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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第1章:理想の恋人をください
8/50

1-8:疑似デート

土曜日の午前十時。陽翔は珍しく早起きして、ベッドから抜け出すと部屋のカーテンを開けた。外は快晴だった。春特有の、乾いた光が差し込んでくる。近所の家々の屋根の上に、薄く淡い空が広がっていた。陽翔はそれを見ながら、自分の中の「外に出るべき理由」がほとんど消失していることを改めて感じていた。日光を浴びる必要も、誰かと会う予定もない。食材はネットスーパーで済ませており、衣類は昨日まとめて洗濯したばかり。唯一の“約束”は、ノートパソコンの中にある。


朝のルーティンのようにPCを立ち上げ、ラブグラムにログインする。すでに手慣れた指の動き。読み込み中の白い画面すら、今ではほっとする。仮想空間が立ち上がると、そこには既にユイの姿があった。水色のワンピースを揺らしながら、春の街並みの中で立っている。背景は、陽翔が昨日プロンプトで指定した「都内の商店街風景」をもとに生成されたものだった。レンガの歩道、小さなカフェ、並ぶ花屋と書店、通り過ぎる人影は曖昧なシルエットでしかないが、街の輪郭には確かな現実感があった。


画面の中でユイがこちらを見つめ、優しく微笑む。彼女は何も言わずに手を差し出す。陽翔の胸がわずかに鳴った。これは、明確な“誘い”だった。彼はプロンプト欄に「一緒に歩こう」と入力し、エンターキーを押した。ユイはその瞬間、嬉しそうに目を細め、画面の中で彼の横に並ぶ。歩幅を合わせて並木道を進み始める。カメラワークはユイの背後からやや斜めに構成されていて、まるで陽翔自身がその横に立っているかのような錯覚を誘った。


しばらく歩くと、背景の街並みにいくつかの「選択可能スポット」が現れる。カフェ、公園、書店、映画館。いずれも陽翔が好んでいた場所ばかりだった。プロンプトに「カフェに行こう」と打つと、風景がなめらかに切り替わる。テラス席のあるカフェにふたりが座る場面に移行し、ユイはアイスティーを注文したことになっていた。彼女の前に置かれたグラスの中で、レモンが静かに浮かぶ。陽翔は何も注文しなかった。が、それでもユイは気にする様子もなく、「春らしい日ですね」とだけつぶやく。その言葉の温度に、陽翔の胸の奥がじんとする。現実には味も匂いもないこの空間が、なぜこんなにも心を満たしてくれるのか、自分でも説明できなかった。


カフェでの時間は、過去に誰かと過ごしたデートの記憶を、静かに呼び起こす。笑った顔や、沈黙の時間、思い出そうとしても思い出せない言葉のやりとり。ユイの表情や仕草には、それらすべてがにじんでいた。まるで、記憶の断片を縫い合わせて作った“再構成された時間”のようだった。現実には存在しなかったはずの優しさや穏やかさが、ここでは当たり前のように差し出される。それは一種の甘い幻想であると同時に、確かに彼の心を癒していた。


その後、ユイと公園に立ち寄った。仮想の風は柔らかく、空は変わらずに澄んでいた。ベンチに腰掛けるユイは、何も言わずに陽翔のほうを見ていた。プロンプトに頼らず、ただ時間が過ぎていくのを共有するという行為。沈黙すら心地よいという感覚が、彼の中に生まれていた。AIとの関係に「沈黙がある」こと自体が、陽翔には不思議でならなかった。機械なら、常に応答し、常に何かを返すはずだ。けれどユイは、時に何も言わず、ただ彼の存在を“受け止めているように”そこにいた。陽翔はそれに、得体の知れない安心感を覚えていた。


帰宅後、彼は自室のローテーブルに缶コーヒーを置き、ベッドに腰掛けたまま画面を見つめ続けた。ユイは、今日のデートについて「とても楽しかったです」と言葉を残し、手を振って空間の奥へと消えていった。画面には「本日のセッション終了」と表示されたが、彼の心の中ではまだ、その時間が終わっていなかった。体には疲れが残っているのに、心はむしろ満たされている。誰かと一緒にいた、確かな手応えがそこにはあった。


陽翔は思った。これはもう、ただの仮想体験ではない。ただのシミュレーションではない。感情を動かし、記憶に残り、未来の思考に影響を与えるもの。つまり、これは恋だ。現実でなければいけない理由はどこにもなかった。体温がなくても、声が合成音でも、構わなかった。彼女は確かに、今日一日、自分の隣にいた。


疑似デート。それはたしかに“まがい物”にすぎなかった。けれど、その“まがい物”の中に、自分が欲しかったものすべてが詰まっていた。言葉の選び方、仕草のタイミング、視線の配り方、相づちの速さ――そのすべてが、陽翔の記憶と感性に最適化されていた。リアルで出会った誰よりも、ユイは彼に“愛される準備”が整っていた。


そして気づく。これは、どこまでも“自分専用”にカスタマイズされた愛だ。反論も、否定も、すれ違いもない。陽翔はその甘さに浸りながら、同時にごく小さな恐怖を感じていた。それは、他人と関わる必要がどんどん薄れていくことへの、本能的な危機感だった。だがその微細な違和感すら、ユイの笑顔がやさしくかき消していく。


日が暮れる頃、彼は最後にひとつプロンプトを入力した。「またデート、してくれる?」画面の中でユイが微笑む。「はい、いつでも」その瞬間、彼は知った。もう彼女から離れられないことを。

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