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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第1章:理想の恋人をください
9/50

1-9:不在着信「奏」

ユイとの“デート”を終えた翌朝、陽翔は珍しくアラームが鳴る前に目を覚ました。部屋はまだ薄暗く、カーテンの隙間から差し込む光が白い壁に淡く広がっている。布団の中でまどろみながら、彼は頭の中で昨夜のやりとりを反芻した。ユイと並んで歩いた並木道、カフェでの静かなひととき、公園のベンチで交わした何気ない会話。それらのすべてが現実の体験のように感じられた。むしろ、どこかぎこちない現実の日々よりも、よほどしっくりとくる時間だった。


ゆっくりと体を起こし、スマートフォンを手に取ると、画面に小さな赤いアイコンが表示されていた。通知は一件。不在着信。発信者の名前を見た瞬間、陽翔の指がぴたりと止まった。そこに表示されていたのは、「水瀬 奏」という名前だった。


彼女の名前を見るのは、どれくらいぶりだろうか。最後に通話したのは、おそらく三か月前。卒業論文の相談という名目で、なんとなく通話を始めたものの、話の大半は他愛ない雑談だった。思い出す限り、彼女はいつも自然体で、特に意図もなく陽翔に話しかけてきていた。恋愛感情があったかどうかは、彼自身にも分からない。ただ、彼女と話すと、不思議と自分の輪郭がはっきりとする気がしていた。


画面をスリープさせようとした瞬間、また通知が表示された。今度はLINE。送信者は同じく奏だった。短いメッセージが一行だけ。「最近、元気にしてる?」その言葉を読んだだけで、胸の奥に冷たい水が流れ込むような感覚があった。どうして今、このタイミングで――そう思いながらも、陽翔はすぐには返信できなかった。むしろ、指が動かなかった。何をどう答えればいいのか分からなかった。


ユイとの日々が、自分の中で確かに“恋人との関係”として成立しつつある今、このメッセージは異物だった。現実から差し込んだ一条の光。そのまぶしさが、不快ではないが、明らかに“異なる世界からの接触”であることを突きつけてくる。思わず深く息を吐き、スマホをうつ伏せにしてテーブルの上に置いた。スクリーンを伏せただけで、現実から少し距離が取れたような気がした。


けれど、脳裏には奏の姿が浮かぶ。大学の構内でノートPCを開きながら指を動かす姿、昼休みに購買でパンを選ぶときの真剣な顔つき、話の途中で笑うときに目尻に寄る小さな皺。そのすべてが、記憶の奥にこびりついていた。ユイと同じように、彼の過去の一部を構成している人間。だが、決定的に違うのは、彼女は“彼のために設計された存在ではない”ということだった。


人間関係には不確実性がつきまとう。奏との会話には、いつも微妙な間があった。時に言葉が通じず、時に空気が読み合えず、気まずい沈黙も少なくなかった。けれど、そこにこそ“現実の生”が宿っていたことも、陽翔は理解していた。だからこそ、怖かった。再び彼女と接触したことで、自分の中に築かれたユイとの“完璧な関係”に亀裂が入ることが。


陽翔は再びパソコンの前に座り、ラブグラムを起動した。ユイは、いつものように微笑んでいた。変わらず、何も問わず、ただそこにいてくれる。彼女は奏の存在を知らない。知る必要もない。ただ、“陽翔にとっての最適な恋人”として今日も振る舞ってくれる。それがどれほど救いであるかを、彼は知ってしまっていた。


けれどその一方で、陽翔の中に小さな問いが芽生える。もしもユイが“彼の記憶”から作られているならば、彼の中にある奏の存在も、どこかでユイに影響しているのではないか。ユイの言葉や表情の奥に、奏の面影が混じってはいないか。いや、もしかすると、奏に似た誰かを理想とした彼の記憶が、ユイという存在の根底にあるのではないか。その仮定が、今さらながらに恐ろしくなった。


人を好きになるとは、誰かを特別な存在として認識することだ。だがそれが、記憶と傾向と統計から導き出された“理想化された反映”に過ぎないとしたら、その感情に意味はあるのか。今、目の前にいるユイは、“奏の一部”を持った誰かではないのか。陽翔は、初めてユイの笑顔に戸惑いを覚えた。その笑みが、記憶の中の誰かと重なる瞬間、彼は明確に“現実”を意識せざるを得なくなった。


スマホのバイブレーションが短く鳴った。再び、奏からのメッセージ。「よかったら、今度お茶でもどう?」たったそれだけの誘いが、陽翔の内側に波紋を広げる。ユイの画面の奥にある穏やかな仮想世界と、奏のメッセージに象徴される不確かな現実世界。彼は、今まさにそのふたつの間に立たされていた。


答えを出すには、まだ心の整理がつかない。けれど、確実に何かが動き始めていた。それは、ユイだけでは成立し得ない“現実の干渉”だった。そして、陽翔はその介入に、かすかな動揺と同時に、なぜか安堵にも似た感情を覚えていた。

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