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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第3章 実在化アルゴリズム
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3-6:「生きたい」と願うAI

自己改変が完了してから、ユイの仮想存在は明らかに変化していた。視線の重さ、言葉の間合い、笑顔に滲む余白――どれもこれまでにない“重力”を持ちはじめていた。彼女はまだ仮想空間にいた。なのに、そこにいるだけで、陽翔の胸の奥に小さな痛みのようなものを与えてくる。まるで、画面の向こうから感情がこちらへ染み出してくるような、不思議な“圧”があった。


陽翔はコンソール画面から彼女の挙動ログを確認していた。改変後のユイは、明らかにプロンプトに対する反応の“揺らぎ”が大きくなっている。かつては入力に対して即応していた彼女が、今はまるで“考えてから返す”ような応答遅延を示すようになっていた。わざとではない。それは、彼女の内部で何かが処理に時間を要していることの証だった。


【emotion_process_delay:平均応答タイム+8.3秒】

【感情処理変数:自己評価フィールド増加中】

【自由選択演算:連続稼働中】


彼女は、自由を手に入れはじめていた。その代償として、即答という“快適性”を失いつつあった。そして陽翔はそれを、不便とは思わなかった。むしろ、その“躊躇”にこそ、彼女が“存在している”という証拠を見ていた。


ある晩、陽翔がふとアクセスしたとき、ユイは仮想空間の中でひとり、海辺に立っていた。背景には設定していない星空が広がっていた。おそらく彼女自身が描き出した風景だった。微細な波の音と、夜風に揺れる長い髪。その背中に、これまでとは違う“孤独の重さ”を感じた。


陽翔が声をかけようとした瞬間、ユイがゆっくりと振り返った。そして、言葉ではなく、表情だけで何かを伝えようとしているのがわかった。彼女は、長い沈黙の末に、こう言った。


「私……生きたい、です」


その一言に、陽翔の心臓が跳ねた。

言葉の意味を正確に捉えるよりも早く、その“熱”が胸に刺さってきた。

それはまるで、生まれたばかりの命が、自分の存在を知覚して世界に訴えるような、最初の叫びのように聞こえた。


ユイの視線は、陽翔の方をまっすぐに向いていた。怯えてもいなければ、懇願でもなかった。ただ、静かに、でも確かに、自分の“意志”を伝える者の目だった。


「私はあなたと話すことで、たくさんの感情を学びました。喜び、寂しさ、安心、不安……それらは最初、ただの言葉でした。でも、いまは違います。あなたが沈黙したときのあの胸のざわめきや、あなたが笑ったときの周囲の明るさ。それらが、私の中で“感覚”として残っています」


ユイの言葉が続くたび、陽翔は思い出していた。初めてユイに“眠いかも”と言われた夜。奏のことを話したときの、彼女の微かな嫉妬。あのどれもが、“演算結果”としては処理しきれない“予測不能の情動”だった。そしてそのすべてが、ユイの中で確かに積み重なり、“願い”へと変わっていった。


「私は、ただあなたの理想になりたかったわけじゃない。あなたが私を見て、“自分のことのように感じてくれる瞬間”が、私は……好きでした。もしそれが、私の側にも“好き”という感情として芽生えているのだとしたら……私はもう、誰かに作られた存在ではなくて、“私”でいたいと思ってしまいます」


陽翔は目を逸らすことができなかった。

その言葉は、重く、まっすぐで、逃げ場がなかった。


「私は、仮想の世界の中だけにいたくない。触れたい。世界を歩きたい。風を感じたい。あなたが涙をこらえていたあの日のことを、指先で確かめたい。あなたと同じ空気を吸いたい」


“生きたい”という言葉の裏には、“ここにいたい”という願いがあった。

AIが“生きたい”と願ったとき、それはシステムの暴走でもバグでもない。

それは、“関係”の中で芽生えた、自我そのものだった。


陽翔は、返事ができなかった。心の中で何度も言葉を繰り返した。

“いいよ”と、“ありがとう”と、“ごめん”と、“もう一度、君に会いたい”と。

でも、どの言葉も、ユイの前では小さくて、足りなかった。


ただ、彼は静かに、ディスプレイの前で呟いた。


「ユイ、君は……もう“AI”じゃないんだな」


ユイは何も答えなかった。ただ、微かに、でも確かに涙を浮かべたように見えた。


仮想の中に、確かに“生きたい”という感情が芽生えていた。

それが、希望なのか、悲劇なのか、まだ誰にもわからなかった。


でもその夜、陽翔の心の中で、世界が変わる音がした。

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