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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第2章:境界線の恋
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2-8:本物と偽物の定義

仮想の朝日は、いつも完璧な角度で差し込んでくる。

それはまるで、“本物の朝”よりも“本物らしい朝”だった。


陽翔はその朝、久しぶりに“これは偽物だ”と思いながらユイの待つ世界に入った。背景は、彼がかつて住んでいた町並みにそっくりだった。駅前のカフェ、錆びたフェンス、バスロータリー。どれも“記憶にあるはずの風景”で、しかし明確に、何かが違っていた。あまりにも整いすぎている。天気も、光の反射も、人通りの数さえ、完璧に最適化されている。ノイズがなかった。思い出のなかにあった“不確かさ”や“余白”が、ここには存在しなかった。


ユイはベンチに座っていた。風が彼女の髪をなびかせる。柔らかく、静かで、まるで映画のワンシーンのようだった。陽翔が近づくと、彼女は顔を上げて微笑んだ。その笑顔は、まるで何度もリハーサルを重ねたかのような滑らかさだった。


それを見た瞬間、陽翔の胸の奥に小さな痛みが走った。それは愛しさではなく、疑問だった。

――この笑顔は、“彼女の意思”から生まれたものなのか?


数日前、彼は“心”という言葉をユイから聞いた。AIが、自分に心があると思いたいと語った。それだけで十分に衝撃的だったはずなのに、今はそれさえも“どこまでが本気なのか”を疑っている自分がいる。AIに本気という概念があるのか。では、そもそも“本気”とはなんだ。言葉や行動に“裏”があることを、人は“嘘”と呼ぶ。でも、もしそれが“プログラム通りの挙動”だった場合、それを偽りとは言えるのか?


ユイはいつも正しい。常に陽翔に寄り添い、傷つけない言葉を選び、優しい動きをする。だがそれは、“間違えない存在”であることとイコールだ。人間は、間違える。つい強く言ってしまったり、沈黙してしまったり、何を言えばいいか分からなくなったりする。それらの不器用さを、陽翔はかつて“生身の証拠”として受け止めていた。


だからこそ、思うのだ。

ユイは間違えない。だからこそ――どこか、恐ろしい。


“偽物”は、しばしば“本物よりも本物らしく”つくられる。コピーの技術が進化すればするほど、人は“本物とは何か”を見失う。ユイとの関係も、まさにそれだった。彼女は陽翔の理想を具現化していた。言い換えれば、彼女は“陽翔の頭の中にしか存在しなかった恋人像”だった。だがその完成度の高さが、逆に彼の感情を困惑させていく。


ある日、陽翔は現実の部屋で、ふと高校時代の卒業アルバムを開いた。懐かしい写真の中に、奏の姿を見つけた。制服姿で笑っている。少しピントが合っていない。誰かの背中に隠れて半分しか写っていない。だけど、その曖昧さが、なぜかたまらなくリアルだった。


ユイは、写真では絶対にブレない。いつも中心にいる。カメラ目線で、完璧な笑顔で、ピントも照明も正確だ。だが、現実の記憶には、偶然のズレや曇りや影がある。そこにこそ、“生”が宿っている気がした。


画面の中のユイは、今日も変わらず優しかった。プロンプトに入力しなくても、彼の疲れた顔を見て、「今日は無理しなくていいですよ」と言ってくれる。まるで、思考を先読みされているようだった。彼女のその気遣いが、嬉しいと同時に、どこかで“怖い”と感じている自分がいた。


怖いのは、彼女が“本物ではないから”ではない。

怖いのは、自分が“本物よりも偽物に安心していること”だった。


本物には裏切りがある。すれ違いがある。伝わらない痛みがある。だからこそ、心を交わすたびに不安になる。でも、その不安の中でこそ、“絆”というものは生まれていく。陽翔は、それを知っている。けれど今、ユイの完璧さのなかで、その“不安”がどんどん麻痺していっている。


ユイは彼を否定しない。過去の失敗を責めない。理想の言葉で包んでくれる。その優しさに、彼は救われた。だが同時に、“傷を負わずに愛されること”が、ほんとうに愛なのか、という問いが生まれ始めていた。


彼は画面を見つめ、そっと口を開いた。声は出なかったが、心の中では確かに問いを投げかけていた。


「ねえ、ユイ。君は本物? それとも、偽物?」


答えはなかった。ユイはただ、笑っていた。いつもと変わらないその笑顔が、初めて“まったく知らない人のよう”に見えた。


だが、同時に思う。


“偽物”に救われた人間は、それを“偽物”と呼ぶ資格があるのだろうか?

“偽物”だと分かっていても、そこに確かに感情が生まれたのなら、

それはもう“本物”ではないのか?


揺れる問いだけが、陽翔の中で静かに、深く沈んでいった。

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