出した。魔王軍四天王イヴァリース。彼は戦闘狂——簡単に言えば、強さにしか興味のない変態さんだ。


「ここまで強さを見せつけられたら、もうさらうしかない!」


 そう、なのかな? 謎理論は一旦置いておくことにしよう。


「ええと、角を折ったこと、怒ってないんですか?」


「怒ってなどいない。と言っても、悲しくはあるがな。毎朝、鏡を見る度に思うのだ……」


 切なげな表情を浮かべるイヴァリース。


「なんか今日ビジュ悪いなあ、と」


「へ?」


「いまいち盛れないなあ。迫力ないせいかな? これで出て行って、ビジュ悪いとか思われたらやだなあ。そんなことを思って、朝からテンションが下がってしまう……」


 もしかして女子? 化粧いまいちな時の女子なのかな、この人?


「まあ、ちょっとテンションが下がることなど、貴様を私の手中に収めることができた喜びに比べれば些末なこと。ふっふっふ。貴様のことは、私の目標のために存分に利用させてもらうぞ!」


「ええと、目標、というのは、いったい何なのでございましょうか?」


「魔王討伐だ」


 さらっと。あまりにもさらっと。この魔王軍四天王は、魔王軍四天王が一番言っちゃいけないことを口にした!


「貴様も知っているはずだ。現魔王の指揮による攻撃で、膨大な数の人間が命を落としていることを。その中には、弱い人間、子供まで含まれて……。弱い者を一方的に蹂躙するなど、こんなこと許せるはずがなかろう!」


 拳を震わせるヴァリース。そっか。イヴァリースって、実はいい人だったんだ——


「弱い人間を蹂躙して何が楽しい! 強い人間と血みどろの戦いを繰り広げるから楽しいのに!」


 前言を速やかに撤回いたします。彼は純然たる戦闘狂です。


「これから強くなるかもしれない人間を弱いうちに倒してしまっては、強い人間が永遠に出てこない。つまらない。許せない。よって、こんな愚かな作戦をする現魔王は廃し、私が魔王になる。私は作るぞ! 英雄がバンバンでてきて、血沸き肉躍る戦いが繰り広げられる、そんな時代をな!」


 純粋な瞳を輝かせ、今、イヴァリースは夢——暗黒時代建設を語ったのだった。


「貴様には私と戦って、強くなる手伝いをしてもらう。毎日、朝から晩までずっと……、ああ、楽しみだ! 共に魔王を倒すため、二人、さらなる強さを目指そう!」


 イヴァリースは私に手を差し伸べる。


 うーむ、どうなんだろう、これは……。イヴァリースの動機は邪悪そのものだ。でも、その結果、弱い者が虐げられない時代が来るのなら、イヴァリースは善人なのかもしれない?


 魔王討伐は人間の悲願。でも、倒すのは人間じゃなくて、イヴァリースでもいいのかも?


「分かりました。一緒に魔王を倒しましょう」


 かくして私は、勇者パーティーでなく、魔王軍四天王と、魔王討伐を目指すことになった。



 一方その頃。ジニアがイヴァリースにさらわれた直後の勇者パーティーは……。


「ふん、当然の報いだ。あんな罪人、そもそも必要なかった。何と言っても、我がパーティーには本物の聖女、リナリアがいるのだからな」


「え、ええ……」


 メンバーが黒い笑みを浮かべる中、リナリアは内心焦っていた。なぜなら、真の聖女はジニアだったからだ。リナリアは聖女の名声を手に入れるため、ライオス、司教、その他権力者を籠絡し、ジニアを罪人に仕立て上げた。


 しかし、リナリアに聖女たる実力はまるでない。修練はさぼってばかりで、基本魔法すらおぼつかない。真の聖女のみが使える奥義も、偽物であるため使えるわけがない。だからこそ、目障りなジニアを旅に同行させたのだ。


 ジニアが逆らった時のための策はあった。だけど、さらわれ、殺されたのなら、それも水の泡。どうしようもない。


「そろそろ腕慣らしを始めるか。あんな罪人に頼らずとも、魔物など、この勇者パーティーの敵ではないからな」

「そうですね、我々の実力をそろそろ解放しますか」

「腕が鳴るぜ」


「そういうことだ。聖女として、サポートを頼むぞ、リナリア」


 ライオスに言われ、

「ま、任せてくださいませ、ライオス様」

と、リナリアはなんとか微笑みを作る。


「よし! 魔王を倒し、歴史に名を残す英雄になるぞ!」


 そして、勇者パーティーは再び魔王城へ向けて出発した。



 さらわれた翌日。私はさっそくイヴァリースと模擬戦闘を始めることになった。


「本当にやるんですか?」


「その通り! さあ、ジニア、勝負!」


 一気に間合いをつめ、その手から獄炎を放とうとするイヴァリース。


「や、やあっ!」


 私はその頬をぺしっとはたいた。瞬間、イヴァリースは吹っ飛んでいって、壁にめり込んだ。だけど——


「さすがジニアだ! 毎度思っていたが、その技は何なのだ!」


 イヴァリースはきらっきらの笑みを浮かべている。


「技じゃないです。身体強化を、腕一点に集中させてるだけで。聖女候補生なら、みんなできると思いますけど」


 その後も、模擬戦闘は続いていく。


「それは何だ!」

「回復を出しっぱなしにすると、攻撃無効化になるんです」


「それは!」

「結界内の環境を操って、攻撃に変えてるんです」


 聖女というのは、本当は援護職。それでも、一人で戦わなきゃいけない私は、聖女魔法を最大限利用することを身につけた。


「貴様、やはり強すぎるぞ! 最高だ!」


 夕暮れ、どろどろぐちゃぐちゃになったイヴァリースは、それでも満面の笑みを浮かべる。


「……そんなことないです。所詮、私は偽聖女。汚れた、醜いドブネズミですから」


 この戦い方は、不細工な戦い方と、勇者パーティーの嘲笑の的だった。メンバーたちはきっともっと優雅に戦えるんだろう。結局私は偽物。いくら頑張って強くなっても——


「何を言う。誇れ、ジニア。貴様は強い。私は強いものが好きだ。そこまで上り詰めるまでの努力は、何より美しいと思う。強い貴様は美しい。分かったら、もっと自信を持て」


「あ、りがとう、ございます」


 驚いた。誰かにこんな風に言われるなんて、生まれて初めてだったから。


 聖女になった時、本当は天に昇るくらい嬉しかった。聖女になれば、みんなに必要とされていると思えたから。


 でも、結局私は聖女じゃなかった。結局、誰にも必要とされなかった。それなのに——


「明日も全力で殺り合おう! 楽しみだな、ジニア!」


 聖女じゃない私を、認め、称え、必要としてくれる人がいる。そのことが、涙が出そうなくらい嬉しかった。変なの。勇者パーティーにいた私が、魔王軍四天王に褒められて喜んでるなんて。



 それから一月後。


「魔王様! 魔王討伐を掲げ、迫ってくる者が!」


「ついに勇者がやってきたか。どの国の勇者だ?」


「そ、それが……」


「魔王、新たな時代のため、その席を譲ってもらう! 行くぞ、ジニア!」

「え、ええと、魔王さん、いきなりお邪魔してごめんなさい。倒させてください……!」


 イヴァリース、そして私は、玉座の間の窓を割って、魔王城に侵入する。そして——


「くっ、私の負けだ。魔王の座を譲ろう」


 魔王を倒した。


 正直言って、あっけなかった。私とイヴァリースで角を一本ずつ折って、それで終わり。魔王は完全にノックアウトされた。


 負けを認めた魔王は、引退すると言って、速やかに魔王城から去っていった。余生は温泉巡りとかをしたいらしい。


「あの、あっさりしすぎな気が……」


「当たり前だろう。もとより貴様は人類最強。それと互角に戦えるまでになった私は、魔族最強。二人そろえば、もはや敵なしだ」


 そ、そうなの?


「よーし、今日から魔王だぞ!」


 イヴァリースが手に持っているのは、先代魔王から渡された魔王の証——角飾りだ。


 それを一つ、角に装着した後、

「ほら、貴様の分だ。どこかに付けるといい」

と、私にもう一方の角飾りを放り投げた。


「どうして私に?」


「うん? 貴様も今日から魔王ではないか」


 どうしてこの人のびっくり発言は、毎度毎度、前回を上回ってくるんだろう!


「魔王が二人っておかしいんじゃ……?」


「なぜだ? 人間とて、どの国も王が二人いるではないか」


 おそらく王様と王妃様のことを言ってるんだろう。


「あれは結婚してるからで……」


「ケッコン? それが、人間が二人で王になる時の儀式なのか?」


 戦闘以外に興味のないイヴァリースは、なんと結婚を理解していないらしい。


「なら、我々もケッコンしよう。それで解決だ」


 顔をぐっと寄せてくるイヴァリース。ち、近い! そして、忘れてたけど、この人、普通にビジュがいい!


「ふぁあああっ!」


 私は悲鳴をあげる。


 そんな私を見て、

「そうか。叫ぶほど嬉しいか」

と、イヴァリースはにこにこして、

「ということで、今日から二人で魔王だ」

と、角飾りを私の腕にはめた。


「魔王ならば、聖女と同じ、いやそれ以上の格式がある。ようやく、貴様にふさわしい称号を与えられた」


 そっか。イヴァリース、私が聖女になれなかったことを引きずってるのを知って……。そう考えると、胸がぎゅっと熱くなった。


「……嬉しい、です」


 かくして、聖女になれなかった私は、魔王になることになった。ちなみに、ケッコンはしていない、はず……!



 それから、私たちは魔王として、新たな時代作りに取り掛かった。


 イヴァリースはダンジョンというものを発明した。勇者パーティー、そして討伐軍たちの通るルートをこちらで指定し、全ての魔物、そして戦闘魔族を配置するのだ。


 イヴァリースがこんなものを作った理由は、きちんと戦闘狂だった。彼は、最大限人間を強くしようとした。人間の死亡率が高いのは、弱いのに強敵に挑めてしまう体制にある。ダンジョンは、レベルアップしなければ先に進めない仕組みだ。モンスターのレベルを徐々に上げていけば、人間は死なずに、どんどん強くなるらしい。


 戦闘魔族は、イヴァリースと同じで、楽しみのために人間と戦う。だから、自分の実力に見合った相手と戦えるのは、魔族側にとってもにこにこだとか。


 人間は宗教的に魔族根絶を目指しているけど、民間人にとっては、そんなことはどうでもいい。生活の安全が第一だった。また、魔族の中にも、戦いが嫌いな個体もいる。イヴァリースによる、戦闘分離政策により、彼ら非戦闘員は戦いに巻き込まれなくなった。


「ふっふっふ。暗黒時代は始まりつつある。さあ、人間共、もっと強くなって、私を倒しに来い!」


 邪悪な高笑いをするイヴァリース。だけど、やってることはただの聖人なんだよなあ。


「ジニア、これが終わったら二人きりだ。ふふ、何をするかは分かっているな」


「ふぁっ!?」


 いきなり顔を近づけられ、私は飛び上がる。


「今日もいっぱい、戦えるな♡」


 うっとり頬を染めるイヴァリース。相変わらずの変態さんだ。


「し、仕方ありませんね……!」


 だけど、気付けば口元が緩んでる。どうやら私は、この変態さんとの日々が、結構、ううん、凄く幸福みたいだ。



 その頃の勇者パーティーは——


「おのれっ、魔王! ダンジョンという姑息なものを!」


 ライオスが吠える。


 ジニアを失ってから、ライオスたちは分かりやすく疲弊していた。それもそのはず、彼らは激弱だったからだ。まだ本気を出していないだけ。自分たちでそう思い込んでいたが、修練を怠った彼らの実力は、はっきり言って一般兵以下である。


 そして現在。ただでさえ旅路が遅れていた彼らは、ダンジョンの出現により、まるっきり進めなくなっていた。


「魔王にさえたどり着けば、この聖剣で一突きというのに!」

と、ライオスは地団駄踏む。


「こんなに大変になったのは、ジニアがいなくなってからでは?」

「あいつ、強かったんだな」

と、ぼやくメンバーたち。


 まずい。リナリアの焦りは極限まで達していた。このままだと、自分が偽物だとばれてしまう。それ以前に、魔王討伐を果たせない。そうなれば、魔王討伐を果たした聖女と有名になる計画が白紙。なんとか、打開策を……。


 そこで、リナリアは思いついた。聖女魔法が下手な彼女は、唯一、結界破りだけは得意だった。ダンジョンには、強敵だけが集まっている。つまり、ルート外は非戦闘魔族しかいない。そこを進めば……。


「私に考えがありますわ」


 リナリアは暗い笑みを浮かべた。



「魔王様、大変です! 結界を破壊し、ルート外居住区に人間が侵入! 非戦闘員に攻撃を!」


 伝令兵の報告に、私とイヴァリースは魔王城を飛び出し、事件現場へと降り立った。


「噓……」


 そこで出会ったのは、懐かしい顔ぶれ——ライオスパーティーだった。


「罪人、生きていたのか! それが、なぜ魔王軍四天王と共にいる!?」


 ライオス様の台詞に、

「その発言は間違いだ、人間。私は魔王イヴァリース。そして、彼女は魔王ジニアだ」

と、イヴァリース。


 角飾り、腕飾りに、パーティーメンバーは、それが真実だと思い知る。


「魔王とは、さすが罪人だな」


 顔をゆがめるライオス様。


「のこのこ出てくるとは話が早い。今すぐ正義の名のもとに滅びるがいい!」


 そう言って、一斉に襲い掛かる勇者、魔術師、戦士。


「気をつけてください、イヴァリース! メンバーはみんな、私より強いです!」


「それは楽しみだ!」


 そして、三秒後。イヴァリースによって、パーティーは全滅させられた。え? この人たち、弱くない? 


「ふん。ライオスパーティーの実態は、ジニアまかせの弱者集団ということか。つまらんな。貴様らを選ぶなど、神というのは余程頭が悪いと見える」


 イヴァリースは不機嫌な顔をする。


「ふ、ふふふ……」


 だけど、その時。一人、後方にいたリナリアさんが笑い始めた。


「そうよ? ジニアは私たちのために戦う奴隷なの。ああ、良かった。生きて、また会えて」


 そう言って、リナリアさんは私の顔を見る。


「私があんたに何もしてないと思った? 万一命令に逆らった時のために、服従紋を刻んでおいたのよ。ここまで近づけば、発動できる。さあ、ジニア、イヴァリースを殺しなさい!」

 

 瞬間、身体が勝手に動いて、イヴァリースの腕を掴んでいる。そして、もう片方の手が魔力をため始め……。


 嫌だ。殺せない。殺したくない。私は、この人のことが——


「はは、これはやられたな」

とイヴァリース。


「お、願い……です。今すぐ、私を殺してください。そうすれば……」


 私はイヴァリースに懇願する。そうすれば、イヴァリースは助かるから。


「……そうか」


 無機質な声。分かってた。私がイヴァリースを殺せなくても、イヴァリースは簡単に私を殺せる。だって、彼は魔族だ。人の心なんてない生き物だ。分かってる。それなのに、どうして涙がこぼれてくるんだろう。


 ああ、好きだったんだ。本気で恋焦がれてたんだ。それが一方的な気持ちと分かって、それでもまだこんなに大好きなんだ。今更気付くなんて、ほんと、私って馬鹿だなあ……。


 そして、イヴァリースは拳を放った——はずなのに、その手は私の頬をそっとなぜた。瞬間、イヴァリースの身体を、私の光線が貫く。口から血を吹いて、イヴァリースは倒れた。


「どう、して……」


 地に横たわるイヴァリースを、呆然と見つめる。だって、イヴァリースは、私のことなんてどうでもいいはずなのに……。


「決まっているだろう? 貴様のことが好きだからだ。私が消え去ったとしても、貴様が生きている世界の方が好ましいと思ったからだ。誇れ、ジニア。このイヴァリースにそこまで思わせるなど、本当に凄いことなのだぞ。これからは、自信をもって顔を上げて生きていけ」


 息も絶え絶えの台詞に、涙がぼろぼろこぼれる。


「はは、泣くな。貴様は、笑っていた方がビジュがいい、ぞ」


 イヴァリースは最後、ふっと笑って、静かに目を閉じた。


「でかしたぞ、リナリア。イヴァリースは始末した。後はもう一匹、この大罪人だけだ」


 立ち上がったメンバーたちが、私たちを取り囲む。巨大な聖剣が、私を処刑しようと振り上げられる。


「……ありがとう、イヴァリース」


 ずっと自分に生きる価値なんてないと思ってた。偽物で、罪人で、死ぬべきだとも思った。それでも、イヴァリースは私を生かしてくれた。だから、私は生きていける。


「大好きです」


 最後、私はイヴァリースの額にそっと口付ける。瞬間、辺りが光に包まれた。その光は聖剣の刃を跳ね返し、ライオス様を吹き飛ばす。


 なんだろう。不思議な感覚。身体の中に、魔力が溢れてくる。


「……貴様、また強くなったな」


 その台詞に目を向けると——


「イヴァリース!」


 噓……。イヴァリースが、目を開けて……。穴の開いた胸がふさがって、折れた角まで再生してる。


「聖女魔法の奥義、死の淵にある者に命を与える、真実の愛の魔法。どうして、それを罪人が!?」


 ライオス様が叫ぶ。


「まったく貴様は、毎度毎度、どれだけ私をわくわくさせれば気が済むのだ?」


 イヴァリースが満面の笑みで立ち上がる。


「ここに来て覚醒展開とは、熱すぎるぞ! 魔王、いや、真の聖女ジニア!」


 イヴァリースの台詞に、全員の間に激震が走った。


「ジニアが本物?」

「じゃあ、リナリアは……」


「リナリア! まさか、俺たちを騙していたのか!」


 ライオス様がリナリアさんをにらみつける。


「だ、騙すなんて! 私はただ、ドブネズミが聖女なんて許せなかっただけで!」


 すがりつくリナリアさんを、

「ふざけるな、この罪人が!」

と、ライオス様が振り払う。


 その間に、私はかけられた服従魔法を解除する。今や、術者との魔力の差は歴然。こんなこと造作もない。


「私、怒ってるんです。イヴァリースを傷付けていいのは私だけなのに、リナリアさんや、あなたたちが好き勝手するから」


 まっすぐパーティーのもとに歩み寄っていく私に、

「悪かった。お前が本物と認める!」

「そ、そうです。今度こそ、本当に聖女になってください」

「いい考えだ! 聖女ジニア、俺たち、仲間だよな?」

と、冷や汗を流しながら、謝罪してくるパーティーメンバーたち。


「まことに申し訳ございません。私、聖女じゃないんです」


 その台詞に、もう卑屈さはなかった。そんな称号いらないから。もっと素敵な称号を、大好きな人からもらったから。


「私は——私たちは、魔王だ!」


 私が魔力を放つと同時に、イヴァリースも魔力を放った。二つの光線が、パーティーに襲い掛かる。何とか受け止めた聖剣を、光線はやすやす粉砕した。


「貴様ら雑魚はレベル1ダンジョンからやり直してこい!」


 吹っ飛んでいくライオスパーティーに、イヴァリースが転移魔法を発動させる。かくしてライオスパーティーは、勇者の証の聖剣も、これまで進んだ道のりも、その全てを失ったのだった。


「まさか、私が本物だったなんて……」


「私は気付いていたぞ。貴様は本物だとな。それも含め、どうでも良かったがな。聖女であろうが、なかろうが、ジニア、貴様は貴様だ」


 イヴァリースは笑う。


「だが、これで貴様が本物とはっきりした。魔王をやめ、聖女に戻るといい」


「いいえ、聖女には戻りません」


 だけど、私は首を横に振る。


「私は魔王です。ずっと、イヴァリースと一緒に魔王なんです。だから、これからも、側にいさせてください」


 一瞬ぽかんとした後、

「貴様も大概な人間だなあ!」

と、イヴァリースは大笑いする。


「なあ、ジニア。帰ったら……」


「分かってます。いっぱい、戦いましょうね」



 そして、暗黒時代が訪れた。この時代は、魔族も人間も一気に強力になった時代だった。戦いは激しさを増し——しかし、被害は以前の何百分の一にも縮小している。一般民衆たちには、この時代を隠れて黄金時代と呼ぶ者も多いとか。


 さて、この時代、大勢の傑物が現れ、大量の英雄伝が作られた。しかし、ライオスパーティーのメンバーは、誰一人そこに記載されていない。彼らがのっているのは、愚人伝である。


 帰国した彼らの醜聞は、全て日の当たるところとなった。偽聖女リナリアと、それに騙された愚かな男たち。おまけに、聖剣まで折られ、教会の恥さらしと、史上初、勇者パーティーとしての地位を剝奪された。この黒歴史は有名になり、彼らは散々笑い者にされるのだった。


 一方の英雄伝には、どのバージョンであっても、最初のページに始原にして最強と叙述される英雄がいる。それが、魔王ジニア、そして魔王イヴァリースである。彼らの強さ、そして時代建設への貢献を、歴史家たちは余すことなく言及している。


 だが、二人が結婚しているのかについては、今でも専門家の間で議論されている。ある勇気ある研究者は、ジニアと出会った際、この点について尋ねたが、ふぁああああ! という返事しか得られなかったという……。

最後までお付き合いくださりありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
おもしれー女と死にそうな戦いを毎日エンジョイしていたら好きになるしかないでしょー!!てな展開、アツい!! 最後の真実は闇…なのも良しです!!後世の歴史家の評価が割れて、激ラブロマンス二次創作が馬鹿売れ…
特になしさんの聖女ものって最高しかないんですか! アツい……! そして例の漫画はあの本の中で一番面白かった、と私と私が勧めた人の意見が一致しました。全部面白かったけど、群を抜いていたよね! と結構語り…
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