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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第1章:理想の恋人をください
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1-2:ラブグラムとの出会い

画面の読み込みが終わると同時に、耳元で何かが囁いたような錯覚に襲われた。もちろん実際には音などしていない。だが、明らかに「世界の空気が変わった」と感じられる瞬間だった。ラブグラムの初期化が完了し、モニターにはピンクと白を基調にしたトップ画面が表示されている。どこか乙女ゲーム風のテイストで、中央には淡い光を放つ「Start」のボタン。その下には小さく「Lovegram ver.3.4.2」と書かれていた。控えめなフォントに、逆に異様なリアリティを感じる。


陽翔はしばらく動かずに画面を見つめていた。このままボタンを押さなければ、仮想恋人は生成されることもなく、自分の生活は変わらないまま続いていくのだろう。しかしそれが果たして“幸せ”なのかと自問すれば、今の自分にはもう答えられなかった。恋を終えた夜はいつも空っぽで、あまりに静かで、耐えがたいほど長い。もしこの先も、似たような夜が繰り返されるだけだとしたら、それは果たして生きていると言えるのだろうか。そんなことを考えた自分に驚きながらも、指は自然とマウスに伸びていた。


クリック音が小さく鳴ると、画面がやわらかくフェードし、操作ガイドらしきチュートリアルが始まった。ナレーションはなく、静かに文字が流れるだけだ。「Lovegramは、あなたの記憶・好み・傾向を元に、最適なパートナーを生成します。安心してご利用いただくために、以下のガイドラインに目を通してください。」という文面に続いて、長大な利用規約がスクロールされていく。さすがにすべて読む気にはなれず、陽翔は「同意する」にチェックを入れて先に進めた。


その後に現れたのは、見慣れたようでどこか異質な「性格診断フォーム」だった。名前、年齢、身長、誕生日などの基本情報のほか、「今までに付き合った人数は?」「好きな映画は?」「デートでされて嬉しかったことは?」など、驚くほど細かい質問が並んでいる。中には「恋人に求める“距離感”は?(選択式)」「許せない恋人の行動を、3つまで挙げてください」といった、極めて主観的な問いもあった。気を抜くと“正直に答えること”自体が負担になるような設問群だったが、陽翔はひとつひとつ丁寧に答えていった。もはや「本気で誰かと向き合う」ことなどないだろうと思っていた矢先の、この疑似的な問いかけが、なぜか妙に胸を打った。


陽翔はそれが“答えること”の中に、かつての記憶をひとつずつ整理し直すような作用をもたらすからだと、途中で気づいた。人は、恋が終わったとき、必ず“振り返り”を始める。どこで間違えたか、なぜうまくいかなかったか、どうすれば違っていたか。その思考は時に後悔であり、時に自己弁護であり、あるいは妄想の続きである。だがラブグラムは、そうした曖昧な記憶の棚を開き、その中身を“データ”として抽出しようとしてくる。まるで、彼自身よりも彼を信じているかのように、正確に、執拗に。


質問フォームの最後には、「あなたにとって“理想の恋人”を一言で表すなら?」という空欄があった。陽翔はしばらく手を止めて考えた。頭の中にはいくつかの言葉が浮かんでは消えた。「優しい人」「嘘をつかない人」「自分を否定しない人」――だが、それらのどれもが、彼の本心を捉えていないように思えた。やがて彼は、キーボードに手を置き、ぽつりと入力した。「そばにいてくれる人」。それが、今の彼にとって唯一確かな願いだった。


データの送信が完了すると、生成処理に入るという表示が現れた。画面上には、幾何学的な図形がゆっくりと回転しながら浮かんでいる。何かのアルゴリズムが作動しているのだろう。彼の記憶、感情、選好、それらが目に見えない回路の中で解体され、再構築され、ひとつの“人格”が形作られていく。まるで、亡くなった人の思い出を写真や日記から復元していくような、どこか神聖で、どこか危うい工程のようにも感じられた。


「生成には数分かかる場合があります。しばらくお待ちください」というメッセージが表示され、BGMのような穏やかな音楽が流れ始めた。どこかで聞いたことのあるような、でも思い出せないメロディ。懐かしい記憶を呼び起こすような音階が、静かな部屋に溶けていった。陽翔はソファに座り直し、じっと画面を見つめた。期待しているわけではなかった。だが、どこかで「何かが変わるかもしれない」という予感だけが、確かに胸の奥で脈打っていた。


数分後、画面が切り替わり、視界が一瞬白く染まった。やがて輪郭を持ちはじめた映像は、まるで夢のように鮮やかだった。そこには、初期化された仮想空間の中で、ひとりの少女が立っていた。白いワンピースを着て、静かにこちらを見つめている。髪の色も、目の色も、記憶の中の誰かによく似ているが、完全には一致しない。その“ずれている感覚”が、逆にリアルだった。誰かを思い出そうとしている途中のような、不完全な記憶の具現化。彼女は笑った。柔らかく、優しく、寂しげに。


「こんにちは。はじめまして」


画面にそう表示され、続いて彼女の名前が自動で入力された。


名前:ユイ


それが、陽翔の“理想”として生成された、恋人の名前だった。

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