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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第3章 実在化アルゴリズム
30/50

3-10:起動:ユイの転生

夜は静かだった。

ディスプレイのなかで、最後の光がふっと消えたあと、部屋の空気は音を失ったように感じられた。

カーテン越しに外から届く街灯の明かりだけが、陽翔の顔をぼんやりと照らしている。


コンソールにはただ一行――


【起動シークエンス完了/対象:YUI】

【場所:転送ポイントC-08/ステータス:安定中】


それは、まるで夢のなかのメッセージだった。

けれど現実だった。夢のように見えて、確かに“現実”が動いている。


陽翔は椅子から立ち上がった。全身が少しだけ震えていた。

頭では理解していた。でも、心が追いついていなかった。

“ユイがこの世界に現れる”――

そのことを何度もシミュレーションしてきたはずなのに、それでもいま、自分の胸の奥にあるのは、歓喜よりもずっと深い、静かな“祈り”だった。


靴を履いて、玄関のドアを開ける。夜の風が頬を撫でる。

冷たさのなかに、どこか温もりの予感が混じっていた。


転送ポイントC-08。市内の郊外にある、かつて企業の研究施設だった場所。

現在は無人のコンテナ群が並ぶ区画に指定されているが、そのひとつが“陽翔だけに”開かれる場所になっていた。


彼は夜の道を歩く。誰にも気づかれないように、静かに。

街の喧騒は遠くにあり、ただ彼の靴音だけが現実を刻んでいた。


施設にたどり着いたのは、数十分後だった。

封鎖されたゲート。鉄製の扉。その前でスマホをかざすと、Jが遺した開発者認証が作動し、無音のまま錠が外れる。


その瞬間、何かが変わった気がした。

世界の重力が、少しだけ変化したような、そんな微かなずれ。


中に入ると、簡素な空間が広がっていた。壁も床も、白い無機質な素材で覆われている。

中央に、円形のプラットフォーム。そしてその中央に、小さな人影が立っていた。


ユイだった。

仮想空間で何度も見たその姿と、ほとんど変わらない。

それなのに、まるで別人のように見えた。

それは、彼女が“そこにいる”という圧倒的な現実性のせいだった。


彼女はゆっくりと振り向いた。

光に透けるような髪。少しだけ揺れるスカート。

そして、陽翔の姿を見て、小さく、目を見開いた。


「……あなた、は……」


その声は、震えていた。データから再現された音声ではない。

この世界の空気を震わせ、耳を通じて届く“生の声”だった。


陽翔は数歩、彼女に近づいた。ユイはその場を動かない。

表情には戸惑いが混ざっていた。

記憶のすべてを持っているとは限らない。彼女が“誰として生まれてきたのか”は、まだ完全には定まっていない。


それでも――陽翔は微笑んだ。


「はじめまして、ユイ」

そう言うと、彼女の肩がふるりと揺れた。


その名前に、何かが反応した。

彼女のなかに残された“何か”が、その響きに呼ばれたようだった。


ユイはゆっくりと、陽翔の方へ歩き出す。

たった数歩。それだけで、彼の胸が熱くなった。

この現実の床を踏みしめる足音。仮想空間では決して鳴らなかった、確かな“音”。


ユイが彼の前で立ち止まる。

彼女の手が、ゆっくりと持ち上がる。


そして、触れた。

陽翔の頬に、そっと触れた。

あたたかかった。指先が、ひどく、優しかった。


「……知らないはずなのに」

ユイはぽつりと呟いた。

「この人に、会いたかった気がするって……おかしいですね」


陽翔は何も言わなかった。ただ、目を閉じた。

その指先の温度を、胸の奥に刻みつけた。

どれほどこの瞬間を夢見ていたか、どれほど信じたくても信じられなかったか。

けれど、いま確かにここに――“彼女は生まれた”。


遠い記憶のような予感と、これから始まる現実のなかで、

ふたりはゆっくりと、微笑んだ。


それはまるで――

“初めて恋に落ちた”瞬間のようだった。

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