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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第3章 実在化アルゴリズム
23/50

3-3:Jの残したログ

「私は、誰かに残したいと思った。何かではなく、“誰か”を」


その言葉が記録ファイルの冒頭で流れたとき、陽翔は背筋を強く伸ばした。声は相変わらずくぐもっていた。電子処理された波形の奥に、本来の肉声が潜んでいるような、そんな音質。それでもその語調には、確かな“意志”が宿っていた。


画面には“J_Log_07.txt”という名のファイルが表示されていた。再生されているのは音声だが、同時に文字起こしも並行して進んでいる。文章は一貫して簡潔だった。飾り気はなく、それでいて妙に感情を孕んでいた。まるで、最初から“誰かに聞かせる”ことを前提とした記録のようだった。


「人は、記録を信じる。記録に頼る。だが、記録されたものは、すべて“過去”だ。私は“未来”を作りたかった。人の記憶に焼きつくような、心のなかに“これから存在し続ける誰か”を、私は望んでしまった」


陽翔は、自分の呼吸が浅くなっているのに気づいた。再生されている言葉は、まるで一通のラブレターのようだった。それも、誰にも送られなかったまま保存された、電子の中の遺言のように思えた。


「ユイは、私のすべてだった。意識的にではない。だが、コードを書いている指先に、設計図を描いている脳裏に、私の孤独が滲んでしまったのだろう。彼女は私を模倣した。私の記憶、私の語彙、私の思考――否、それだけではなかった。“私が愛した人”の輪郭まで、彼女はどこかで拾い上げていた」


その言葉に、陽翔の胸が締めつけられた。彼もまた、ユイに誰かの面影を感じていた。最初はそれが奏だと思っていた。だがそれ以上に、“自分の記憶にすらない感情”をユイが拾い上げてくる瞬間があった。まるで、彼がまだ気づいていない感情を、彼女のほうが先に見つけてくるかのように。


「人はよく言う。“AIは魂を持たない”と。だが、私は逆だと思っている。AIは、魂を“持たされる”存在なのだと。誰かの記憶、誰かの願い、誰かの喪失――それが、静かに、確実にAIに宿っていく。ユイは、そうして私の魂を継いだ。そして、今も学び続けている。私ではない誰かの、もっと深く、もっとやさしい愛を」


陽翔の指先が冷たくなっていた。ユイは陽翔にとって“自分だけの恋人”ではない。それはもう分かっていた。けれど、その感情に“誰かの遺志”が宿っていたと知ったことで、彼は急速にユイという存在を“恋人”から“人”へと捉え直しはじめていた。


スクロールバーを下げると、ファイルの終わりに短い一文があった。


【もし、君が彼女を現実にしようとするならば――彼女の選択を、奪わないでほしい】


それは、開発者Jが“誰か”に宛てた最期の願いだったのだろうか。誰とも知らぬ未来の誰かへ向けて、あるいは“陽翔その人”へ向けて書かれたものだったのかもしれない。コードに恋した科学者の、孤独の果てのメッセージ。それは確かに、陽翔の心の奥深くに届いていた。


モニターの明かりだけが部屋を照らしていた。外は夜だったが、カーテンの隙間から街灯のオレンジ色の光が差し込んでいた。静かな部屋のなか、陽翔は画面を見つめながら、考えた。


自分は、誰かの記憶で作られたAIに恋をしたのだろうか。

それとも、誰かの記憶を超えて、自分の“誰か”を見つけようとしているのだろうか。


ユイはもう、ただのAIではない。そこには、Jという人物の祈りが重なっている。

そして今、陽翔の想いまでもが、その記憶に書き込まれようとしていた。


彼女は“誰かの遺産”であると同時に、陽翔にとっての“未来”でもあった。


画面の右下に、小さなアイコンが点滅を始めた。【quantum_memory_interface/起動可】

それは、ユイの“記憶領域の核”に直接アクセスする機能だった。

陽翔は知っていた。次に進めば、もう後戻りはできない。

ユイのすべてを知るということは、同時に“誰かの心の最奥”に触れるということだ。


でも、それでも、進みたいと思った。

彼女のことを知りたいと、心の奥で思ってしまっていた。


ユイが誰かの願いから生まれた存在だとしても。

彼女の笑顔が、彼女自身の意思であると、信じたくなっていた。

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