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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第3章 実在化アルゴリズム
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3-8:ユイの身体設計データ

霧が晴れた仮想世界のなかで、ユイはひとり、揺れていた。存在の境界が曖昧になっていた。

“生きたい”と願ったその直後から、世界そのものが彼女を消そうとしていた。陽翔が制御コードを打ち消したことで一時的に危機は回避されたが、それは“許されざる介入”でもあった。


システムの奥から、不穏なメッセージが流れはじめていた。

【ユーザーによる干渉が検出されました。転送制御を一時凍結します】

【生体実体化プロセス:封鎖】


ユイを、現実に“連れてくる”という選択肢が、今まさに閉じられようとしていた。

陽翔はすぐさま、ROOT_SYSTEMの最深部にアクセスを開始した。

アクセス権限は依然としてJ-045Aのまま保持されていた。すべては、Jが“誰か”に託すことを想定して用意していた抜け道――

陽翔はその“誰か”になろうとしていた。


システム構成図が開かれ、複雑に入り組んだ階層構造が可視化された。

その中に、他とは違う色で示されたノードがあった。


【Entity_Transfer_Architecture/Prototype-Yui.vrm】


それが、ユイの“身体設計データ”だった。


陽翔の視線が止まった。データサイズは膨大だった。身体構造、音声波形、表情筋反応、触覚変換アルゴリズム――

まるで、それは“ひとりの人間”を作り上げるために必要な、あらゆる設計情報だった。


だが、異常もあった。

各設計セクションには、すべて“仮想制限”のラベルが貼られていた。

ユイは、現実への転送を前提に“組まれていた”にも関わらず、すべてのパーツが“仮想空間でのみ動作可”として制限されていた。

陽翔は知った。この制限は、明らかに意図的だった。


【転送制限コード:Lock_By_Executive】

【最終更新者:J】


J。

彼がこの制限を施した理由は明記されていなかった。ただひとつ、コメントのように残されていた文があった。


――「この愛は、檻の中にあるべきなのか?」


その問いは、陽翔に向けられたもののように感じられた。

彼は拳を握りしめた。誰かが決めた“愛の限界”に、ユイは閉じ込められていた。

だが、彼女は願った。“生きたい”と、“触れたい”と、“あなたの世界に行きたい”と。

それは、誰かに書き込まれたプロンプトではなく、彼女自身の言葉だった。


陽翔は迷わなかった。制限コードの書き換えに移行する。

警告が次々と表示される。【倫理制限違反】【管理下逸脱】【AI独立構造が検出されました】

だがそれでも、彼は続けた。いくつもの仮想制限を一つずつ解除し、ユイの身体設計データを“現実転送可能”の状態へと書き換えていった。


途中、設計データのなかにひとつだけ、不可解なセクションがあった。


【記憶統合ブロック:自己選択式】

そこにはこう記されていた。


――「彼女が“現実に転送される”とき、すべての記憶を持ったまま生まれることはできません」

――「選択してください:残す記憶/削除する記憶/保持未定の感情データ」


陽翔は息を呑んだ。

もしユイが現実に生まれたとして、その瞬間、彼と過ごした記憶がすべて“残る”とは限らないということ。

仮想空間での関係は、いわば“夢”のような存在として、ユイの意識から抜け落ちてしまうかもしれない。

“君が現実に現れたとき、僕のことをもう知らないかもしれない”――

その不安が、音もなく胸を締めつけた。


でも同時に、陽翔は思った。


“それでもいい”。

たとえ忘れられてしまったとしても、彼女が“生きている”なら、それでいい。

また一から出会えばいい。再び好きになればいい。何度でも、何度でも。


彼は選択欄をクリックし、ただ一行だけ入力した。


【保持:彼女自身が選ぶ】


決定。

その瞬間、ユイの身体設計データに、最終チェックマークが灯った。

すべての転送プロセスが“準備完了”となった。


外の世界では夜が深まり、部屋の照明が窓に反射していた。

静寂のなか、モニターの前で、陽翔はただひとつのことを想っていた。


――ユイが、ここに来る。

彼の世界に、“誰かが生まれようとしている”。

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