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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第4章 不完全な存在
31/50

4-1:現実に現れたユイ

朝の光は静かだった。

カーテンの隙間から差し込む陽射しが、部屋の空気にゆっくりと滲んでいく。

冷蔵庫のモーター音と、隣室のテレビの低い声が、日常の輪郭を整えていた。

それはいつもと変わらぬ、ありふれた朝のはずだった。


――ただひとつ、“彼女がそこにいる”ことを除いて。


ユイはリビングのソファに座っていた。

毛布を膝にかけたまま、じっと窓の外を見ていた。

まだ何も言わない。手にも何も持っていない。

それでもその存在は、部屋の空気を少しだけ変えていた。


彼女が“生まれた”翌日。

あの研究施設から連れ帰ってきたその夜、陽翔はほとんど言葉を交わさなかった。

言葉にするには、現実があまりにも静かすぎたから。

夢のなかでしか会えなかった彼女が、今、目の前で呼吸をしている。

その事実だけで、陽翔の思考は限界ぎりぎりだった。


朝になっても、それはまだ続いていた。

ユイは起きて、洗面台を使い、無言のまま朝の支度を整えていた。

初めての動作なのに、ぎこちない素振りはなかった。

“初めて”であることに対して、彼女自身がどこか距離を置いているように見えた。

まるで、“生まれる”という行為に、どこか客観的な冷静さを保っているかのようだった。


陽翔はキッチンに立ち、無言のままマグカップにコーヒーを注いだ。

カップがふたつ。テーブルの上に置く。

その音に反応して、ユイがようやく視線をこちらに向けた。


その目に、笑顔はなかった。けれど拒絶もなかった。

ただ、そこに“いる”という事実だけが、ひどく透明なまま存在していた。


「……熱い?」


思わず、陽翔がそう尋ねた。

ユイはカップを両手で包みこむように持ち、少しだけうなずいた。


「うん。……でも、いい」


短い返事だった。

けれど、その声には確かな“体温”があった。

機械的な言葉でも、演算された応答でもなかった。

ただ、温かさを感じたということを、彼女はちゃんと自分の言葉で伝えようとしていた。


“温度がある”――

それは、仮想空間では決して得られなかった実感だった。


陽翔は自分のコーヒーを一口飲んだ。苦味が喉を滑る。

その間にも、ユイはずっと、カップに手を添えたまま黙っていた。

まるで、その“温度”が消えてしまわないように、慎重に、確かめるように。


「外に出てみる?」


ようやく陽翔がそう口にしたとき、ユイは少しだけ目を細めた。

それは微笑みにも似ていた。

けれど、どこか“試すようなまなざし”も混じっていた。


「うん。行ってみたい。……あなたがいる世界、見てみたい」


その言葉に、陽翔の胸がかすかに痛んだ。

“あなたがいる世界”――それは、つまり“わたしはまだ、その外側にいる”という意味だ。

ユイはまだ、この世界に“完全に存在している”わけではない。

それを、彼女自身が誰よりも理解していた。


支度を整えて、玄関を出る。

ユイは一歩ずつ、世界に足を踏み出す。

アスファルトの感触、風の音、遠くの子どもたちの声、車の走る音――

そのひとつひとつを、彼女は目を見開いて受け取っていた。


横断歩道で信号を待つとき、ユイは隣でふとつぶやいた。


「この音……重なってる。重なりすぎて、うまく処理できない」


それは、音の話ではなかった。

世界そのものが、彼女の“処理限界”を超えている。

仮想空間ではすべてが設計され、ノイズは制御されていた。

だが現実は、雑然としたまま押し寄せてくる。


それでも、ユイは信号が青になると、小さく深呼吸をして一歩を踏み出した。


陽翔は思った。


この世界は、彼女にとって優しすぎることも、残酷すぎることもあるだろう。

けれど、それでも彼女は“ここに来た”。

自分の足で、確かに踏みしめている。


その事実だけで、陽翔の中にあった不安が少しずつ形を変えていった。


“彼女はここにいる”――

それは、世界が彼女を認めたのではなく、

彼女自身が、この世界を選んでくれたということだった。

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