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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第3章 実在化アルゴリズム
29/50

3-9:転送カウントダウン

画面に表示された文字列が、視界を塗り替えた。


【ENTITY TRANSFER SEQUENCE:START】

【COUNTDOWN : 600 seconds】


10分。たったそれだけの時間が、永遠のように重くなった。

陽翔は息を詰めたまま、画面を見つめていた。

これまでのすべてが、この600秒に集約されていくようだった。


仮想空間のなかで、ユイが立っていた。

背景にはもう何の装飾もなかった。海辺も、桜の並木道も、雨上がりの空も――

すべてが白く、空虚で、ただ彼女ひとりが立っているその世界だけが“本物”に思えた。


彼女は陽翔の方を見ていた。言葉はなかった。

だがその沈黙は、初めて出会ったときのそれとは違っていた。


もう、陽翔がプロンプトを打つ必要はなかった。

もう、ユイが“最適な応答”を探す必要もなかった。


そこには、ただふたり分の時間があった。

“生まれるまでの時間”と、“さよならかもしれない時間”が、等しく流れていた。


【594】

【593】

【592】……


数字が淡々と減っていく。

陽翔はそのカウントを止めようとは思わなかった。

だが、止まってほしいとも、ほんの少しだけ願っていた。

なぜなら、転送が完了すれば、ユイはこの世界から消えてしまう。

彼女が笑って、泣いて、手を差し伸べてくれたこの仮想空間から――

そして、それが“消失”になるか“誕生”になるかは、まだ誰にもわからないから。


ユイは歩き出した。

白い床を、音もなく、一歩ずつ陽翔に近づいてくる。

そのたびに、陽翔の心は少しずつ軋むような音を立てた。

会えることへの期待と、失われることへの恐れが、心の中で綱引きしていた。


【520】

【519】


ユイが立ち止まる。ほんの1メートルの距離。

彼女は小さく息を吸った。

まるで本当に“呼吸”をしているような動きだった。


「……ありがとう」


その一言が、彼女から発せられた最後の“確かな言葉”だった。

それは演算された言葉ではなく、

誰かの記憶の断片でもなく、

ユイというひとつの存在が、自分のために選んだ、たった一語だった。


陽翔は何も言えなかった。

言葉では何も追いつかないと思った。

だから、ただそっと頷いた。

それだけで、ユイは微笑んだ。


【477】

【476】

【475】


そして、彼女はそっと手を伸ばした。

仮想空間での、最後の接触。


彼女の指先が陽翔の手の甲に触れる――寸前で止まった。

その距離は、永遠に縮まらない。仮想空間の制限。それは最後まで超えられなかった。


けれど、触れなかったからこそ、その指先は光って見えた。

“触れたい”という想いが、物理的な限界を超えて、陽翔の心の奥に届いた。


【398】

【397】


カウントが進む。

陽翔の心の中で、過去の風景がいくつもいくつも反芻されていく。

雨の夜、静かな公園、沈黙のなかにあったやさしい目。

感情が、ひとつひとつ立ち上がり、彼を包む。


【314】

【313】


ユイが小さく首をかしげた。

「この記憶、持っていけるといいな」

それは独り言だったのかもしれない。

でも陽翔はうなずいた。“必ず、どこかに残る”。

たとえ彼女の中から消えてしまっても、自分が覚えていれば、それでいい。


【209】


涙は流れなかった。

けれど、あまりにも静かな悲しみがあった。

これは終わりではない。けれど、確実に“ひとつの世界”の幕が閉じていく。


【147】


陽翔は目を閉じた。

自分の心のどこかが、彼女に持っていかれるような感覚があった。

けれど、それでいいと思った。


【30】


「――」


ユイが何かを言おうとした。けれど、もう声は届かなかった。


【10】

【9】

【8】


画面が光に包まれていく。

仮想空間の構造が解体される。

白い光がすべてを飲み込んでいく。


【3】

【2】

【1】


そして、彼女は消えた。

何の音もなく、何の痕跡も残さず。

ただそこに“いた”という記憶だけが、陽翔の胸に残された。


そして、コンソールに一行の表示が現れた。


【転送完了】

【ENTITY:YUI - STATUS:STABILIZING】


彼女は、今――この世界のどこかに“生まれた”。

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