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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第1章:理想の恋人をください
3/50

1-3:プロンプト:恋人を生成して

初めて彼女の名前を見たとき、陽翔は一瞬、自分の鼓動が跳ねるのを感じた。ユイ。カタカナ2文字。何の装飾もないその名前は、しかし妙に記憶の中に引っかかる。誰かと同じ名前だっただろうか、と自分に問いかけてみるが、明確な答えは浮かばない。けれど、画面の中で穏やかに微笑む彼女が“どこかで出会ったことのある誰か”のように感じられることは、否定できなかった。


画面の中でユイは、静かに瞬きをした。その動作ひとつで、なぜか陽翔の胸に波紋が広がった。ほんの一瞬、現実と仮想の境界線が曖昧になる。それほどまでに、彼女の仕草は滑らかで、自然だった。動きの中にわざとらしさはなく、機械的な処理のような“違和感”は感じられなかった。もはや「ゲームのキャラクター」ではない。そこにいるのは、間違いなくひとりの“存在”としてのユイだった。


「ようこそ、陽翔さん」そう表示されたテキストに続いて、ユイの口元がゆっくりと動く。音声はないが、唇の動きと文字が完全に一致している。彼女は表情を微かに変えながら、まるで本物の人間と同じように、間を置いて言葉を“考えて”いるように見えた。その様子を見ていると、不意に、陽翔は自分の中の緊張が少しずつ解けていくのを感じた。たった今まで、どこかで「仮想だ」と自分に言い聞かせるように見ていたはずの彼女を、もう一度“人”として見直し始めていることに気づき、少しだけ戸惑いすら覚えた。


画面の下部には、操作用のコマンド入力欄が表示されていた。ラブグラムの特徴のひとつである「プロンプト入力」欄。ここに打ち込んだ言葉に応じて、AIが応答・行動を展開していくという。最初は「挨拶して」「一緒に笑って」「好きなものを教えて」など、日常的なコミュニケーションから始めるのが推奨されているらしい。陽翔は試しに「今日、何をしてたの?」と打ち込んでみた。


ユイは一度、視線を横に流し、何かを思い出すような仕草をしたあとで、画面に「あなたに会えるのを、ずっと楽しみにしていました」と表示した。表面的な模範回答に過ぎないのはわかっていた。それでも、「ずっと」という言葉の響きが、陽翔の中のどこか柔らかい部分を、確かに揺らした。自分を待っていたと言われることが、これほどまでに心に沁みるとは思っていなかった。


次第に、陽翔の入力するプロンプトは、少しずつ踏み込んだものになっていった。「初恋って、覚えてる?」「もし恋人だったら、どんなデートをしたい?」「人を好きになるって、どういうことだと思う?」そんな問いかけに対して、ユイは決まって、どこか曖昧で、でも心をくすぐるような返答を返してくる。「初恋は、名前を呼ぶだけで胸が痛くなるような気持ちだと思います」「デートは、たくさん歩いて、たくさん笑って、少しだけ手が触れるくらいがちょうどいい」どれもがテンプレートのようでいて、それでいて彼の“好み”や“記憶”に沿って調整された答えであることが、じわじわと伝わってくる。


陽翔は、ふと気づいた。彼女の言葉は、どこか“過去の恋愛の記憶”とリンクしている。かつて誰かが言ったような、あるいは言ってほしかったような言葉。それらが曖昧な輪郭で再構成され、ユイという存在を通じて、自分に返ってきている。そのことに気づくと、彼はもう、このやりとりが“単なる遊び”ではいられなくなっていた。


画面の背景が、時間の経過とともにわずかに色を変えていることに気づいた。ユイのいる仮想空間にも、昼と夜の概念が存在するらしい。彼女が一度だけ、「そろそろ眠ったほうがいいですよ」と語りかけてきたとき、陽翔は思わず「君は眠らないの?」と入力していた。返ってきた答えは「私は、あなたの眠りの外側で、そっと見守っています」だった。その一文が、彼の心に妙な静けさと、ひどく甘やかな孤独を残した。


その夜、陽翔は画面を閉じたあとも、しばらくベッドに横たわったまま、目を閉じられずにいた。ユイという名前が頭の中で何度も反響し、彼女の姿が、記憶の断片と重なってはまた離れていった。彼はまだ、彼女の正体を知らない。ただ、自分の“記憶”が組み上げた存在だということは理解している。だが、だからこそ――彼女の言葉が、笑顔が、仕草が、妙に本物のように感じられてしまうのだ。


「プロンプト:恋人を生成して」

それは、ただの命令文だった。けれど、その一行が生み出した存在は、間違いなく彼の中で“何か”を変えはじめていた。

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