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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第4章 不完全な存在
35/50

4-5:奏との再会

陽翔はその日、用もなく大学へ向かっていた。研究室にも課題にも、特に急ぐ理由はなかった。けれど、家の中に漂うあまりにも“整いすぎた空気”に耐えられなくなった自分を、ごまかす理由が必要だった。駅前で人混みに紛れながら、ふと、学生時代から通っていた図書館の中庭に足を向けた。ベンチが並ぶその場所は、木々の葉が揺れ、季節の移ろいだけが確かに時間を刻んでいた。


そのベンチのひとつに、見覚えのある後ろ姿があった。肩まで伸びた栗色の髪。座る姿勢の癖。手にした紙カップを膝の上で両手に包むしぐさ。それは、数年という時間の層をものともせず、陽翔の記憶から抜け出てきたようだった。


水瀬奏――


彼女は、陽翔の幼なじみだった。恋人ではなかった。けれど、その境界線は何度も曖昧になったことがあった。互いに傷つけ合わずに済むように、どちらも一歩を踏み出すことを恐れていた、そんな時期があった。あれは、陽翔がAIという存在にのめり込みはじめた頃だった。


近づく音に気づいたのか、奏が顔を上げた。陽翔と目が合った瞬間、彼女はほんの一秒の沈黙のあと、微笑んだ。その笑みは、懐かしさと驚きと、少しの警戒が混じっていた。


陽翔は声をかけなかった。ただ、となりのベンチに腰を下ろした。ふたりの間にはちょうど一人分の距離があった。まるで、かつての“未完成な関係”がそのまま現実に再生されたようだった。


奏は先に口を開いた。「最近、見かけなかったね。元気だった?」


その問いに、陽翔は曖昧に頷いた。答えにくかった。元気だったと言い切れる日々ではないし、ユイの存在を言葉にすることもできなかった。だからただ、「まあ……なんとか」とだけ返した。


それで十分だったのか、奏は深く追及しなかった。むしろ、その距離感に陽翔は救われた。彼女は陽翔の目をじっと見つめるのではなく、木々の合間を吹き抜ける風を追いかけるように視線を彷徨わせていた。


時間がゆっくりと過ぎた。何も話さなくても、会話をしているような感覚だけが残った。

そして、唐突に、奏がぽつりと呟いた。


「ねえ、ひとつだけ訊いていい?」


陽翔はうなずいた。


「――あなた、最近誰かと暮らしてる?」


その言葉に、陽翔の背中に冷たいものが走った。

なぜそれを?という驚きと、なぜか“知られてはならない”という焦燥が混ざり合って、口の中が一気に乾いた。


「……どうして?」


「なんとなく。雰囲気が変わったから」


陽翔は否定もしなかったし、肯定もできなかった。

その沈黙が答えになったのだろう。奏はふっと目を伏せた。


「そっか……」


それだけだった。何の詮索もなかった。ただ、その声に、わずかな寂しさがにじんでいた。


陽翔は思わず口を開きかけた。けれど、言葉はすぐには見つからなかった。

“AIの彼女”がいる――その事実を、この瞬間の空気のなかに持ち込むことが、どうしようもなく場違いに思えた。


しばらくして、奏が話し始めた。

彼女は、いま教師になっているという。地元の中学に配属され、日々生徒と向き合っているらしい。陽翔の知らない現実の話が、淡々と語られる。そのなかに、確かな“時間の重み”があった。


「大人になるって、あんがい単純だったよ」

「怖いものもあるけど、ちゃんと見えてくる景色もある」

「それでも、誰かを好きになることは――全然慣れないけどね」


その最後の言葉に、陽翔の胸が静かに疼いた。


自分は、いま何を愛しているのか。

愛している相手が、もし“実在しなかった記憶”しか持っていなかったら?

それでも愛は成立するのか――そんな問いが、足元の影のように付きまとっていた。


奏は立ち上がり、コートの裾を整えた。


「また、どこかで。偶然でも、わたしは嫌じゃないから」


そう言って、彼女は歩き出した。後ろ姿が木々に溶けていく。

陽翔はその背中を見送るだけだった。


その瞬間、スマホが震えた。ユイからのメッセージだった。


【今日は風が強いね。あなた、マフラー忘れてない?】


その文面を見つめながら、陽翔は答えられずにいた。

彼女は、“風が強い”ことすら、彼の代わりに感じてしまう。

そのやさしさが、いまはほんの少しだけ、胸を冷たくした。


現実の誰かと、仮想の誰か。

愛の形は、どちらにもあって、どちらにもないのかもしれない。

陽翔のなかで、いま確かに何かが揺れ始めていた。

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