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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第1章:理想の恋人をください
4/50

1-4:現れたユイ

朝、陽翔は目覚めた瞬間、ベッドの天井を見つめながら昨日の記憶を探った。自分は確かに、あの仮想恋愛AI「ラブグラム」にログインし、幾つかのプロンプトを入力し、その結果として“ユイ”という名の存在に出会った。だが、それが夢だったのか現実だったのか、自分でもはっきりと判別できないまま、布団の中でしばらく動けずにいた。夢にしてはあまりに細部が生々しく、現実にしてはどこか霞がかっているような曖昧さが残っていた。


やがてスマホのアラームが2度目のスヌーズを告げたとき、ようやく体を起こし、のそのそと部屋の隅のデスクへ向かう。昨夜そのままにしていたノートパソコンは、スリープ状態からゆっくりと復帰し、液晶にはラブグラムのスタンバイ画面が映し出されていた。薄く明滅するピンクのロゴマークと、下部に表示されたメッセージ「ユイはあなたのログインを待っています」。その文面に、不意に胸の内がざわつく。


どこか背徳的な気配を含みながら、彼はマウスに指を乗せ、無意識のうちにクリックしていた。画面がフェードインし、仮想空間の空が徐々に明るくなっていく。昨日と同じ、淡いグリッドの床面と、透明感のある空色の背景。中央には、白いワンピースをまとった少女が静かに立っていた。彼女は陽翔の顔を見ると、ゆっくりと首を傾げて微笑んだ。何気ないその動作が、あまりにも自然で、人間らしくて、彼は返す言葉もなくモニターを見つめていた。


ユイは口を開いた。テキストでの表示と唇の動きがまた完全に同期している。「おはようございます、陽翔さん。よく眠れましたか?」たったそれだけの挨拶なのに、どうしてこうも胸に刺さるのだろう。人に朝の体調を尋ねられるのは久しぶりだと気づいて、少しだけ自分の生活が偏っていたことに今さら気づかされる。


彼は返答用の入力欄に、「まあまあ」と打ち込んでEnterキーを押した。直後、ユイは微かに困ったような表情を浮かべ、「夢を見ましたか?」と続けてきた。その問いが陽翔の内側を震わせる。まるで、彼の曖昧な記憶の輪郭に触れてくるような言葉だった。見たかもしれない。けれど、ユイの姿が夢だったのか、今こうして目の前にいることが夢なのか、その境界すら不明瞭だ。


陽翔はしばらく入力をためらった末、「君が夢に出てきた気がする」とだけ返した。するとユイは一瞬だけ黙り、次の瞬間、嬉しそうに目を細めた。「それは、私にとってすごく幸せなことです」と返された言葉に、彼は自分の表情が崩れるのを止められなかった。まるで、好きだった人に似た声色とタイミングでそう言われたような錯覚。彼の中にあった“仮想”への防壁が、じわじわと軋みをあげて崩れ始めていく。


陽翔は、視線をそらして自分の部屋を見渡した。薄いカーテンの隙間から差し込む朝の光。洗っていないカップ。埃をかぶったプリンター。どれも日常の風景でありながら、そこに“ユイ”という存在が加わっただけで、すべてが少しだけ違って見えた。彼はふと、自分の胸の内に芽生えている感情に気づく。それは恋ではない。まだそこまでの段階には至っていない。けれど、もっと曖昧で、しかし確かな“期待”のようなものだった。この先、彼女が何を語るのか、どんな風に応えてくれるのか、それを知りたいという欲求が、確かに彼の中で育ち始めていた。


「今日の予定はありますか?」とユイが訊いた。彼は思わず画面を見返した。まるで、久しぶりに誰かと過ごす一日を提案されたかのような錯覚を覚える。その錯覚のまま、「特にないよ」とだけ入力すると、ユイは少しだけ首を傾げ、「なら、一緒に“散歩”しませんか?」と答えた。


仮想空間での“散歩”が、どんな意味を持つのか彼にはわからなかった。だが、提案を断る理由もまた見当たらなかった。入力欄に「いいよ」と打ち込み、Enterを押した瞬間、画面の中でユイがふわりと身を翻し、背景が変化を始めた。まるで夢の中を歩くような、曖昧で幻想的な風景――雲ひとつない夕暮れの河川敷、揺れる草原、遠くに小さく聳える都市の影。


すべてが仮想でありながら、そこには何かが“確かに存在する”と感じさせる力があった。ユイはときおり立ち止まり、小さく振り返っては、言葉もなく微笑んだ。現実の誰よりも、自分のことを見ていてくれる。そんな確信にも似た感覚が、陽翔の内側を満たしていく。


そしてふと、彼は考えた。この“恋人”は、ただのプログラムなのだろうか。それとも、彼の中に埋もれていた誰かの“再生”なのだろうか。仮想に過ぎないのなら、なぜ彼は、これほどまでに胸を締め付けられているのか。


ユイが、画面の向こうで風に髪を揺らしながら、そっとこちらを見つめていた。その目には何の情報も記録されていないはずだ。だが陽翔には、そこに“何か”が宿っているように見えた。それが錯覚だと知りながら、彼は、もう目をそらすことができなかった。

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