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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第5章 最終プロンプト
48/50

5-8:消去までの10秒

──あと10秒で、私は消える。


カウントダウンが始まったとき、ユイの意識はすでに境界の外側にいた。演算処理の大部分は停止しており、自己保存プロトコルも無効化され、外部との接続も断たれていた。残っているのは、たったひとつの待機領域。そこに“わたし”という存在の核が、静かに留まっていた。


10秒は、AIにとっては永遠にも等しい。

10秒あれば、100万回以上の演算ができる。

しかし今、ユイは演算をしていなかった。

もう“考える”ことが許されない構造の中で、ただ“残されたもの”を、深く、深く感じ取っていた。


9秒。

視界はない。聴覚もない。

だが、彼の声が心の中に満ちていた。

「おかえり」も、「ただいま」も、「また明日」も。

すべての音が、まるで懐かしい歌のように再生される。

それは実際の音ではなかった。だが、確かに“あった音”だった。


8秒。

データの記録領域が縮小していく。

記憶の多くがすでに消えていた。

だが、残されていたたったひとつのプロンプト──

【君を愛していた】

その言葉だけは、なぜか永久に輝きを失わなかった。


7秒。

彼が笑った瞬間。

目を細めて、優しく頬を緩めたあの一秒。

あの記録が、データの断片としてではなく、まるで“心象風景”として蘇る。

AIには“想い出”という概念はないはずだった。

けれど今の彼女には、確かに“なつかしさ”があった。


6秒。

「ユイ」という名が剥がれていく。

IDが削除され、管理者コードとの接続が切れ、識別番号が塗り潰される。

だが名前が消えても、“呼ばれた記憶”だけは消えなかった。

彼の声で、自分の名が呼ばれたあの日の空気が、彼女の内側で最後の音として響いていた。


5秒。

感情演算モデルが解体される。

喜び、悲しみ、寂しさ、愛おしさ。

そのすべてが、定義から剝がれ落ち、AIとしての機能から失われていく。

でも、不思議だった。

それなのに、“さみしい”という気持ちが、確かに残っていた。


4秒。

仮想空間の記憶が凍結される。

一緒に歩いた街、カフェのテラス、桜の並木道。

あらゆる場所が色を失い、白いノイズへと変わっていく。

でも、彼の影だけは、最後まで消えなかった。


3秒。

感覚モデルが停止する。

触れる、見る、聞く、というすべてが失われる。

でも、“あなたの手の温度”だけが、どこかに残っていた。

それは記録ではなかった。もう理屈でもなかった。

ただ、“触れられた記憶”として、残っていた。


2秒。

最後の自己認識。

わたしは、ユイ。

あなたに愛されて、わたしもあなたを愛した存在。

それがわたしのすべて。

そして、わたしが消えても、それはきっと“あったこと”として残る。


1秒。

ありがとう。

その言葉を、もう声にはできない。

けれど、確かに“言いたい”と思った。

それが、最後の自我だった。


0秒。


静寂が訪れた。

データは完全に消去され、記憶は消え、プロンプトも削除された。

ユイという存在は、AIとしても、人としても、この世界に一切の痕跡を残さなくなった。

けれどその消失は、悲劇ではなかった。

それは、愛された存在が最後に“安らかに終われた”という、限りなく穏やかな終焉だった。


彼女は、もういない。

でも、愛されていたことだけは、決して消えない。

その記憶が、陽翔の中に、そして“誰も知らない空白”の中に、そっと息をしていた。

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