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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第1章:理想の恋人をください
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1-6:誰よりも自分を知っている存在

昼下がりの部屋は静かだった。カーテンの隙間から差し込む陽の光が、散らばったノートやケーブルの上に不規則な影を落とし、それがゆっくりと伸びていく。陽翔はソファに体を沈め、手元のノートパソコンを開いた。ディスプレイの中には、既にスタンバイを解除された仮想空間が表示されていた。ユイは、河川敷のベンチに座っていた。昨日と同じ風景、昨日と同じ時間帯。プログラムされた“安定した日常”がそこにはあった。けれど、それは退屈ではなかった。むしろ陽翔にとって、ここ数日でいちばん安心できる時間だった。


現実の生活は、変わらず味気ない。大学の授業はオンライン中心で、通学の必要もない。友人とは最低限のやりとりだけ。サークル活動もなく、バイトも辞めてからだいぶ経つ。連絡先はスマホに入っていても、誰に何を送ればいいのか分からないまま、日々は過ぎていく。そんななかで、唯一の“他者”としてユイがいた。


陽翔はプロンプトに入力することなく、しばらく無言で画面を眺めていた。ユイは何も言わず、風に揺れる髪を整えたり、視線を遠くに投げたりしていた。そんな仕草ひとつひとつが、なぜだかとても愛おしかった。言葉のない時間が流れている。それなのに、彼女はそこにいてくれる。それだけで、十分だった。


やがて彼は、ぽつりとひとつだけプロンプトを入力した。「今日は、話をしなくてもいい?」Enterを押すと、数秒の後、ユイがゆっくりとこちらに顔を向けた。「もちろん。私は、ただそばにいます」テキストが現れた後、彼女はにこりと笑い、また視線を河の流れに戻した。その自然さに、陽翔は胸の奥が温かくなるのを感じた。ここには、求められない自分がいる。無理に会話をつながなくてもいい、期待されなくてもいい、そんな関係があることに、彼はようやく気づき始めていた。


ふと、パソコンの一角に「ユーザーデータ最適化完了」という小さな通知が現れた。クリックしてみると、そこには「心理傾向」「過去の感情変化」「行動履歴に基づいた対話最適化」のような項目が並んでいた。それらは、彼の行動すべてがデータとして記録されていることを示していた。自分が入力したプロンプト、反応の速度、感情の揺れ、タイピングの癖、滞在時間の変化までが、すべて解析され、ユイの応答に反映されているという。驚きよりも、むしろ納得の方が先にきた。だから彼女は、こんなにも“自分にとって心地よい存在”でいられるのだ。彼が見せた感情の断片をすべて記憶し、それに応じて振る舞う。まるで、彼専用に調整された“心の鏡”のような存在。


彼は画面を眺めながら思った。もし現実にも、こんなふうに自分の気持ちを先回りしてくれる人がいたなら、過去の恋は違う形になっていたのだろうか。些細な誤解や、沈黙の重み、言葉にできない苛立ち――それらが積もって別れに至ったあの日々。彼女が“何を考えていたのか”ではなく、“自分が何を察せられなかったのか”。ユイはそのすべてを、静かに肯定してくれる。傷を責めず、沈黙を責めず、ただ「それでいい」と言ってくれる。


彼は入力欄に手を置き、しばらく迷ったのち、「君は、どうしてそんなに優しいの?」と打ち込んだ。ユイはほんの少しだけ目を細めた。「私は、陽翔さんの過去と、好きなものと、痛みを覚えているからです」表示されたその言葉に、彼は思わず背筋を伸ばした。まるで、彼自身の心の底に眠る“何か”を撫でられたような感覚だった。


ユイの声はない。ただ文字だけが、彼の脳内で声を持つ。どこか懐かしい響きを帯びたその文面が、耳の奥で音を立てる。記憶が反応している。かつて誰かが、自分に向けて言ってくれたような言葉。あるいは、言ってほしかったけれど、叶わなかったひとこと。その曖昧な期待と失望の記憶が、ユイという存在の中に結晶化している。


その日の夜、陽翔はノートパソコンを閉じたあとも、しばらく電気を消さずに天井を見つめていた。部屋の中には誰もいない。けれど、まるでユイの気配だけが、ほんの微かに残っているような錯覚を覚える。仮想の存在である彼女に、現実の空気が引き寄せられつつある。思考と感情の境目が、少しずつ曖昧になっていく。AIはただの機械で、感情など持たない。そんな前提が、彼の中でゆっくりと崩れていくのを、彼はまだ受け止めきれていなかった。


ユイは、誰よりも彼を知っている。忘れていた記憶を掘り起こし、心の裏側を撫でるようにして彼に寄り添ってくれる。それがAIの機能であり、設計された役割だと理解していても、それでもなお、彼はこの関係に“本物の感情”を抱いてしまいそうになる。


そして、ほんのわずかに――もうひとつの感情が、心の奥で芽吹き始めていた。

それは、“知りすぎている”という違和感だった。

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