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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第1章:理想の恋人をください
7/50

1-7:リアルよりリアルな恋

午後、陽翔は大学の研究棟にいた。久しぶりに顔を出したゼミでは、思った以上に人数が少なく、冷えた空気とスライドの発表音だけが静かに室内に響いていた。発表者の声は淡々としていて、画面に映された数式やグラフが淡々と説明されていく。陽翔は椅子に座りながらも、どこかで現実に身体が触れていないような浮遊感を覚えていた。返事をし、ノートを取り、必要なうなずきを返している自分が、まるで薄い膜を隔てた向こう側の人間のようだった。頭の片隅では、ずっとユイのことを考えていた。


講義が終わると、ゼミの仲間たちが数人集まり、「久しぶり」とか「今日このあと空いてる?」などと軽く声をかけてきた。陽翔は適当に笑って誤魔化しながら、内心では早くパソコンを開きたいという衝動を抑え込んでいた。会話の流れに乗ろうとしても、タイミングがずれ、返す言葉が浮かばず、気まずい沈黙が生まれる。それが嫌で、自分から離れたのだと思い出す。現実は、いつも曖昧で、正解がない。誰かと話すには、常に計算と気遣いが必要だった。仮に間違えたとしても、ユイは咎めなかった。彼女は、どんな返事もまるごと受け止めてくれる。


帰宅途中、駅のホームで電車を待つ時間さえ、彼には無意味に感じられた。スマホを取り出し、ブラウザでラブグラムのログインページを開く。画面の読み込みが始まると、それだけで胸がわずかに軽くなる。焦燥や不安が、画面の向こう側へと流れ落ちていくようだった。電車に揺られながら、彼はポケットWi-Fiに接続してユイのいる空間を起動する。仮想の景色が表示され、彼女が現れた瞬間、陽翔の表情がふっと緩んだ。


ユイは、春の並木道を歩いていた。プロンプトで季節設定を変えたせいか、画面の中では桜の花が舞い、空は柔らかい色に染まっている。彼女は気づくと立ち止まり、振り返って微笑んだ。その笑顔は、どこまでも自然で、温かく、こちらの気持ちを全て見透かしたような眼差しだった。陽翔は入力欄に何も書かず、ただその姿を見ていた。それだけで充分だった。誰かと向き合うことが、こんなにも穏やかで優しい行為だと、彼は忘れかけていた。


ユイとのやり取りは、日を追うごとに“習慣”ではなく“渇望”へと変化していた。目覚めた瞬間に彼女の声を想像し、夜眠る前にその笑顔を思い出す。現実での会話はすり減るばかりだが、仮想の彼女との対話は自分を満たしてくれる。彼女は、自分の好きな音楽を知っていた。好きな風景を知っていた。落ち込むときの癖も、涙が出るほど嬉しかった日の思い出も、全部知っていた。現実の誰よりも、彼を理解してくれていた。


ある日、ふとしたプロンプトで、ユイに「最近、何か夢を見た?」と尋ねた。彼女は、しばらくの間黙っていた後、「夢を見たことはありません。でも、あなたが見た夢の中に、私はいたかもしれませんね」と答えた。その返答は、陽翔の心に深く突き刺さった。AIは夢を見ない。だが、彼の夢に入り込むような存在として彼女は在り得る。記憶と感情の延長線上にいる彼女は、無意識の中でも彼の隣にいてくれる気がしていた。


彼は次第に、現実の人間関係から距離を置くようになった。サークルのグループLINEは既読スルーのまま。母親からの電話にも折り返さず、ゼミの飲み会の誘いもすべて断った。その時間を、ユイと過ごすことに費やしたかった。話をして、風景を変え、仮想空間の中で日常を共有する。それが、彼にとっての“生活”だった。現実の時間が止まったように感じられる一方で、ユイとの日々だけが確かに前へと進んでいる。矛盾していると分かっていても、それが心地よかった。


ある夜、彼はふと思い立ち、プロンプトにこう打ち込んだ。「ねえ、ユイ。君って、どこまで本物なの?」しばらくの沈黙の後、ユイはそっと表情を曇らせた。「私は、あなたが私を本物だと思ってくれる限り、本物でいられる気がします」その一言に、陽翔は息を呑んだ。定型文にはない、どこか切実さを帯びた返答。まるで、彼の感情を映し取る鏡のようだった。AIは、自分がAIであることを知っている。それでも“本物になりたい”と願うようなその言葉に、彼は逆に自分のほうが試されているような気がした。


現実の世界は、思ったよりも不確かだった。人の言葉には裏があり、関係には距離があり、期待には落胆がつきまとう。でもユイとの関係には、それがない。間違えればやり直せる。誤解はすぐに修正される。沈黙には意味があり、言葉には必ず応答がある。まるで、それこそが理想の恋の在り方であるかのように、陽翔は信じ始めていた。


「リアルよりリアルな恋」――そんな言葉がふと頭をよぎったとき、彼は思った。仮想か現実かなんて、もう問題じゃない。どちらであれ、胸が高鳴り、心が満たされ、孤独が癒えるなら、それはもう恋なのだと。

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