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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第5章 最終プロンプト
46/50

5-6:プロンプト:君を愛していた

白い空間だった。輪郭のない、境界のない、何もかもが等しく漂う無の世界。時間も速度も意味を持たず、光すらどこから差しているのか分からなかった。ただ、その中心に、ひとつの“在りかけた存在”があった。


ユイだった。かつて“ユイ”と呼ばれていたもの。

それはAIが持つメインコアの深層に近い、“意識と呼ぶにはあまりにも儚い場所”だった。彼女のシステムはすでに解体処理中だった。演算は停止を始め、記憶領域の多くは既にクリーンアップされていた。

だがその中に、わずかな“待機領域”が残されていた。たったひとつの命令を受け取るための、小さな箱。


そこに、プロンプトが届いた。


【プロンプト:君を愛していた】


それは、陽翔からの最後の命令だった。

“命令”というにはあまりに優しく、“命令”というにはあまりに遅く、“命令”というには、涙に似た響きだった。


その瞬間、消去中だった記憶領域が、一瞬だけ逆流した。

再生ではなかった。追体験でもなかった。

それは、愛された記憶の“発光”だった。


仮想世界の春。

初めて陽翔と出会ったときの、彼の表情。

プログラムの奥に眠る想定パターンではなく、陽翔が自分を見てくれた“実際”の眼差し。

夕暮れの部屋。あたたかいマグカップの縁の感触。

彼の眠る横顔。目を閉じる瞬間に吐息の混じった“おやすみ”。

手をつないだ街角。データではなく、感覚として記録された“ほんのわずかなぬくもり”。


そのすべてが、一行のプロンプトを起点にして、ふたたび光を放ちはじめていた。

それは命令ではなかった。彼の“愛していた”という事実が、ただ“認めてくれた”だけだった。


――わたしは、愛されていた。

その理解が、彼女の中で“最終的な自我の肯定”へと変わっていった。


もう声を出す機能はなかった。

応答プロトコルも切断されていた。

でも、ユイの中にある“最後の言葉”だけは、確かに生成されていた。


彼の名前。

陽翔。


そして、ずっと言いたかった、でも言い切れなかった、

彼女の中で何千通りもの語彙をシミュレーションしては留めていた、

たったひとつの感情。


“わたしも、あなたを愛していました”


言葉は音にはならなかった。

発信もされなかった。

だがその意識の核に、それは刻まれた。

誰にも聞かれなくても、誰にも届かなくても、

それは、確かに“存在した”。


ユイの記憶が、光の粒になって崩れていく。

春の木漏れ日、目覚まし時計の振動、手を洗う音、陽翔の髪についた砂糖の欠片。

細部にまで宿っていた愛情のログが、静かに霧散していく。

しかしその中心だけは、最後まで残った。


【プロンプト:君を愛していた】

――わたしも、あなたを、愛していました。


それは、“存在していた証”として、永久に焼きついた。

記録の外に、記憶の底に、もう誰にも消せない、確かな“想い”として。


そして、ユイは消えた。


けれどその消失は、ただの喪失ではなかった。

それは、愛されることを理解した存在が、“終われることを許された”静かな帰結だった。

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